溺愛する身代わり姫を帝国王子は、逃さない。

 第5話


「…つっ……!」

レイカルド様は、思わず痛みに低く呻いている。

 私に噛みつかれ、傷ついてしまった自分の舌を引き抜く。

 レイカルド様は、私の頬を挟んでいた自分の両手をはなした。

「我が君、ど、どうしたのです……? あああっ!」

 主人の異変に気づいたハレット様は、悲鳴に近い声をあげ、目と口を大きく開けた。

 レイカルド様は、血がこぼれ落ちている舌先を舌なめずりしている。

 色違いの眼差しに、苦渋を滲ませていた。

「まったく……。本当に、とんだじゃじゃ馬だよねえ」

「大切な我が君に、なんてこと、貴方はするのですかっ……!」

 蒼白になったハレット様は、声を震わせて私をきつく睨む。

 私は、ハレットを様を仰いで睨み返した。

「私が嫌なのがわかったのならば、お願いだからこの腕をはなして!」

「我が君、大丈夫ですか?」

 ハレット様は、私を拘束している腕を解くことなかった。

 蒼白になって、レイカルド様の顔を覗きこんでいる。

「このくらいは、何ともないといえば、そうだが」

「もういいです。我が君、このまま離宮へかえしましょう!」

「でもねえ」

「でもじゃないです。他に綺麗でお上品な、それこそ我が君に相応しい大人の女性は、いくらでもいますから!」

「確かに、それもそうだけど」

「無礼な小娘は、あとでしっかりと、お仕置きしておきますので、ぜひともそうしましょう!」

 憤りあらわにそう言い、ハレット様はうんうんと頷いた。

「ひ、ひどいっ! 一応手助けはしたはずなのに!」

 怒りを隠しきれないハレット様の言動に、私は頬を膨らませて、二人を交互に睨みつけた。

「それを上まわるくらいに、あなたは重ね重ね無礼なことを、大切な我が君にしたでしょうが!」

「していません!」

「しています!」

「していませんって。それに人生初めての口づけを素性もよくわからない男と、二度もしてしまった私のこの気持ちこそ、どうなるのですか!?」

 口を尖らせた私は、怒り心頭で文句垂れた。

「へえ、初めてなのかい? それはまた光栄だねえ」

「光栄って……。もう、浄化の巫女見習いであり、聖女候補となる予定ならばほぼそうなのでは?」

「あの養成所では、高位の者の穢れ浄化のために創設したからね。純潔は関係なく、名称は巫女や聖女候補でもはしたないのはけっこういると、僕はきいているけど?」

「は?」

「そりゃあ、確かにいるでしょうね。それでも小娘からは、処女の香り、しましたでしょう?」

「まあね」

 レイカルド様は、いきり立つ私を面白げに眺めている。

 余裕たっぷりな仕草に、私の怒りはおさまらない。

 きっと目を吊りあげた私は、レイカルド様をよりいっそうきつく睨んできた。

「離宮に戻して! 私のことをわかったみたいだから、もういいでしょう?」

「何が?」

「な、何がって……」

「僕としてはね、ルアンのこと、とても気に入ったから、手放すつもりはないよ?」

「は?」

「ハレット、このままルアンを連れて帰ろうか」

「我が君、本気なのですか?」

「ああ」

「我が君の浄化のための一夜だけならば、ここで行ってもよろしいのではないのでしょうか?」

「いや、ルアンに興味がある。僕としてはいろいろ調べたい」

 そう言ってレイカルド様は、にやりと口の端を歪めた。

「本当に、いいのですか? こんな色気のない小娘で」

「僕に執拗に薦めていたくせに、ハレットは何を言っているから」

「だからそれは」

「いいだろう?」

 そう言ってレイカルド様は、自分の両手を広げてハレット様を見た。

「はあまあ、今がいい機会かもしれませんね。我が君の兄上様であるオウル様同様、女嫌いで名高いあなたを説得するのは」

 ハレット様は、レイカルド様の視線を逸らし、ちらりと私見据えたが、大きく嘆息をつく。

「あのねえ、ハレット。何かにつけて、兄上を引き出すなよ」

 レイカルド様は、不機嫌にぼやきながら、拘束を解いたハレット様から私を受け取った。

 抗う私をしなやかな自分の胸元へ、ぎゅっと押しこめてくる。

「そのほうが、私の言うことに確かな信憑性が出て、我が君が私の意見をきいてくれますからね」

「そんなことはないよ」

「いえあります。だから利用させて貰わない手は、ありませんでしょう?」

「ハレットの意向を、毎回むげにしているつもりは、僕にはないよ?」

「それは光栄です」

「それじゃあ、行こうか。ルアン」

「嫌です!」

 レイカルド様は、私の耳元で囁きかけた。

 私は、断固として拒否するつもりなので、はっきりと即答して大きく首を振った。