先輩と僕。


「遠藤くん。休憩二分過ぎてるわよ」


突如として現れた倉本先輩の登場に、噂話をしていた同僚たちが顔色を青くする。倉本先輩は僕のすぐ後ろに突っ立ってファイル類とビジネスバッグを片手に腕時計をしきりに気にしている。


きっと同僚たちの悪口も聞こえていたに違いないのに、顔色一つ変えない。


この後、倉本先輩と同行してクライアントの会社に向かう予定だった。


「す、すみませ!」慌てて席を立ち上がろうと、


「いいわ。キミを待ってると時間に間に合わないから。さっき頼んだモニターの統計、データにして私のPCに送って。そうね、私の移動時間も考えて十分以内」


「は、はい!」


僕は直立不動。


倉本先輩はまとめた黒い髪の一筋も乱れもなく颯爽と行ってしまう。


「遠藤、ガンバ…」


「あれじゃぁお前も大変だな」


と、同僚たちには同情されたが、僕はそんな言葉が耳に入ってこなかった。


さっき……倉本先輩が立ち去るとき、きれいにまとめた夜会巻きの髪から一筋…そう、ほんの一筋だけ後れ毛が彼女の白く細い首を滑っていた。それに見惚れていた。


同僚たちも含め、周りは僕に同情的だ。


「遠藤くん、この数字間違ってたわよ。やり直して。五分以内に」


「遠藤くん、さっきの電話のやり取りは何?あれじゃクライアントに不信感を与えるだけよ」


「遠藤くん、コピーの枚数間違ってるわ。キミはまともにコピーも取れないの?」



――――

――


「お前も良くやるよ。倉本さんの直属で、もったのお前が最長。半年!記録更新だな」と同僚は人事だと思ってからかい半分。


そりゃ時々…ほんの一瞬イヤになるときはあるさ。けど、倉本先輩の顔を見るとどうしても憎めない。


憎むべきは、彼女の左手薬指に光っている指輪だけだ。


でも


プライベートのパートナーは望めなくても、せめてビジネスパートナーとして肩を並べたい。


……なんておこがましいかな。