あれからすべての授業が終わって放課後。担任は家の事情を知ってるから何も聞いてこなかった。
今月いっぱいはまだこーすけは家に居てくれるらしい。お母さんを説得するって言ってたけどそんなことできるのかな。ヒステリックになりそう怖いな、、
「葵俺帰るけどどうすんの?一緒にかえる?」
「んーナチ達と帰るかも」
「ん?さっきナチ大毅に連れ去られてたけど、もう帰ったんじゃね?」
「ガ、ガチ?ちょっと電話するわ」
ナチに電話をかける
何故かモヤモヤする
大毅は普段高橋とよくいるからナチと一緒にいるところをあまり見ない
あと今日はいいこと起きないからな
「もしもし!ナチ大丈夫?大毅になんかされてる?殺しにいくぞ」
「んな、物騒なこと言うなて、あはは久しぶりに大毅遊びに行こって言われて舞い上がってた、ごめんクレープ誘ったのに行けないわ」
「ふーん何イチャイチャしてんの」
「メンヘラあおちんきたか」
「ごめんよ今日だけは許してっ!!」
「明日なんか奢れよ」
「任せてなんでも買ってあげる」
「楽しんで、じゃあね」
良かった悪いことに巻き込まれてなくて。
ナチの声めっちゃ嬉しそうだったなぁ
正直ナチが帰ったおかげで、誰にも言い訳せずにあの場所に行ける
「帰る?」
「いや、図書室いくわ」
「と、図書室?!葵が?」
「みんなその反応するんだがおもろ」
「そういうことだから、お母さんに夜ご飯いるって言っといて」
「ちょまじでいくん?」
「え、そうだけど」
「何しに?」
「マリカーだけど」
「はっ?どういうこと!?」
「まぁもう帰れって」
「何男?誰?俺の知ってる人?怖い怖い!!」
そういえばこいつシスコンだったわ
こうなったらめんどくさいなこーすけは
「ヨーキーだよ」
「なんで先生とマリカすんの?おかしくね?」
なんでって言われても、わかんねーよ
「こーちゃんうざいよ〜」
「やめろよその呼び方」
「まさか葵、先生のことすきなん?」
「んなわけ」
んなわけあるかぁ! どいつもこいつもなんなんだよ
「葵変わったな」
「何が?」
「いや?自分で気づく日がいつかくるよ」
そう言ってこーすけは帰っていった
なんなんだよ、今の意味深なやつ
とりあえず図書室に行こう
マリカしたいし
夕方の校舎は、もうほとんどの教室が静まり返っていた。
みんな帰ったあとの放課後って、なんか空気がやわらかい。
図書室の扉をそっと開ける。
「……あれ?いない?」
がらんとした空間に、本の匂いと静けさだけが漂っていた。
「……あ、いた」
奥のカウンターに、片手でペン回ししながら、やる気ゼロな顔で作業して座ってる清川先生がいた。
気づいてないふりしてんのか、それともほんとにぼーっとしてんのか、わかんない。
「よっ!」
「え、幻覚?!なに!本物?嘘だろなんでいんだよ!!!」
「先生が来いって言ったんだろ」
「来いって言って来るタイプじゃねーだろお前怖えよなんなんだよ」
「暇そうだから来てあげたんだよ」
「怖え〜まぁ座れよ」
先生は隣の椅子を叩いて誘導してきた
なんかムカつくわ
「よいしょっ」
「ババアか」
「疲れた〜」
「ん?なんか目腫れてね?大丈夫か?」
「あ、、うん」
「あ、朝廊下でお前、必死な顔してたの見た」
クソ見られてたか
最悪なんか弱み握られそう
「気のせいって思いたかったけど、やっぱお前だったな」
そう言って、先生はちょっとだけ目を細めた。
責めるでもなく、ただ見つめる感じ。
「マリカーで発散すっか」
先生が今日の図書委員の当番の子を帰らせた。
学校でゲームしてるの見られたらまずいしな
唐突にゲームを始めた先生に、なんか救われた気がした。
ああ、これ以上は聞かないでくれるんだなって。
レースが始まっても、なんだか集中できなかった。
