「か、神だ…神がいる…」


胸元が開いた白シャツにブラウンのスリムパンツ姿で現れた依緒を現場スタッフはまるで神を崇める瞳で見つめている。私も当然その中のひとりだ。

待ってくれ、ビジュがいい、良すぎる、ずるいよ!!


「寧々、ぼーっとしてるけど、どうしたの」

「ち、近い、かも」

「近いとだめなの?」


んー?と、口角をわざとらしくあげて、私の顔を覗き込む。いつも付けている香水の香りじゃないだけで、依緒が別の世界の人に見える。新しい依緒が見れて嬉しいはずなのに、自分だけじゃない誰かに見つかってしまう怖さと不安で、なんだか心が落ち着かない。

依緒が芸能界に興味なくて、ほんとうによかったと心から思う。私、依緒のこと、ひとりじめしたいもん。



撮影に入る前に改めて依緒の紹介と、撮影の説明が行われた。依緒との絡みはあるが、条件どおり、口元から下のみの撮影だ。もちろんカメラマンは全身を写したくてうずうずしているし、あわよくば、私も自分のスマホに収めたいと思っている。



「——いや、ちょっと被写体が良すぎて、シャッターを押す手が止まりません。あ、天羽さん、香水の瓶に口付けをするように、そうそう、そんな感じで!依緒さんの口元も香水瓶を通して撮るのでそのままでお願いしますね、はーい、取ります!」


カシャッ

カメラマンさんが、とても、いきいきしている。

そんなカメラマンを見ていると、こちらも気分があがるし、応えたいと思える。


「じゃあ、次は、依緒さん、背中向いてもらって顔だけ少し横に、そうです、で、天羽さんは——依緒さんにそのまま抱きついてください!」

「えっっっ」

「依緒さんの肩に顔をのせる感じで」

「こ、こう、ですか?」

「ちょいぎこちないですね」


そりゃそうでしょ!!依緒に抱きつくなんて小学生ぶりなんですから!!

依緒の肩に左手を添えて、もう片方の手で香水を持つ。依緒はそんな私の腰を支えるシンプルだけど、密着度が非常に高いポージングとなっている。


緊張で心臓の音が、どんどん、速く、重くなっていく。


「寧々、心臓、どきどきしてる」

「っ」


依緒の顔のすぐ近くに心臓があるから、鼓動がダイレクトに伝わるのだろう。


「緊張してる?」

「うん、だって、依緒とくっついてるから」

「俺が寧々をどきどきさせてるの?」

「そうだよ、依緒のせい」


私の腰を支える依緒の手に力が入る。

小さい頃、よく手を繋いで公園に行ったり散歩したり、性別は違えど手の大きさや厚みは、私とさほど変わりなかったのに、今じゃ、手から《男》を感じさせられる。


「俺も、どきどきしてる」

「う、うそだ〜めっちゃ涼しい顔してるじゃん」

「してないよ、でも、ちょっと楽しんでるね」

「そうなの?」

「合法的に寧々に触れるから」

「…ばか」

「その、ばか、かわいいから、もっかい言って」

「い、言わない!!」


依緒はいたずらっこみたいに、はは、と笑う。

自然と、私も笑顔がこぼれて、いつの間にか緊張が解けていた。



「——最後に、お二人の満面の笑み、ください」

「いや、依緒は顔出し、」

「最後の一枚はお二人にプレゼントする用です。どこにも掲載しないし、撮ったデータはお渡ししたらすぐに削除します。必ず。こんな素敵なお二人を真正面から撮れないなら、僕、今からでもカメラマン辞めます。それぐらい素敵でした」


どうしよう、泣きそうだ。

でも、約束は約束だから、ここは私がしっかりと——


「僕も、今日、とても楽しかったです。よければお写真お願いしてもいいですか?」

「い、いいの?」

「うん、こんな機会、もう二度とないかもしれないし」

「それはそうだけど、」


考える隙も与えられず、依緒が私の腰を引き寄せた。


「寧々、今日も、かわいいよ」

「え、ちょ、」


カシャッ






二人の素顔が写った写真はその場ですぐにデータでもらって、約束通り、目の前でデータの削除を行ってもらった。復元不可能な幻の写真となったようだ。

そして、依緒は再び、スカウトを受けたがもちろん返事はノー。やっぱり微塵も芸能界に興味がないらしい。


「俺は、幼なじみとして、寧々を近くで見ていたい」


そう、微笑む依緒のスマホのロック画面は私と顔を見合わせて笑う幻の写真になっていた。