放課後、先生との秘密


それは突然のことだった。
さっきまで楽しく話してたのに、ナイフで突き刺されたような感覚に陥る。



レト
「あのさ…別れよっか俺達」


思わず食べようとしていたリンゴ飴が手からすり抜けて地面に落ちた。


もったいな…
てか、今なんて言った?



「今…なんて?」


笑顔で言うもんだから、なんかの聞き間違いだと思って聞き返した。
レトくんに限ってそんなこと言うはずないでしょ





レト
「別れよう」


「は……?」




まさか「別れよう」なんてレトくんの口から出るなんて思ってもいなかった。

なんか…なんでこんな胸が苦しんだろう。
ずっと望んでたはずなのに。
別れられて嬉しいはずなのに。

今は…嫌だと…思ってしまう。
今日楽しかったのに…別れるなんて……


気づいたら泣いていた。



「……いや…っそんなんっっいややっ!」


必死になって浴衣の袖で涙を何度も拭く。
顔が痛い…でも勝手に溢れ出して止まらないの。


こんな自分知らない。なんかおかしい…

レトくんに腕を掴まれた。


レト
「そんな乱暴にしたら可愛い顔が傷つくで?」


なんでそんな笑顔なの?
おかしいじゃん。
別れ話って普通もっと悲しい顔するんじゃないの?




「なんで急に…そんなことっ」

レト
「急じゃないよ」


「……っ」

レト
「清川のこと、まだ好きなんやろ?」
「俺のこと好きじゃないこともわかってんで?」


否定したかったのに、言葉が出てこない。
図星すぎて、息の仕方すらわからなくなる。

ずっと…隠せれてなかった?
ずっと傷つけてたってこと?

あたしまじで最低だ……


レト
「葵は気づいてないと思うけど、葵の意識ない時に俺も付き合ったんやで」
「無理矢理やのに…こんなにずっと…」
「しかも清川から奪って」
「俺はそれで“彼氏”の場所に居座ってただけ」


言葉の途中で、レトくんは一度息を詰まらせた。
笑ってたはずの顔が、初めて歪む。








そうだ。
ほぼ無理矢理…いや、あたしが適当に返事したからこうなって……


ちゃんと否定しないと。
こんなんじゃレトくんの彼女じゃない
あたしはちゃんと…彼女でっ
レトくんが喜ぶ言葉を…言わないと…




「無理矢理じゃ……ないっ」
「すきだからっ…!!!」



胸が握りつぶされたように苦しい。
またこんなこと言っても傷つけるのに、嘘が機械のように言葉が勝手に出てくる。





「あたしがっ……」


なんでこんなにも縋りついてるんだろ…
自分の意思なんて押し殺してレトくんに合わせてきたせいで、何が正解か分からない。




レト
「もう自分に嘘つかんでええよ」
「好きって言うてくれるのも、全部俺のためって思ってくれてるんやろ?」
「こうさせたのも、葵の自由も、何もかも奪ってごめん全部俺が悪かった」




「…」


胸がぎゅっと締めつけられる。
そんな顔今まで見たことない。


レト
「葵の気持ちが偽りでも、俺は一緒におった時間が嘘やったとは思ってへん」
「全部本気やったし、めっちゃ幸せやった」
「でももうこれ以上葵の心傷つけたくないんよ」
「だから…もうここで終わりにしよ」



別れられて嬉しいはずなのに。
やっと解放されるはずなのに。

それでも頭に浮かんだのは、
別れたあとに待っている現実だった。

先生には彼女がいる。
戻れる場所なんてもう無い。


結局あたしはまた独りになるだけだ。


それなら――
レトくんと一緒にいた方が、まだマシなんじゃないの?




孤独より、嘘の安心の方が
まだ耐えられるんじゃないの?



そんな最低な考えが、
一瞬で心を埋め尽くす。



だけど、そんなものよりも先生を選んだ方が私はまだ幸せになれる。
今なら引き返せれる。
それをレトくんが与えてくれたんだ。
あたしのこと大好きなのに、あたしの為に別れる道を選んだんだ。
これは無駄にしてはいけない。