こーすけのこと、ナチのこと、そして……今、隣にいるこの先生のこと。
「聞かないんだね…あたしのこと」
「聞かれたくねーだろ?」
「別に、」
「沢尻エリカか」
「しょうもな」
だけど口角は上がってしまう
自分が悔しい。
ほんとこの人、なんなんだろ。
何も聞かないくせに、ちゃんと察してくる感じ。ずるい。
「……マジで、今日一日疲れたわ」
「そりゃ目も腫れるわな」
「うっさい」
「お前ってさ、意外と繊細だよな」
「は?なにそれ」
「いや、普段ガサツなのに、ほっといたら心配になるタイプ」
「あたしのことどんな目で見てんだよ」
「うんこみたいな目」
「はあ!?ぶっ飛ばすぞ!?」
「いいねーその元気戻ってきたな」
笑ってる先生を睨みながら、ちょっとだけ胸が軽くなってる自分に気づいた。
こうやってしょうもないことを話すのが楽しい。
「一緒に走ってたのって彼氏?」
先生が低い声で聞いてきた
なぜか胸がきゅーってする
「弟だけど、なんで?」
「お前弟いんだ」
「血繋がってないけどな、てかおなじ3年なんだから覚えておけよ」
「正直3年なんてサッカー部とお前とその友達くらいしか覚えてねぇよ。何人いると思ってんだよ」
「それなんか嬉しい」
だめだ、なんか涙がでてくる
誰かにあたしのことを知ってくれて、記憶に残ってくれてることが嬉しかった。
誰かに認められたかったんだ
「おおっちょい何泣いてんだよ、マリカで泣くやつ初めてみたって」
先生はSwitchを置いて慌ててる
ごめんねゲームしてる最中なのに
「先生のバカっ」
「ほらハンカチ使え」
「ううっ洗濯してるっ?」
「お前ぶっ飛ばすぞしてるに決まってんだろ」
「はははっありがとう」
先生は大きな手であたしの頭を撫でた。
それが今は、すごく落ち着く
いつもの私だったらきもっ!とか言って逃げるのに素直に受け入れてしまった
「今は全部吐き出せ俺が全部聞いてやっから」
「せんせっ」
「なんか食うか一旦」
そう言ってポケットからチョコレートのお菓子をくれた。いつも優しくないのにっ
「うううっありがとう」
先生に家庭のこと全部話した
どんどん溢れ出てくる私の辛い話、ナチとかにはいつも聞いてもらってるけど、深くまでは話したこと無かった。
それなのに、先生には話せてしまう。
こんなに気を許せてしまう人はじめてだった。
ふと先生の顔をみると先生の目がうるうるしてた
いつもふざけてるし、全然頼りないし、先生のくせに子どもみたいなことばっかりしてる人が
なんでそんな顔するの。
「先生、泣いてるの?」
「お前が思ってるより、俺は涙もろいんだよ、こんな話されて泣かない奴いんのかよ」
先生は照れるように目を擦った
「お前って強いな」
「……強く、ないよ」
「坂木はえらいよ」
その一言に、また涙が出そうになった。
「ずるい」
「え、なにが?」
「そういうこと、サラッと言うから」
「まぁ教師なんで」
「うざ」
もっと前に出会いたかった。こうやってなんでも話せる先生に出会ってたら、私は何か変われてたのかな
先生は、テーブルの上にあった空のチョコ袋をくしゃっと丸めながら、静かに言った。
「……正直、俺が生徒にこんな感情抱くの、おかしいって思う」
その一言に、心臓がドクンと鳴った。
「は?なに?きもっ」
「いや、違う、あー!!違う違う!誤解!変な意味じゃない!あの、そうじゃなくて!」
先生が急に焦り出す。
その慌てた顔に、こっちの胸まで熱くなってきた。
「“こんな感情”ってどんな感情よ」
「いや、それは……」
「……それは?」
「なんか、お前のこと、放っとけないっていうか……」
沈黙が落ちる。
夕方の図書室、誰もいない静けさの中、先生の声だけがやけに響いた。
