20☓☓年、美紗子は無事現世に戻ってきた。
約1週間ぶりの我が家の匂いが現実を取り戻させる。
莉子にお土産のウッドボックスと真珠のネックレスを渡すと、飛び上がって喜んだ。
しかし気になるのが劣化具合だった。
二人でそっと箱を開けてみた。
ウッドボックスはツヤが消え、小さな亀裂のようなものが所々に見受けられる。
でも壊れているわけではないし、問題なく使えそうだ。
真珠はやはり金属部分が黒ずみ、全体的にくすんでいた。
貴金属用のみがきクロスで拭き取ると、買った時の輝きを取り戻した。
とりあえず2つともなんとか使えそうだ。
「いい旅だった?」
莉子に聞かれ、即座に「うん」と微笑んだ。
「よかった。いい旅してきたって満足そうな顔してるもん。ていうかお母さん、なんか…若々しいっていうか色っぽいっていうか…なんかちょっと気味が悪い…」
莉子は自分の親が綺麗になったと感じることに照れて、うまく表現できずにイラついて言葉を吐き捨てた。
「気味が悪いって何よ!失礼ね」
娘には、女の顔つきである母親に何か違和感を感じとるのだろうか。
気味が悪いって、いやらしい顔つきってこと…?
美紗子は、両頬や額を両手で押さえながら首を傾げる。
日常が戻っていく安心感のまわりで、えぐられるような寂しさが何度も美紗子の前を行ったり来たりする。
寝室でスーツケースを荷解きし、もらったペンダントをバッグからそっと取り出した。
ペンダントは飛行機の中でハンカチに包み、バッグへ閉まった。
時空を超えた瞬間、急激に劣化するペンダントの異変を目の当たりにしたくなかった。
ハンカチを外して出てきたペンダントは、石の美しさはそのままに、まわりの金属部分がやはり黒く変色していた。
莉子に渡した真珠のように、クロスで軽く拭きあげるとペンダントも輝きを取り戻した。
本革の紐の部分は、専用のクリームを買わないといけないだろう。革部分に細かい亀裂が見てとれる。うまくカバーできるかわからないが、明日、買ってこよう。
ベッド脇に置いている翔太のCDラックには、目をやらないようにわざと遠ざけた。
今はまだ翔太の声を聴くことも顔を見ることも辛い。
ファンとしての心を取り戻すまで、少し翔太のことは休もうと決めた。
仕事が始まり、職場の同僚たちは、少し焼けた美紗子に違和感を感じるのか、雰囲気が違うとやたらとからかわれた。
「そうですか?」そう言いながら配ったチョコレートのお土産は、無事到着した空港で売っていたハワイ定番のチョコレートだ。
劣化してしまうお土産は買えないため、この方法は致し方ない。
時間旅行ガイダンスの時のアドバイスでもあった。
少し経ってから、八重子や由希達にハワイ土産のTシャツを渡すためにそれぞれ会うと、八重子も由希達も同じリアクションで驚いていた。
やはり一人でハワイはかなり違和感をもつようだ。
「なんで一人?莉子ちゃんと行けばよかったのに。もしくは言ってくれれば調整して一緒に行ったのに」
ありがたい言葉をかけてくれる。
次は時間旅行じゃなく、女子旅をすると決めている。
Tシャツは、劣化が目立たぬように白ではなく、色付きのものにした。白は黄ばみが目立つ。
色付きでも淡い色付きではなく、濃いめを選んだ。
ガイダンスのアドバイスどおり、少しでも劣化を食い止めるため、大きいサイズのジッパー付き袋を用意し、その中へお土産を入れて、なるべく真空状態にした。
そのおかげで見た目にはわからない。
ただ、新品で買ってきたお土産なのに、古品を細工して渡したような後ろめたさが拭えず、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
行った場所も食べたものも、最新と言われるものではない。
旅行に関しては当たり障りのない感想に留め、なるべく向こう側の現況の話に切り替わるよう仕向けた。
時間旅行だったなどと言えるわけがないし、現地で岩崎翔太と出会ったことも、ファンとしてではなく翔太を好きになってしまったことも、2人が一瞬恋に堕ちたことも、誰にも言えない思い出話だ。
美紗子の焼けた肌も、雰囲気が変わったと思う人への一瞬の関心も落ち着いて、何事もなかったように日々は流れていく。
美紗子はあの数日間を忘れないようノートに事細かに、思い出せる限りを書き留めた。
思い出すことがあればすぐさまそのノートに書き込み、読み返す。
半月を過ぎた頃、全ての日常が元通りに落ち着きを取り戻し、旅行に行ったことさえ、だいぶ前のことのような気がしてしまう。
最近は毎日寝る前に、やっと聴く気持ちを取り戻したCDを流しながら、ペンダントの手入れすることが日課になっている。
クロスでホヌを拭きながら、ランダムにかけるCDアルバムを聴いて美紗子はふと思った。
そう言えば翔太が日本に戻って最初に出したアルバムはどれになるんだ…?
