Someday 〜未来で逢いましょう〜

「はい、出来上がり」
莉子が連れて行ってくれたお手頃価格の良店で、店員と莉子に乗せられるがままに購入した、モカカラーのスクエアネックワンピースに身を包み、肩下まである美紗子の髪を、莉子が自分のヘアアイロンで丁寧に巻いてセットしてくれた。
出来上がった見慣れない姿を、鏡で左右何度も向きを変えて見返し、気恥ずかしさが込み上げてくる。
「お母さん、すごくいい感じ!いつもこうすればいいのに…。そういえばドラッグストアで買ったグロスは?塗ってないじゃん」
「あぁ…口紅なんていつも塗らないから忘れちゃうのよね」
口紅はほとんど塗らない。すぐに落ちて輪郭だけ残るのが嫌だったし、仕事柄バッチリメイクは避けるのが暗黙の了解だった。
メイクに時間をかけるという余裕も習慣もなかったせいか、ずっとナチュラル系…というか、ただファンデーションを塗って眉を描いていただけだ。
「お母さん、もう少し手を加えたらもっと綺麗になると思うけどな」
莉子と買い物へ行った時、莉子の友達の間で使っている子が多いというプチプラと呼ばれるお手頃価格のリップグロスを勧められた。
「これね、すごい発色がよくていい色そろってるの。しかも唇も荒れにくい上に手頃ってすごくない?」
興奮気味に様々な色のサンプルを美紗子の口のそばに持っていき、比べる。
「お母さんは若者じゃないからはっきりピンクはヤバイね」
莉子には、目上の者に対する言葉選びを教えなければならない。
そして莉子は美紗子に、おばさんだから…と余計な一言を常に言いながら、ブラウン寄りなオレンジ系を選んだ。
試し塗りをした時は久しぶりに塗った自分の顔に違和感しかなく、何だか気恥ずかしくもあったが、色味のついた母親の顔を見て莉子はやけに興奮し、アイシャドーやマスカラ、チークも勧めてくる。
「これから少しずつして揃えていくから、今日は口紅だけでいいわ。また教えて」
美紗子が商品を戻すと、
「じゃあ、私がライブの日、メイクしてあげる」
自分が高校生の頃なんて、出かける時でさえ化粧をするなんてことはなかった。
誰に教わったのか、莉子は出掛ける時、メイクをさりげなくして出て行く。莉子の部屋を掃除しに入ると、自分のバイト代で買いそろえたのであろうメイク道具と女子高生向け雑誌がよく散らばっている。美紗子が教えたことは一切ない。
確かに母親より娘のほうがメイクは上手く、選ぶものも美紗子よりセンスがあるようだ。
化粧っ気のない母親から学ぶものは何もないのは明らかだ。
こうして娘と、服や美容品を選んで試して楽しむ時が来たことを美紗子は嬉しく思う。
「それとお母さん、口紅って言い方、なんか古…。これはグロスね」