高嶺の彼女

次の日、くすんだグレージュカラーのカーテンから差し込む光に、自室で自然と目が覚めた。


シングルベッド、壁の額縁、窓際の観葉植物。

よし、いつも通り。


これは、職業病なのかもしれない。


朝、何も怪しくないかと周りを見回す癖。



直したほうがいいかもしれないけれど、損はしないのだから、しょうがない。


これも前からの癖だが、朝起きて顔を洗うよりも先にスマホをチェックする。


あの日の続きが、返事が来ているかもしれない、と。

両親が失踪した、あの日の返信が。


まあ、それはさておき、仕事に行くために顔を洗い、着替えて準備をする。


それからいつも私より後に家を出る桐霞を起こしに行った。



そしていつも通りメイクを済ませ山東線に乗り込んだ。

今日も気合を入れて、仕事場へ向かう。


あたりを見渡したが、座っている私の他にはあまり人がおらず、


あの日とは正反対の状況にもはや安心感を覚えた。


警視庁の最寄りである藤戸駅に到着すると、徒歩で警視庁まで行く。

日差しがあって、日焼け止めを塗って来なかったことを後悔しながらしょうがなく反対側の道だが日陰の側を歩いた。

警視庁につくと、まず入口で身分証を提示する。


ここは数年前まで人力のチェックだったが、今は社員証の裏についているバーコードをスキャンして入庁できるようになった。



そこから裏のエレベーターに乗り込み、「倉庫」と書かれたボタンを押した。

普通の人間はここが本当に倉庫だと思っている。



事実、私も組織に入隊するまではそれを信じていた。


だが、倉庫と思われているところには、隠し扉がある。


積み上がった段ボールに見せかけたドアの真ん中あたりより少し右を押すと、自動で手前に開く仕組み。


めったに部外者が来ることはないが、確かに倉庫として書類などを保管する場所としても使われることがあるため、

たまに誰かに頼まれて人が降りてくることはある。

その時はまるで自分もたまたま来たかのように振る舞えばたいていはうまくいくように極秘になっているみたいだ。


先ほどドアを「押す」と言ったけれど、これは正確にはそこに指紋認証のスキャナーがあり、登録した者だけが入れるように警備も厳重だ。


暗い通路を歩いた先に自動扉があり、そこから漏れる光が通路の先に見えると、なぜか安心する。


暗いところは誰でも不安になるものじゃないか?


