溺愛する身代わり姫を帝国王子は、逃さない。

 第6話


 懐かしげに、小屋を見渡していた。

 誰も使用していなくても、定期的に手入れされているので、埃は少ない。

 脳裏をよぎる幼き想い出に、胸奥が温かくなる。

 だが、心が妙に軋んだ。
 
 大きく嘆息をついた刹那、ぐらりと視界が歪んだ。

 そのあとは、最近起きる発作の中で最強の激痛が全身全霊を襲ってきた。

  苦悶の中、現実は甘くないと苦々しく思った。

 せっかくの懐古の時間が、一瞬のうちに台無しとなるから。

 それでも、それとは別格の代役。

 まさか、目に前に、現実に現れるとは、予想していなかった。

  ハレットが何かを引き摺ってきたのがわかった。

 それが何か、見えなくても気配で感じ取れた。

 余計なことを。

 誰かに頼ることなく、自分を抑制する以外はない、過酷な現実なのに。

 それなのに。

 ハレットは、訴えてくる。

 発作特有のガサガサと響いてくる、耳障りな異音を遮るように。

 一番頼りにしていた、優しい想い出と似て。

 心囁く幼げな声とともに、ハレットは真摯に訴えてきた。
 
 何かに縋るのは、自分らしくない。

 嫌だ。

 一人で対処し、凛然としていたいのに。

 それなのに。

 心は、激しく揺れる。

 心は、時として己の芯を穿つ。

 所詮、一人では生きてはいけない。

 大事な何かをめいっぱい抱え込み、守れなければ。

 邪念として蠢く強烈な発作なんかに、勝てない。

 凛然となんて、生きていけない。

 差し伸べてきた先行きを甘受した時、思い知らされた。

 ハレットに訴えられ、受け入れるしかなかった。

  目に前の少女。

  自分よりもずっと幼い。

  処女の香りも、光の鼓動も漂う。

 それがとてもいい浄化になることくらい、僕自身わかってはいる。

  わかっていても、躊躇してしまうのに。

  少女の誠実な提案。

 真摯なハレットの訴えに根負けしてしまった。


 発作の激痛に逆らいながら、顔を上げた。

  幼い。

  それでも鮮烈に惹かれるのはなぜ?

  純粋無垢な黒真珠の瞳と目があっただけで。

  一瞬、激痛すら消えそうになったのに。

  ハレットの呼び声で痛みを伴って、現実が戻ってくる。

  我に返って、手を伸ばした。
 
 悪いけど、逃すつもりはない。

  己の心身の奥の奥まで貫いてきた黒真珠の瞳は、魅力的すぎる。

  魅縛され、逃したくない想いのほうが、断然強い。

  自分の重ねた唇に甘受して、目の前の存在を強く認知して欲しい。

  痛みを剥ぎ取るよりも、少女の心身すべてを奪ってしまいたかった。

 こんな気持ちは、現状生まれて初めてだった。

 ハレットと話していても、僅かに目を逸らしても、はやる気持ちが湧き上がる。

 まだまだ発展途上の幼き娘を猛然と求めるとは、自分らしくない。

 好みの女性は、お互い割り切れる大人の豊満な女性のはずなのに。

 純粋で気丈な真珠色の瞳。

 目があった瞬間から、どうしても抗えない。

 反抗してくる可愛らしい声音。

 もっともっとききたい。

 どうしても全てが欲しくなる。

 偶発的なものだというのは、ハレットの言動でもわかる。

 芝居の出来るような娘ではないことも。

 これは偶然ではなく、必然?

 誰よりも何よりも欲しくなるなんて。

 心の奥底から叫んでいる。

 自分のものにしなければならない。

 誰にも渡したくはない。

 どうしても欲しい。

 その全てが欲望を唆る。

 目が離せられない。

 全てを舐め吸い尽くし、真の芯まで己のもので穿ちたい。

 己の存在感を、か細い心身に鮮烈に刻みつけてしまおう。

 誰にも見えない場所へ閉じ込めてしまおう。

 誰かに奪われることなど、考えたくもない。

 自分だけの愛しき存在、心身が渇望する。

 やはりこれは偶然ではない。

 ここまで全身全霊を掻き立てるものは、初めてのこと。

 どう逃げようとも、たとえ僕の命令に逆らおうとも。

 どこにいても捕縛し監禁する。

 心の芯に響く愛しき存在。

 逃がすつもりは、僕には一切ないーー。