Someday 〜未来で逢いましょう〜

ライブに行ってからというもの、仕事から帰って夕飯の支度をしながら、岩崎翔太のCDを聴くことが定着してきた。
物販コーナーで買ってきた新たなCDをきっかけに、あの宝箱から引っ張り出された昔のCDは、再び日の目を見始めた。
新旧のアルバムを聴いているうち、美紗子が休止していた間にリリースされたCDやDVDを集めたい衝動に駆られ始めた。
岩崎翔太のオフィシャルサイトやファンクラブが開設されていることは、ライブの時に手渡されたチラシで知った。
今までほぼ携帯の検索機能を使うことなかった美紗子だが、サイトを知ったことを機に、莉子に教わりながらあれこれ調べるようになった。
そして、翔太が離婚していたことを知った。
どうやら公式に本人からの発表はしていないようだが、記事によると、ハワイ移住から十年目に離婚し、その後1人でハワイに数年住んだ後日本へ戻り、日本での活動を本格的に始めたようだ。
ハワイにいた頃はハワイアンミュージックの影響をかなり受け、人生感や家族愛を思わせる内容の音楽が中心だったが、日本に戻ってからは大人の恋愛を歌う曲が多くなったと、とある記事に書いてあった。
そうか、私と同じなんだ…
美紗子は、翔太との共通点を見つけたようで、妙な親近感を抱いた。
ライブ活動が主の翔太の現在は、全国各地の中小規模会場を約半年かけて回る。
不定期に発表されるアルバムや新曲の製作活動やレコーディングの合間に、突発的なジョイントやライブ配信、テレビラジオ出演やイベントが組み込まれる。
今年は白百合地区近辺にライブへ来てくれるのだろうか?
ライブ配信っていつ頃?テレビにラジオ…常にアンテナを張っていないと見逃してしまいそうだ。
気持ちが先走って焦る自分に笑える。
「お母さん、最近すごく楽しそうだよね」
最近の美紗子のハマり具合に、始めは呆れ顔だった莉子だったが、キッチンに立って翔太の曲を口づさみながら料理をしている母親の楽しそうな姿を目にして、可笑しくも嬉しそうだ。
「そう?」
言いながら、さらに鼻歌は続く。
「あ、そうそう莉子。明日、夜お母さんいないけど、用意していくからちゃんと食べてね」
「わかった。八重さん?」
「高校の同級生達と。久しぶりに仲良かった皆で集まれることになってね」
「へぇ…楽しそう」
「楽しみ。いつぶりだろ?皆で集まるの…」

白百合駅から3つ隣にある大間木駅前の繁華街にある居酒屋の扉を開ける。
「らっしゃい!」
活きのいい声で迎えられ、手前から奥に向かって目をキョロキョロさせると、奥で手を振る由希が見える。
「美紗子ー!久しぶりー!!」
奈津子と美加はハモったように揃った声で美紗子に激しく手を振る。
奈津子は少しふっくらして、肝っ玉母さんの貫禄を見せつつあった。聞けば、3人の男の子のお母さんだと言う。
美加はバツイチで美紗子と同じだが、現在は再婚して子供はないという。
「なんか不思議な感覚よね」
由希が皆を見回して言う。
「しばらく会わない間に、それぞれいろんな人生歩んできた。みたいな…ね?」
美加が明るくまとめる。
「岩崎さんのライブで再会って、なんか運命的…って言うと大げさだけど、テレビでたまに岩崎さん見かけると、やっぱ美紗子がすぐに思い浮かぶんだよね」
「そう、それ!私もそう」
奈津子の言葉に美加が反応する。
そんな風に思い出してもらえることが嬉しいと美紗子は照れる。
「もう、人生折り返し辺りに来るとさ、自分以外のことに追われてる私の人生って何なんだろって考えない?やっぱり、何か夢中になったり楽しみを作るって大切」
奈津子がしみじみ語る。家の中に男子が4人もいて、日々戦争なのだろうと察する。
「ホント。楽しみって、細胞が活性化して体に絶対いい。私も最近、お肌の調子いいもん。美紗子もじゃない?美紗子、この前久々に会った時、変わらなくて若いなぁって思ったけど、さらに何か綺麗になった気がする」
由希が頬を持ち上げながら言う。
美紗子は色をつける化粧など最近までほぼしてこなかった。
ファンデーションと眉を描くのみで、人からの印象や、若さなどを気にする感覚がなかった。
言われ慣れないお世辞にまた照れる。
「こんな歳になって綺麗なんて滅多に言われないから嬉しいけど恥ずかしいわ…私は突然翔太のライブ行けることになって、それまでは翔太のこと全く忘れてたくらいなの。でもライブ行ってからすっかり復活しちゃって、毎日CD聴いたり、自分が休んでた間に何してたんだろうって調べまくってると、夢中になって止まらなくなる自分が中高生の時と一緒だって笑っちゃう」
「いいじゃない?だって、その分いろんなこと、何年もがんばってきたんでしょ?夢中になれることは若さの秘訣だから」
「家はまだ、娘が社会人になるまで数年あるから、あんまりお金はかけられないけど、できる範囲内で楽しむつもり」
「推し活?ってのをやる人は、全国ツアーを一緒に廻ったり、グッズ制覇したり、自分でも作ったり、すごいんでしょ?でも楽しいんだろうな。私はフラメンコ習ってるんだけど、これも楽しいんだよ〜。衣装やらも発表会のたびに大変だけど、選んだり、小物を手作りするのも楽しいし、何より踊るとスカッとして別人になれる気がするんだ」
美加の顔が活き活きとしている。
「今度発表会あったら観に行くから教えてよ」
美紗子は言うと、由希と奈津子がうんうんと頷いた。
推し活か…。たまにでも遠征に行けたら、旅行も兼ねることが出来て楽しいだろう。
そういえば、翔太のSNSでも、旅先の美味しいものや、観光地を紹介していた。同じものを食べたり翔太が行った場所を廻れたら…考えるだけでワクワクしてくる。
いつか莉子や八重子、この旧友3人とも旅行や遊びに行けたら楽しいに違いない。楽しみは増えていく。
「まだまだ40代、これから楽しむぞー!」
酔いが回った40代のオバさん達は、ご機嫌に決意を叫んでケラケラ笑った。