自動扉を通ると最終的な確認作業が行われる。

警視庁の社員証とは別に、この組織のメンバーにだけ与えられた隊員証をかざし、中に入る。


そこはホテルの玄関みたいに和やかで、しかしながら質素な雰囲気のするロビー。


暗めの照明に、壁一帯を飾る滝。


観葉植物もところどころにおいてあり、ちょっとした会議も行えるよう低めのテーブルを囲むソファも設置されている。


このように静かな環境に来ると、ここが一応警視庁の施設の中だということを感じさせない。


この建物は外部の人間は入れず、「入口のない建物」とも呼ばれ、古くから謎の物体として扱われてきた。



確かに、私も謎だとは思っていたが、もはやそれが普通で、あまり深入りはしないし、他の誰もしない。

思考を巡らせたところで、なんの解決にも至らないからだ。


そこから入口の受付のようなところで毎日出社確認を行う。


パソコンに必要な情報を打ち込むと、確認終了の文字以外は質素な画面が現れた。


これで完了だ。

この部隊にいる人間は一応、警察として警視庁の方の別の部にも所属することになっている。


これは、当然、カモフラージュのためであるが、私の所属部門が警視庁・警察庁ともに最高レベルの機関であり、他の部を監視する役割も持つからである。


そのため、大体は捜査一課もしくは公安に配属されることが多い。


私も例外でなく、公安の警部としての顔ももつ。


裏の顔を持つ女性ほど怖いものはないと言われるが、確かに、自分でも思う。


客観的に考えて外部の人間からしたら、相当怖い存在なのでは?と。

最も、それを知る者はほぼいないけれど。


USFJは、通常の警察の仕組みと同様、それぞれ少人数ではあるが爆弾処理班、サイバー犯罪係などがある。


基本的には全員がすべての仕事をこなし、異動することもないが、ある程度のランクの人はそれぞれの班の班長を務めることができる。


つまり、この部署に専門性というものはなく、オールラウンダーということである。


私もそのうちの一人で、潜入捜査班の班長をかれこれ3年やっており、部下にも恵まれている。


まあ、今日は出勤確認だけして、即公安の方に出勤をしなければいけないからなあ。


「…御堂警部!御堂警部!御堂さーん!!」


いつの間にか公安部のデスクについていたのか、私を心配するような元気な部下にはっと意識を戻された。


「あ、神宮寺くん。ごめん、ぼーっとしてた。」


この神宮寺粋は、私のことをよく支えてくれる、USFJでも公安でもとっても大事な部下。


歳は私のほうが一個上だけど、それを感じさせないぐらいしっかりしていて、私のほうがおいていかれちゃうんじゃないかと思うぐらい。

ついでに、仕事も速いため、私は重宝している。


「そうですか。あ、ぼーっとしてたといえば。」


ギクッ。

この子、たまにすごく鋭いところをついてくることがある。


嫌な予感…


「御堂警部がぼーっとしている間に、噂になっていましたよ。この間。御堂さんと公安部の既婚者の刑事さんが千葉の海辺でバカンスしてた、って。」


えっ?!そんなことはない…はず。


「詳しく聞かせて。」


私はとても気になり思わず聞き返した。


神宮寺くんの口車に乗せられているとわかっていながら。


「おっ、御堂さん、食いつきがいい!」



やっぱり。こうやってすぐ私をイジってくる。


「っ、もういい!」


私はそれに少しイラッとしながら、仕事に戻るフリをした。


なぜって、やっぱり気になってしまうから。


これも刑事としての職業病だろうか。


「それが、その日非番だった御堂さんが白フリルのワンピースを着てたらしいんですよー、

それで、その刑事さんも非番だけどスーツ着てたって…」


それはなさすぎる。第一、


「私白フリルのワンピース持ってないよ?!

それに、会ってただけで不倫扱いはないよ…

しかも私その日友達とカフェにいたし。ほら、証拠写真もあるよ。」


そういって、私は画面に映ったショートケーキを見せた。



「でもっ、、、」



反論しようとする神宮寺くんに、先輩として一言だけ言わせてもらった。


「あのね、刑事さんなら何が本当で何が嘘か見分けられるようにならないとよ?」


すると犬のように目を伏せ、耳が倒れてあからさまにしょぼんとして、はい、、とだけ言った。


私は少し罪悪感を感じ、とっさにそれをカバーしようとして言った。


「っというのは、その、つまり伸びしろがあるってことだよ!」


慌てた割には上出来か?


必死で笑いをこらえながら、もはや可愛らしいような神宮寺くんを仕事に戻らせた。


入ったばかりで、若いし、いい経験だと思うけど、逆に私が癒やされたりして。


私も仕事に戻ろうと、椅子をくるりと回してパソコンといざご対面。

と思いきや、今度は上司から声がかかった。


「おーい御堂くん。今度、G7サミットが開催されるのは知っておるかね?」


あー、それなら久しぶりに都市部の大阪で開催されるからと少し話題になってる、9月のサミットのことか。


「ええ、それなら私も多少存じてますが…?」


嫌な予感とまではいかずとも、刑事の勘というものだろうか。

なにか予想外のことが来る気がする。


「その日公安から最低10名は警備を出すように上から言われてるのだが、御堂くん、どうかね?」


この上司も私と同じくUSFJのメンバーで、公は公安に属しているため、上司としても人としても、刑事としてもとても信頼し、尊敬する
先輩だ。


私は軽くウインクをしてから、


「すみません…、その日は非番で、どうしても外せない用事があるもので…」


と言った。

この人との間ではウインクをすることでその日はUSFJの任務があることを示す、いわゆる合言葉のような役割を持たせているのだ。


彼もすぐにそれを理解したようで、


「そうだったな、悪かった。また今度の機会だな。」


と答えた。


というのも、非番は非番でも、USFJの方も非番というわけではないからだ。


「ええ、もちろんです。」


そう言い、ちらっと腕時計を見ると、現在の時刻、10:24。


まずい。

10時半にはこちらを退勤し、こっそり本職の方に出勤しなければならないのに。


慌てて荷物をまとめ、先程の上司に声をかけて、抜き足差し足でそこを出た。


そして、先程出勤確認した部屋へ戻るため、エレベーターで倉庫階まで降り廊下を歩いた。


本職の事務所に入ると、パソコンで何かしら仕事をこなす隊員が12、3人おり、みな真剣な顔をしている。


班ごとに分けられた島のうち自分のエリアにある、私の机。


そこにいた部下は、私に気づくと立ち上がり、敬礼をして

「おはようございます!」