溺愛する身代わり姫を帝国王子は、逃さない。

 8


 ハレット様に捕縛されて、レイカルド様を目前とした私は、どうにか逃げなきゃと模索していた。

  まずい状況なのは、確かだから。

 「だ、だから、僕から……、離れろ!」

  そんな私の耳に、レイカルド様の叫び声が響く。

  レイカルド様は、瞬時に、顔を上げることなく絨毯に爪を立て、ぎりぎりと歯軋りをした。

  もしかしてレイカルド様は、逃げろと示唆している?

 「嫌です。我が君、お願いです。私はあなたを失いたくないのです。このまま狂ってしまうところなんて、見たくありません。どうか私の意向、受け入れてくださいませ!」

  ハレット様は、レイカルド様の怒号にも怯むことなく、即座に言い返してきた。

 「こ、このくらい、何とも……。うわあっ、ああああっ!」

  レイカルドは、言葉を詰まらせたと思うと、悲鳴をあげて大きく頭を振る。

  彼に一体何が?

  どうしてそんなにも苦しむ?

 「我が君、どうか受け入れてください! 私もそうですが、あなたの兄上様も、ずっとそばにいて欲しいと、願っているはずです。きっと必要としているはずです!」

  私は、ハレット様の切実な声音を固唾を呑んできいている。

  この状況は、逃げたいけど、人として逃げてはいけない気がする。

  レイカルド様から立ち上がる暗黒色の靄は、生きもののように蠢いていた。

  すぐ目の前の二人へ向かわないように、彼自身が必死に抑制していること。

  それは、直に来てまざまざと感知出来た。

  これは逃げるよりも先に、今を対処した方が後味悪くない?

  助けられることならば、特に。

 「あ、あの……、どうすれば、これを鎮めることが出来るのでしょうか? 内なる光の鼓動を彼へ注げばよろしいのでしょうか?」

  もし私の考えているものなら、多少なりに心得はある。

  私は、あんまりな苦悶の姿に胃がキリキリ痛み、レイカルド様をどうにか助けたくなって口を挟んでみた。