「……わかった」



1人になるのが寂しい。
こんなにも愛されて。
それが突然無くなってしまうのが怖い。


だけど、例え先生に彼女がいたとしてもまた惚れさせればいい。
1度好きになってくれたんだから。
何年かけてでも好きにさせてやる。



レト
「んふふやっと決断できたって顔やな」


そう言いながら、レトくんはいつもの癖みたいに私の頭に手を伸ばしかけて途中で、止めた。



触れない。



その距離感で今から本当に別れるんだと自覚させられる。



レト
「葵は素の笑顔が1番可愛いねんから、清川に…幸せにしてもらってや」
「俺がその笑顔奪ってもてごめん」



「でも…楽しかったよ?」


嫌なこともあったけど最終的に思えば、いい経験できたし思い出もできた。

これは嘘じゃない

レト
「……っ最低なことしてほんまごめんっ!!」
「1ヶ月も隣にいてくれてありがとうっ」
「ほんまに好きやった…俺なんかと…付き合ってくれてありがとう!!」



最後の言葉は、途中から声が掠れていた。

レトくんは手で顔を覆ってしまうほど泣いてしまった。

抱きしめてあげなきゃ

そう思ったけど、そうしたらもう二度と戻れなくなりそうでやめた。



レト
「こんなん、最後まで情けな……」


指の隙間から、ぽたぽたと涙が落ちて、浴衣の袖を濡らしていく。




「…水……いる?買って来ようか?」


泣きすぎて体の水分無くなってそう。
あたしより泣いてるもん。



レト
「そんなんより…今なら……まだ…っ間に合うから…早く行って」



「……どこに?」

レト
「清川のとこっ」
「花火…あとちょっとで上がるから」
「図書室……おるんちゃう?」


図書室。

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が締め付けられた。



女がいるのことを知って先生を拒絶してから
もう行ってないんだっけ…





レト
「この前、花火そこから見るって言うてたから」
「綺麗な景色は大好きな人と見て欲しい」



「でも先生…彼女いるんだよ…二人でっ見てるかも知んない…」



なんでか全部嫌な方向に考えてしまう。
先生だったら連れ込んで…好きな人だったら有り得そうなんだよ…


そんな嫌な場面を見てしまうなら、レトくんとって思う自分も嫌だ。


レト
「おるわけないやろ葵しか眼中にないねんから」


「……なんで、そんなこと言い切れんの?」

レトくんは、まだ泣いたままなのに。
それでも、無理やり笑った。

レト
「男やから分かるんよ」
「清川が、葵を見る目」



ぎゅっと拳を握りしめて、少しだけ視線を逸らす。



レト
「好きな人見る時の目してる」
「誤魔化そうとしても、隠せてない」
「つい最近も授業中ずーっと葵ばっか見てさ」
「ほんまムカついたわ」



レトくんはそう言って無理やり笑った。


そんなの…知らなかった。
…もうあたしのことなんて嫌いになったのかと




レト
「もし彼女おったとしても」
「それでも葵を選ぶ人やと思う」
「こんないい子どこ探してもおらんよ」


どうしようもないくらい…いい人だ。
始まりは最低だったけど、あたしのこと本気で愛してくれてたんだ。



「レトくんっ」

レト
「それでずっとモヤモヤしてるんやったら、行ってちゃんと気持ちぶつけてき」



すると花火の打ち上げを知らせるアナウンスが流れた。


レト
「ほら」
「もう時間ないで」


レトくんはあたしを立ち上がらせた。
汚れた浴衣を綺麗にしてくれて。




レトくんがくれたこの機会を絶対無駄にしない。



「……ありがとう」
「行ってくるね」
「また…ね?」


明日になればもうただの隣の席にいる友達なのに。
またなんてもうないのに。
名残惜しいって思うのはなんでだろう。
少しはレトくんに惹かれていたのかな…


まぁそんなわけないか。
1ヶ月毎日一緒にいたらそう錯覚してしまってるだけだ。


けど結果的にはレトくんのお陰でこの1ヶ月いい経験ができたんだ。
そこは感謝しないと。


レトくん今までありがとう。
好きになってくれてありがとう。
今度は、今度こそは幸せになってね…




レト
「おう!」
「…幸せになれよ……葵!!!」



その笑顔が、
今までで一番、苦しそうだった。



「レトくんもっ!!!今までありがとう!!」



そう言ってあたしは走り出した。


走るたびに、下駄の音が夜に響く。
浴衣の裾が脚に絡まって、転けそうになる
でも、止まれない。




走り出した時振り返りそうになったけどやめた
きっと今頃泣いてるんだろうなと思って気が引けてしまった。

もうあたしはレトくんに同情しちゃいけない。
もう恋人じゃないんだから。
もう…心に嘘はつかない。


そう言い聞かせて、胸の奥をぎゅっと押さえつけた。


早く先生に会いたい。
その一心で息が切れても、重くなった足を一心不乱に動かした。



大好きな人にちゃんと気持ちを伝えるために。

たとえ、先生の隣に誰かがいたとしても。
たとえ、もう遅かったとしても。

それでも、好きだって




「痛ったっ…」


慣れない靴のせいで靴擦れしてしまった。

めっちゃくちゃ痛いしちゃんと血も出てる……

けどもうそれどころじゃない。
もう学校が見えてきたんだよ。
ここで頑張らないと後悔する。
痛みなんて今まで沢山乗り越えてきた。


行けっ!!!!走れあたしっ!!!


花火の音が、遠くで一発鳴った。



くそっ間に合わなかった……




「でも、行かないと」


それでも、あたしは走りつづけた。



二発目の花火が空に広がる
光が、校舎の影を一瞬だけ照らした。



図書室のある方角が見えた瞬間、
心臓が痛いくらいに脈を打つ。



ここまで来たんだ。
レトくんが背中を押してくれた、この場所まで。

絶対逃げない。

あたしは、唇を噛みしめて、
最後の力で走った。




階段を駆け上がって、息を整える暇もなく扉の前に立つ。
明かりは付いてるからここに先生がいるんだ…

早くしないともう花火も終わっちゃうのに中々踏み出せない。

あぁ…怖い
女の人といたら?
もうあたしのこと嫌いだったら?


だけど、やらないとここで向き合わないと


あたしは力を込めて思いつきり図書室の扉を開けた。