あれから文化祭が終わるまでずっと皆で居た。
何周したんだろう。
自然に笑って、写真撮って、食べて。
鬼ごっこして、ほかの先生に怒られたり。
たぶん、一生忘れられないくらいの「いい日」だった。
そして日が落ち、校内放送が後夜祭の開始を告げる。
更衣室に戻ってメイド服から制服に着替え、運動場に向かった。
後夜祭は毎年、運動場にでっかいキャンプファイヤーを置いて写真を取ったり、ビンゴ大会をしたりと盛り上がってる。
ま、1度も後夜祭まで残ったことなんてないけど。
実は今回この後夜祭でフジがナナに告白する予定。
それを見届けるまで帰れない、という謎の使命感で全員集合してる。
けどヒラは「見たいけど、どうしてもPEAKしたい!ごめん帰る」と言って帰ってしまった。禁断症状出てる薬物かなんかだろそれもう。
まぁあたしも
これが終わったら、レトくんと会う約束をしてるんだけどね。
運動場の中央には大きなキャンプファイヤー。
パチパチと木が弾ける音に、夏の終わりみたいな匂いが混じっていた。
こーすけ、ナチ、アリサと合流してフジとナナの様子が見える場所に集まる。
ナナはフジと楽しそうに笑っていた。
今のナナは誰よりも幸せそうに見える。
その横で、ナチとこーすけが感極まって泣いていた。
ナチ
「やっと推しと付き合えるんだね……ひっ……!」
こーすけ
「まじで……よかったなぁ……!」
アリサ
「ふたりとも落ち着け。告白の前に泣くな」
カオスだ。
だけど……なんか、この空気が好き。
どんどん空が暗なって星空が見え出していく。そんな夜空に黄昏ていた。
この景色を見れるのは今年で最後。
だから最後は先生と見たかったな……なんて思ったりもする。
今先生は何してるんだろ…。
ナチが「ついにきた!」と言った。
フジの方を見ると、フジがナナの手を握っていた。
あたしは息をのんだ。
――こんな幸せそうな瞬間を、
大事な友達の恋の瞬間を、
こうして見届けられるんだね。
ナナ
「フ、フジくん!?なに?ちょっと…え?」
突然手を握られたのだろうか戸惑いが隠せてない。
フジ
「あ、あのさナナちゃん…俺はずっと…ナ、ナナちゃんに推しだとかでずっとかっこいいって言ってくれてたのめっちゃ嬉しくて……」
ナナ
「……うん」
ナナの顔がどんどん赤くなっていく。
フジ
「気づいたらナナちゃんを目で追う日々も増えてた…そう、だから……その…この先も俺の隣でナナちゃんのこと笑顔にさせたいし幸せにしたい」
ナナ
「え嘘っ……!!」
フジ
「ナナちゃんが好きです付き合ってください!」
その場の空気が、世界ごと静止したみたいに止まった。
火の音だけがやけに大きく響く。
ナナが口元を押さえ涙を零した。
ナナ
「そんなの、こちらこそだよ……!」
その返答にフジは「ナナちゃん大好きだよ」とナナを引き寄せて抱きしめた。
本当に今までに見た事ないくらい、お互い幸せな顔をしてる。
こっちまで嬉しくて泣きそうだよ。
灯されたキャンプファイヤーの炎が
フジとナナを照らして、
まるで映画のワンシーンみたいに見えた。
その幸せそうな二人を見ていたら誰も邪魔なんかできなくて、とりあえずグループLINEに「おめでとう」「幸せになるんだぞ!」「やっとだね!おめでと!」と一斉に送った。
もうみんな泣きすぎて疲れ果ててる。
ナチ
「もうこれ以上はお腹いっぱい」
アリサ
「夏からのこと考えたらまじでドラマみてる気分だわ」
こーすけ
「そんなこと言った……俺もう…ひっ」
こーすけが訳分からんくらい泣き出した。
泣き上戸すぎる。
そんなこーすけを見たらうちらも釣られて泣いてしまう。
葵
「やめてよこーすけっ」
ナチ
「もう…こーすけてかあんたらも泣きすぎ!!!!」
葵
「そんなんナチもじゃんっ」
こーすけ
「だってぇぇ…、フジが……幸せになってぇぇ……よかった」
アリサ
「お前ほんとっ……良い奴だなぁ…………」
――泣きながら笑って、また泣いて。
今日一日でどんだけ涙流すんだよってくらい感情振り回されてる。
でも、全部“嬉しい涙”だからいい。
こーすけ
「そろそろ帰ろうぜ?今日はもう満足だわ」
ナチ
「うん、帰って風呂入って寝よ。もう感動で体力残ってない」
そう言われて、あたしは一瞬だけみんなの顔を見た。
すごく帰りたいけど……
でも、このあとレトくんと会う約束をしている。気まずい
葵
「あたしちょっと予定あるから……ごめん、先帰ってて」
アリサ
「へぇ?このタイミングで予定?誰とよ〜?」
葵
「あ、えっと……ちょっと……ね?」
ナチ