確か、日本に拠点を戻し帰ってきたのは、あの20年前のあの日からそんなに先のことじゃなかったはずだ。
CDケースの裏の隅に刻まれている発売日を次々確認した。
これか?という候補を手に、岩崎翔太公式ホームページでリリースした歴代アルバムを遡ると、ご丁寧に「日本に拠点を戻して初のオリジナルアルバム」というサブタイトルが付いていた「Someday」を見つけた。
これまでリリースされた10数枚あるオリジナルアルバムの中で普通に何度か聴いてきたアルバムだ。
翔太が青空を仰ぎ見ている後ろ姿のジャケットだ。
歌詞カードの中にある翔太のショットを見直す。
真正面からショットは1枚もない。どれも顔を一部隠したり、下向き、横、斜め後ろなどばかりだ。
懐かしいような、この前会ったばかりのような不思議な感覚に笑ってしまう。
これがあの時に一番近いアルバムだったのか…
アルバムと同タイトルの曲がこのアルバムのラスト曲になっている。
チェックアウトの時に見た英文のショートメッセージの中にもあった「Someday」という単語。
それに引きつけられて「Someday」のページを開く。
見開きで歌詞と写真が載っている。
これは…写真は、夕暮れの中で片足を座面の縁に引っ掛けて椅子に座り、翔太が鉛筆を持って何かを描いている姿を横から撮ったような1枚だ。
記憶が確かなら、最後の夜に行ったイタリアンレストランの椅子と同じもので、席も翔太が座った位置と一致している。
あの店のあの席で間違いない。
湧き上がってくる想いで目頭が熱くなる。
初めて聴いた時以来、歌詞カードを見ながら聴くことなどなかった。
何も考えず無意識に聴いて口づさんでいた「Someday」を、歌詞カードの文字で追う。
白い砂浜で不思議な君に出会った
不安に流されそうな自分を
君がすくい上げてくれた
どこから来たのか
何を想ってるのか
君のことを何もわからないのに気になるのは
好きの始まりだね
Someday 笑いあって
Someday その手を取って
抱きしめたい
君と語った白い砂浜にひとり座って
星降る空のこと思い出す
もっとたくさん君のこと
聞きたかった 知りたかった
君にまた逢えるのはいつのことだろう
Someday 抱きしめた
Someday あのぬくもり
忘れないで
いつか気づいたなら
合図をして
言えなかった I love you.
美紗子はベッドに突っ伏して泣き続けた。
約1週間ぶりの我が家の匂いが現実を取り戻させる。
莉子にお土産のウッドボックスと真珠のネックレスを渡すと、飛び上がって喜んだ。
しかし気になるのが劣化具合だった。
二人でそっと箱を開けてみた。
ウッドボックスはツヤが消え、小さな亀裂のようなものが所々に見受けられる。
でも壊れているわけではないし、問題なく使えそうだ。
真珠はやはり金属部分が黒ずみ、全体的にくすんでいた。
貴金属用のみがきクロスで拭き取ると、買った時の輝きを取り戻した。
とりあえず2つともなんとか使えそうだ。
「いい旅だった?」
莉子に聞かれ、即座に「うん」と微笑んだ。
「よかった。いい旅してきたって満足そうな顔してるもん。ていうかお母さん、なんか…若々しいっていうか色っぽいっていうか…なんかちょっと気味が悪い…」
莉子は自分の親が綺麗になったと感じることに照れて、うまく表現できずにイラついて言葉を吐き捨てた。
「気味が悪いって何よ!失礼ね」
娘には、女の顔つきである母親に何か違和感を感じとるのだろうか。
気味が悪いって、いやらしい顔つきってこと…?