「実は俺、坂木のこと1年の時から知ってたんだよ。職員の中では口の聞かない生徒で有名だった。」
「えっそうなの?」
「坂木が暴れたりしてみんなが手こずってたのを俺は見守ることしか出来なかった。3年の担任してて忙しかったのもある。」
「だけど今年坂木が3年になって国語を受け持つことになってこれがチャンスだと思った。
1年の時よりか印象も変わっててちゃんと学校これてて、俺いらねぇかと思ったけど、その目が何かを抱えてるように見えた」
「どうにかして近ずいて解決したいと思った矢先に坂木が図書委員に入ったって報告きていい機会だと思った」
「俺が積極的に行ったおかげで仲良くなれたけど」
「そう、だったんだ、、、」
そんな先生に観察されてたなんて思いもよらなかった。
他の先生達は私を放置してたのに、ちゃんと見ててくれた人がいたんだ。
胸の奥が、じんわりあたたかくなる。
「そういえば正式に先生と出会ってまだ3日しか経ってないね」
「仲良くなりすぎだろ俺ら」
「なんで、そんなに先生は優しいの?」
「……お前が、俺にとって、特別になってきてるからかもな」
心臓が跳ねる。
“特別”って言葉が、鼓膜から離れない。
「……ずるい」
私はそうつぶやいて、先生の肩にもたれた。
「お前それ、ずるいのそっちだろ」
先生はゆっくりと深呼吸していた。
緊張してるのか、体が硬い。
「もうちょっとだけ、このままでいさせて」
「…ん」
「なあ先生、卒業してもさ、」
「うん?」
「会いに来てもいい?てか後でLINE教えてよ」
先生は一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。
「当たり前だろ。困ったらすぐ来いよ。お前の居場所は、ここにある俺はずっとここにいてる」
その言葉に、また涙が出そうになった。
「もう泣くなって。そろそろ目取れるだろ」
「先生のバカっ」
沈む夕日が、図書室の窓から差し込んで、2人の影を長く伸ばしていた。
何も言わずにいられる時間が、こんなに落ち着くんて知らなかった。
清川先生side
「起きろもう6時だぞ」
「ん〜せんせっい?」
「…くそお前っ」
寝ぼけてるなこいつ
なんでこんなに可愛いんだよおかしいだろ!!!
ムカつくわ〜
「LINE交換してやんねーぞ」
「なんでぇ?いやだっ」
そう言って葵は俺の裾を引っ張った
まだ寝ぼけた声で、目をこすりながらこっちを見上げてくる。
目元は赤くて、でもさっきまで泣いてたやつの顔じゃない。
安心した顔。……それがまた、こっちは変な気持ちにさせられる
「どこにも行かないでっ」
今にも泣きそうな声でそんなこと言われて、ほっとけるわけなかった
「あと10分寝とけよまた起こすから」
「…」
て、もう寝てるし
こいつ、泣いたり笑ったり寝たり、忙しすぎんだろ。
葵がシャツの裾を握ったまま寝息を立ててる。
呼吸が落ち着いて、さっきまでの涙の気配はもうどこにもない。
「葵っ…」
誰もいない図書室の、夕方の薄暗がり。
ほんのり灯ってる非常灯の下、葵の顔は子どもみたいに無防備だった。
俺が、こんな気持ちになるのはおかしい。
わかってる。教師としても、大人としても。
生徒を好きになってはいけない、って言い聞かせても溢れ出てくるものは愛おしいさばかりで。
1年の頃から知ってたけど、ちゃんと葵のことを知ったのはこのたった3日…
なのに、こんなにも心が引き寄せられていく。
やっぱり俺はおかしい。
でも……
葵の手を、今、離すことなんてできるわけがなかった。
もし離したら、全部消えてしまいそうで。
起きたらまた意地悪してやろうかな。
まだLINEは交換させない。
多分それが俺にとって今の、“先生“としての距離の取り方だと思うから
