溺愛する身代わり姫を帝国王子は、逃さない。

 第2話


 瞼裏に感じていた猛烈な光の気配が、徐々に薄らいでゆく。

 それを完全に消えたのを確信した私は、ゆるゆると、伏せていた瞼を開ける。

 思わず浮かんでしまった自分の目尻の涙に気付いた私は、払おうとした。

「!」

 私の細腕は、ハレット様に捕らえられたままだった。

 いまだに背後にいるハレット様の力強い腕に羽交い絞めにされていて、私自身ではどうしても身動きが取れない。

「……我が君、さすが、選りすぐりの巫女でしょう?」

 不意に、感心したように言うハレット様の声が、私の頭上からきこえてきた。

「それでもハレット、幼すぎるし、見習いみたいだけど?」

 レイカルド様は、頬にかかる前髪をかきあげながらそう言う。

 ふと目にとめた私の目尻に浮かんでいる涙に、彼は微苦笑を滲ませながら、それを指先で拭い取った。

「我が君、確かにそうかもしれませんが、命の恩人ですよ?」

「そうだが」

「この機会に、もっと深く味わってはいかがですか? 今後のためにも」

 至極丁寧な口調なのに、あんまりな言葉に、私は驚愕して目を瞠る。

「だがねえ」

 レイカルド様は、そう言って、うーんと唸りながら、ル私から少しはなれて、その場に胡坐をかいた。

「はなして! 私、そろそろ離宮に戻らないといけないし!」

 二人の会話に身の危険を覚えて慌てた私は、声を荒げて言う。

 自分を拘束している、ハレット様の腕を払おうとする。

 その力はとても強く、悔しいけど私にはどうすることもできなかった。

「だめですよ。あなたは我が君のお役に立って貰います」

「本当に何を言っているのですかっ! 発作がおさまっているのであれば、私はもういいでしょう?」

「だから、まだです」

「お願いします! 私のパートナーの子に、迷惑かかるのです。だからそろそろ離宮へ戻らないと、本当に大変だから、帰らせて!」

 ハレット様を仰いできつく睨んだ私は、そう声を荒げるが、彼の神妙な表情は崩れない。

「それは、私がどうにかしましょう。娘よ、名前は?」

「いいです。それは自分で何とかしますから、とにかくはなして!」

 どうにかこの場から逃れようと、私は必死にもがく。

 瞬時に、ハレット様が力をこめてしまい、私は低く呻いた。 

「ハレット、先ほどの儀は、仕方なかったとはいえ、十三、四くらいの、こんな色気の欠片もない小娘なんて、僕自身利用するつもりはないけど?」

 皮肉げにそう言い、レイカルド様はやれやれと大きく嘆息をつく。

「し、失礼ですねっ! 色気がなくとも、ルアンはもう十七歳ですけどっ!」

 それを耳にした私は、思わずむっとして、頬を膨らませた。

 そして、正面で胡坐をかいているレイカルド様へと視線を移し、いっそう目を吊りあげてしまう。

「あれ? 十七歳なのかい? とてもそうは見えないよねえ?」

 睨む私に怯むことはなく、レイカルド様は面白そうに口元を歪めた。

「見えなくてけっこうです! ともかく帰らせてください!」

 そう言う私は、足をばたつかせながら、どうしてもはなれないハレット様に、苛立ちを深めていた。

「それでも、あまりにも細すぎない? 何だか頬もこけているし。ルアンはちゃんと食べている?」

「そんなのよけいなお世話です。それに気安く名前を呼ばないで!」

 私の体型に疑問を抱いたのか、怪訝そうにレイカルド様はきいてきた。

 私は、苛立ちを深めて、噛みつくように睨みつけて喚いた。

「先ほどから、我が君になんて失礼なことばかり……」

「まったくだよ」

「我が君、申し訳ございません。こんな小娘を引き合わせるなんて」

「確かに小娘だね。ハレットが選んで連れて来たわりには、あまりにもじゃじゃ馬すぎるのでは? 趣向を変えたの?」

「あのねえ、我が君。先ほど私は、言いましたでしょう? この小娘は、ただの通りすがりだって」
「通りすがり?」

「そうです。突発的な出来事に、どうしても手立てがなかったので、仕方なく力をかりたまででして」

 レイカルド様に嘲笑されてしまい、心外だと表情をあらわにしたハレット様は、そう言い返した。

「本当に?」

「本当ですって。近くに穢れを祓う専門の巫女育成所があるから、そこの一人では?」

「ああ、確かにあったね」

 そう言ってレイカルド様は、ふーんと鼻を鳴らした。

 十七歳にしては線が細く痩せこけた私を、レイカルド様じっくりと見据える。

「た、確かに、私はそこの一人です。ですから、先ほどから言っているとおりに、私の自由時間が過ぎています。本当に戻らないとだめなわけで、だからはなしてくださいっ!」

 二人の飄々とした様子に憤りをあらわにしている私は、レイカルド様へ視線をあわせた。