美紗子は、両頬や額を両手で押さえながら首を傾げる。
日常が戻っていく安心感のまわりで、えぐられるような寂しさが何度も美紗子の前を行ったり来たりする。
寝室でスーツケースを荷解きし、もらったペンダントをバッグからそっと取り出した。
ペンダントは飛行機の中でハンカチに包み、バッグへ閉まった。
時空を超えた瞬間、急激に劣化するペンダントの異変を目の当たりにしたくなかった。
ハンカチを外して出てきたペンダントは、石の美しさはそのままに、まわりの金属部分がやはり黒く変色していた。
莉子に渡した真珠のように、クロスで軽く拭きあげるとペンダントも輝きを取り戻した。
本革の紐の部分は、専用のクリームを買わないといけないだろう。革部分に細かい亀裂が見てとれる。うまくカバーできるかわからないが、明日、買ってこよう。
ベッド脇に置いている翔太のCDラックには、目をやらないようにわざと遠ざけた。
今はまだ翔太の声を聴くことも顔を見ることも辛い。
ファンとしての心を取り戻すまで、少し翔太のことは休もうと決めた。
仕事が始まり、職場の同僚たちは、少し焼けた美紗子に違和感を感じるのか、雰囲気が違うとやたらとからかわれた。
「そうですか?」そう言いながら配ったチョコレートのお土産は、無事到着した空港で売っていたハワイ定番のチョコレートだ。
劣化してしまうお土産は買えないため、この方法は致し方ない。
時間旅行ガイダンスの時のアドバイスでもあった。
少し経ってから、八重子や由希達にハワイ土産のTシャツを渡すためにそれぞれ会うと、八重子も由希達も同じリアクションで驚いていた。
やはり一人でハワイはかなり違和感をもつようだ。
「なんで一人?莉子ちゃんと行けばよかったのに。もしくは言ってくれれば調整して一緒に行ったのに」
ありがたい言葉をかけてくれる。
次は時間旅行じゃなく、女子旅をすると決めている。
Tシャツは、劣化が目立たぬように白ではなく、色付きのものにした。白は黄ばみが目立つ。
色付きでも淡い色付きではなく、濃いめを選んだ。
ガイダンスのアドバイスどおり、少しでも劣化を食い止めるため、大きいサイズのジッパー付き袋を用意し、その中へお土産を入れて、なるべく真空状態にした。
そのおかげで見た目にはわからない。
ただ、新品で買ってきたお土産なのに、古品を細工して渡したような後ろめたさが拭えず、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
行った場所も食べたものも、最新と言われるものではない。
旅行に関しては当たり障りのない感想に留め、なるべく向こう側の現況の話に切り替わるよう仕向けた。
時間旅行だったなどと言えるわけがないし、現地で岩崎翔太と出会ったことも、ファンとしてではなく翔太を好きになってしまったことも、2人が一瞬恋に堕ちたことも、誰にも言えない思い出話だ。
美紗子の焼けた肌も、雰囲気が変わったと思う人への一瞬の関心も落ち着いて、何事もなかったように日々は流れていく。
美紗子はあの数日間を忘れないようノートに事細かに、思い出せる限りを書き留めた。
思い出すことがあればすぐさまそのノートに書き込み、読み返す。
半月を過ぎた頃、全ての日常が元通りに落ち着きを取り戻し、旅行に行ったことさえ、だいぶ前のことのような気がしてしまう。
最近は毎日寝る前に、やっと聴く気持ちを取り戻したCDを流しながら、ペンダントの手入れすることが日課になっている。
クロスでホヌを拭きながら、ランダムにかけるCDアルバムを聴いて美紗子はふと思った。
そう言えば翔太が日本に戻って最初に出したアルバムはどれになるんだ…?
確か、日本に拠点を戻し帰ってきたのは、あの20年前のあの日からそんなに先のことじゃなかったはずだ。
CDケースの裏の隅に刻まれている発売日を次々確認した。
これか?という候補を手に、岩崎翔太公式ホームページでリリースした歴代アルバムを遡ると、ご丁寧に「日本に拠点を戻して初のオリジナルアルバム」というサブタイトルが付いていた「Someday」を見つけた。
これまでリリースされた10数枚あるオリジナルアルバムの中で普通に何度か聴いてきたアルバムだ。
翔太が青空を仰ぎ見ている後ろ姿のジャケットだ。
歌詞カードの中にある翔太のショットを見直す。
真正面からショットは1枚もない。どれも顔を一部隠したり、下向き、横、斜め後ろなどばかりだ。
懐かしいような、この前会ったばかりのような不思議な感覚に笑ってしまう。
これがあの時に一番近いアルバムだったのか…
アルバムと同タイトルの曲がこのアルバムのラスト曲になっている。
チェックアウトの時に見た英文のショートメッセージの中にもあった「Someday」という単語。
それに引きつけられて「Someday」のページを開く。
見開きで歌詞と写真が載っている。
これは…写真は、夕暮れの中で片足を座面の縁に引っ掛けて椅子に座り、翔太が鉛筆を持って何かを描いている姿を横から撮ったような1枚だ。
記憶が確かなら、最後の夜に行ったイタリアンレストランの椅子と同じもので、席も翔太が座った位置と一致している。
あの店のあの席で間違いない。
湧き上がってくる想いで目頭が熱くなる。
初めて聴いた時以来、歌詞カードを見ながら聴くことなどなかった。
何も考えず無意識に聴いて口づさんでいた「Someday」を、歌詞カードの文字で追う。
白い砂浜で不思議な君に出会った
不安に流されそうな自分を
君がすくい上げてくれた
どこから来たのか
何を想ってるのか
君のことを何もわからないのに気になるのは
好きの始まりだね
Someday 笑いあって
Someday その手を取って
抱きしめたい
君と語った白い砂浜にひとり座って
星降る空のこと思い出す
もっとたくさん君のこと
聞きたかった 知りたかった
君にまた逢えるのはいつのことだろう
Someday 抱きしめた
Someday あのぬくもり
忘れないで
いつか気づいたなら
合図をして
言えなかった I love you.
美紗子はベッドに突っ伏して泣き続けた。