だから今はそっとこの気持ちを胸の奥に閉まって鍵をかけた。
今月いっぱいはまだこーすけは家に居てくれるらしい。お母さんを説得するって言ってたけどそんなことできるのかな。ヒステリックになりそう怖いな、、
「葵俺帰るけどどうすんの?一緒にかえる?」
「んーナチ達と帰るかも」
「ん?さっきナチ大毅に連れ去られてたけど、もう帰ったんじゃね?」
「ガ、ガチ?ちょっと電話するわ」
ナチに電話をかける
何故かモヤモヤする
大毅は普段高橋とよくいるからナチと一緒にいるところをあまり見ない
あと今日はいいこと起きないからな
「もしもし!ナチ大丈夫?大毅になんかされてる?殺しにいくぞ」
「んな、物騒なこと言うなて、あはは久しぶりに大毅遊びに行こって言われて舞い上がってた、ごめんクレープ誘ったのに行けないわ」
「ふーん何イチャイチャしてんの」
「メンヘラあおちんきたか」
「ごめんよ今日だけは許してっ!!」
「明日なんか奢れよ」
「任せてなんでも買ってあげる」
「楽しんで、じゃあね」
良かった悪いことに巻き込まれてなくて。
ナチの声めっちゃ嬉しそうだったなぁ
正直ナチが帰ったおかげで、誰にも言い訳せずにあの場所に行ける
「帰る?」
「いや、図書室いくわ」
「と、図書室?!葵が?」
「みんなその反応するんだがおもろ」
「そういうことだから、お母さんに夜ご飯いるって言っといて」
「ちょまじでいくん?」
「え、そうだけど」
「何しに?」
「マリカーだけど」
「はっ?どういうこと!?」
「まぁもう帰れって」
「何男?誰?俺の知ってる人?怖い怖い!!」
そういえばこいつシスコンだったわ
こうなったらめんどくさいなこーすけは
「ヨーキーだよ」
「なんで先生とマリカすんの?おかしくね?」
なんでって言われても、わかんねーよ
「こーちゃんうざいよ〜」
「やめろよその呼び方」
「まさか葵、先生のことすきなん?」
「んなわけ」
んなわけあるかぁ! どいつもこいつもなんなんだよ
「葵変わったな」
「何が?」
「いや?自分で気づく日がいつかくるよ」
そう言ってこーすけは帰っていった
なんなんだよ、今の意味深なやつ
とりあえず図書室に行こう
マリカしたいし
夕方の校舎は、もうほとんどの教室が静まり返っていた。
みんな帰ったあとの放課後って、なんか空気がやわらかい。
図書室の扉をそっと開ける。
「……あれ?いない?」
がらんとした空間に、本の匂いと静けさだけが漂っていた。
「……あ、いた」
奥のカウンターに、片手でペン回ししながら、やる気ゼロな顔で作業して座ってる清川先生がいた。
気づいてないふりしてんのか、それともほんとにぼーっとしてんのか、わかんない。
「よっ!」
「え、幻覚?!なに!本物?嘘だろなんでいんだよ!!!」
「先生が来いって言ったんだろ」
「来いって言って来るタイプじゃねーだろお前怖えよなんなんだよ」
「暇そうだから来てあげたんだよ」
「怖え〜まぁ座れよ」
先生は隣の椅子を叩いて誘導してきた
なんかムカつくわ
「よいしょっ」
「ババアか」
「疲れた〜」
「ん?なんか目腫れてね?大丈夫か?」
「あ、、うん」
「あ、朝廊下でお前、必死な顔してたの見た」
クソ見られてたか
最悪なんか弱み握られそう
「気のせいって思いたかったけど、やっぱお前だったな」
そう言って、先生はちょっとだけ目を細めた。
責めるでもなく、ただ見つめる感じ。
「マリカーで発散すっか」
先生が今日の図書委員の当番の子を帰らせた。
学校でゲームしてるの見られたらまずいしな
唐突にゲームを始めた先生に、なんか救われた気がした。
ああ、これ以上は聞かないでくれるんだなって。
レースが始まっても、なんだか集中できなかった。
こーすけのこと、ナチのこと、そして……今、隣にいるこの先生のこと。
「聞かないんだね…あたしのこと」
「聞かれたくねーだろ?」
「別に、」
「沢尻エリカか」
「しょうもな」
だけど口角は上がってしまう
自分が悔しい。
ほんとこの人、なんなんだろ。
何も聞かないくせに、ちゃんと察してくる感じ。ずるい。
「……マジで、今日一日疲れたわ」
「そりゃ目も腫れるわな」
「うっさい」
「お前ってさ、意外と繊細だよな」
「は?なにそれ」
「いや、普段ガサツなのに、ほっといたら心配になるタイプ」
「あたしのことどんな目で見てんだよ」
「うんこみたいな目」
「はあ!?ぶっ飛ばすぞ!?」
「いいねーその元気戻ってきたな」
笑ってる先生を睨みながら、ちょっとだけ胸が軽くなってる自分に気づいた。
こうやってしょうもないことを話すのが楽しい。
「一緒に走ってたのって彼氏?」
先生が低い声で聞いてきた
なぜか胸がきゅーってする
「弟だけど、なんで?」
「お前弟いんだ」
「血繋がってないけどな、てかおなじ3年なんだから覚えておけよ」
「正直3年なんてサッカー部とお前とその友達くらいしか覚えてねぇよ。何人いると思ってんだよ」
「それなんか嬉しい」
だめだ、なんか涙がでてくる
誰かにあたしのことを知ってくれて、記憶に残ってくれてることが嬉しかった。
誰かに認められたかったんだ
「おおっちょい何泣いてんだよ、マリカで泣くやつ初めてみたって」
先生はSwitchを置いて慌ててる
ごめんねゲームしてる最中なのに
「先生のバカっ」
「ほらハンカチ使え」
「ううっ洗濯してるっ?」
「お前ぶっ飛ばすぞしてるに決まってんだろ」
「はははっありがとう」
先生は大きな手であたしの頭を撫でた。
それが今は、すごく落ち着く
いつもの私だったらきもっ!とか言って逃げるのに素直に受け入れてしまった
「今は全部吐き出せ俺が全部聞いてやっから」
「せんせっ」
「なんか食うか一旦」
そう言ってポケットからチョコレートのお菓子をくれた。いつも優しくないのにっ
「うううっありがとう」
先生に家庭のこと全部話した
どんどん溢れ出てくる私の辛い話、ナチとかにはいつも聞いてもらってるけど、深くまでは話したこと無かった。
それなのに、先生には話せてしまう。
こんなに気を許せてしまう人はじめてだった。
ふと先生の顔をみると先生の目がうるうるしてた
いつもふざけてるし、全然頼りないし、先生のくせに子どもみたいなことばっかりしてる人が
なんでそんな顔するの。
「先生、泣いてるの?」
「お前が思ってるより、俺は涙もろいんだよ、こんな話されて泣かない奴いんのかよ」
先生は照れるように目を擦った
「お前って強いな」
「……強く、ないよ」
「坂木はえらいよ」
その一言に、また涙が出そうになった。
「ずるい」
「え、なにが?」
「そういうこと、サラッと言うから」
「まぁ教師なんで」
「うざ」
もっと前に出会いたかった。こうやってなんでも話せる先生に出会ってたら、私は何か変われてたのかな
先生は、テーブルの上にあった空のチョコ袋をくしゃっと丸めながら、静かに言った。
「……正直、俺が生徒にこんな感情抱くの、おかしいって思う」
その一言に、心臓がドクンと鳴った。
「は?なに?きもっ」
「いや、違う、あー!!違う違う!誤解!変な意味じゃない!あの、そうじゃなくて!」
先生が急に焦り出す。
その慌てた顔に、こっちの胸まで熱くなってきた。
「“こんな感情”ってどんな感情よ」
「いや、それは……」
「……それは?」
「なんか、お前のこと、放っとけないっていうか……」
沈黙が落ちる。
夕方の図書室、誰もいない静けさの中、先生の声だけがやけに響いた。
「実は俺、坂木のこと1年の時から知ってたんだよ。職員の中では口の聞かない生徒で有名だった。」
「えっそうなの?」
「坂木が暴れたりしてみんなが手こずってたのを俺は見守ることしか出来なかった。3年の担任してて忙しかったのもある。」
「だけど今年坂木が3年になって国語を受け持つことになってこれがチャンスだと思った。
1年の時よりか印象も変わっててちゃんと学校これてて、俺いらねぇかと思ったけど、その目が何かを抱えてるように見えた」
「どうにかして近ずいて解決したいと思った矢先に坂木が図書委員に入ったって報告きていい機会だと思った」
「俺が積極的に行ったおかげで仲良くなれたけど」
「そう、だったんだ、、、」
そんな先生に観察されてたなんて思いもよらなかった。
他の先生達は私を放置してたのに、ちゃんと見ててくれた人がいたんだ。
胸の奥が、じんわりあたたかくなる。
「そういえば正式に先生と出会ってまだ3日しか経ってないね」
「仲良くなりすぎだろ俺ら」
「なんで、そんなに先生は優しいの?」
「……お前が、俺にとって、特別になってきてるからかもな」
心臓が跳ねる。
“特別”って言葉が、鼓膜から離れない。
「……ずるい」
私はそうつぶやいて、先生の肩にもたれた。
「お前それ、ずるいのそっちだろ」
先生はゆっくりと深呼吸していた。
緊張してるのか、体が硬い。
「もうちょっとだけ、このままでいさせて」
「…ん」
「なあ先生、卒業してもさ、」
「うん?」
「会いに来てもいい?てか後でLINE教えてよ」
先生は一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。
「当たり前だろ。困ったらすぐ来いよ。お前の居場所は、ここにある俺はずっとここにいてる」
その言葉に、また涙が出そうになった。
「もう泣くなって。そろそろ目取れるだろ」
「先生のバカっ」
沈む夕日が、図書室の窓から差し込んで、2人の影を長く伸ばしていた。
何も言わずにいられる時間が、こんなに落ち着くんて知らなかった。
清川先生side
「起きろもう6時だぞ」
「ん〜せんせっい?」
「…くそお前っ」
寝ぼけてるなこいつ
なんでこんなに可愛いんだよおかしいだろ!!!
ムカつくわ〜
「LINE交換してやんねーぞ」
「なんでぇ?いやだっ」
そう言って葵は俺の裾を引っ張った
まだ寝ぼけた声で、目をこすりながらこっちを見上げてくる。
目元は赤くて、でもさっきまで泣いてたやつの顔じゃない。
安心した顔。……それがまた、こっちは変な気持ちにさせられる
「どこにも行かないでっ」
今にも泣きそうな声でそんなこと言われて、ほっとけるわけなかった
「あと10分寝とけよまた起こすから」
「…」
て、もう寝てるし
こいつ、泣いたり笑ったり寝たり、忙しすぎんだろ。
葵がシャツの裾を握ったまま寝息を立ててる。
呼吸が落ち着いて、さっきまでの涙の気配はもうどこにもない。
「葵っ…」
誰もいない図書室の、夕方の薄暗がり。
ほんのり灯ってる非常灯の下、葵の顔は子どもみたいに無防備だった。
俺が、こんな気持ちになるのはおかしい。
わかってる。教師としても、大人としても。
生徒を好きになってはいけない、って言い聞かせても溢れ出てくるものは愛おしいさばかりで。
1年の頃から知ってたけど、ちゃんと葵のことを知ったのはこのたった3日…
なのに、こんなにも心が引き寄せられていく。
やっぱり俺はおかしい。
でも……
葵の手を、今、離すことなんてできるわけがなかった。
もし離したら、全部消えてしまいそうで。
起きたらまた意地悪してやろうかな。
まだLINEは交換させない。
多分それが俺にとって今の、“先生“としての距離の取り方だと思うから
だから今はそっとこの気持ちを胸の奥に閉まって鍵をかけた。