「ふーん言えないんだ」
葵
「ご、ごめん」
ナチにすっごい軽蔑する顔された。
あんたが言わなくてもあたしは分かってるよみたいな顔。
はぁそんなのあたしが1番わかってんだって。
こーすけ
「まあまあ、遅くなんなよ〜なんかあったら迎えに行くし」
葵
「ありがと」
絶対レトくんだとは言えない。
皆は先生が好きだと思ってんのに、レトくんと付き合ってるなんて言ったらどうなるかわかんない。
それでも、あたしはみんなに手を振って、
キャンプファイヤーの光からそっと離れた。
通知が来て開くとレトくんからだった。
レト
「ごめん屋上来てくれへん?ここの方が星も見えて綺麗やで」
「すぐ行く」と返信して急ぎ足で向かった。
別れ話っていつ持ち出すのが正解なんだ。
別にレトくんのことは最初の頃に比べれば嫌いじゃなくなった。
優しくて、いつもあたしのことを第一に考えてくれて…
いやいやいやあたしが好きみたいじゃん。
それはおかしい
でも、無理やりこんな感じで付き合ってまで、あたしのこと好いてくれる気持ちをどうしても無下にできない。
屋上に着くとレトくんが星空を見ながら黄昏ていた。
屋上といえば、嫌な思い出が…
そんなものを振り払ってレトくんに声をかけた。
葵
「お待たせ!」
レトくんに近ずいても、振り返りもせず、ずっと星を眺めてる。
なんかもの凄く嫌な予感…
レト
「今日、楽しそうにしとったな」
葵
「……え?」
第一声がそれなの怖すぎる。
一体いつの何を見たんだよ
レト
「よかったやん清川先生と周れて
ヒラとも楽しそうに喋って」
はぁ……見てたんだ…
背中越しでも怒ってるのがわかる。
肩がわずかに震えてて、握りしめた手が白くなるほど力が入ってる。
葵
「そんなつもりじゃ――」
レト
「は?そんなつもりじゃない?ようそんなん言えんな」
レト
「清川先生と周ってる最中、俺に一切気づかんし、頭撫でられて嬉しそうにしてさ」
不覚にも耐えたと思ってしまった。
そんなことか。
中庭のことは知られてない。
それだけでも救いだった。
葵
「そんなことないもん」
レト
「じゃあなんであんな顔できるん!?付き合った時ヒラと清川先生とはもう関わらんといてって言うたやんな?」
「俺あれ見て、正直頭おかしくなるかと思った」
葵
「……ごめん」
レト
「俺にはあんな顔して笑わんやん…」
そう言ってレトくんが振り返ると、涙が頬をつたっていた。
そんな顔を見て胸が締め付けられた。
そうだ。そうだった。
あたしはレトくんと付き合ってるんだ。
そんな人が先生との場面を見てしまったらそりゃ悲しくなるよね。
レト
「俺が葵に触れても、あんなニコニコ嬉しそうな顔しやんのにっ…!!」
どんどん涙が溢れ出すレトくんを、気づいたら抱き締めていた。
人がされて嫌なことはしちゃいけないって、わかってたのに。
全部自分のことしか考えていなかった。
葵
「ごめん……ごめんねレトくん」
もうしんどいよ…
そんな顔させるべきじゃないのに…
レト
「俺どうしようもないくらい葵のこと…好きやねんっっ……だから……っだから…俺から離れんといてやっお願い嫌わんといて」
声が裏返って、涙でぐしゃぐしゃで、あたしに縋り付くように抱きついて、
必死すぎて見ていられない。
そんな泣きながら言われたら別れ話なんて持ち出せるわけもなくて。
葵
「離れないよ……」
結局こんなことしか言えない。
嘘に嘘を重ねるしかできない。
最初からその決断をしたのは私だから。
最後まで続けるしかないんだ。
レト
「その言い方…無理させてるよな…」
葵
「そんなわけないって」
自分でもわかるくらい声が震えた。
嘘をつく度、首を絞められる感覚に陥る。
レト
「信じてもいい?」
顔を上げたレトくんの目は泣きすぎて真っ赤だった。
さっきまでの怒りも嫉妬も全部溶けて、
ただあたしだけを求めている子どもみたいで、
申し訳なさと後悔と少しの愛おしさがどんどん深くなっていく
この人は、本気であたしを好きなんだ。
その気持ちが痛いほど伝わってきて、
逃げることさえ許されないみたいだ。
葵
「うん……大丈夫だよ。
傷つけるような行動してごめん」
本当はどこにも向き合えてない。
だけど、今はその言葉しか返せない。
レト
「……ありがとう。ほんま、ありがとう…葵」
レト
「大好き」
レトくんがそう言ってあたしにキスをした。
涙のせいで塩っぱくて、余計に胸が苦しくなった。
ふわっとするような、いつも感じる幸せとはまったく違う。
しばらくして、レトくんは涙を拭いながら
ぎこちなく笑った。
レト
「なあ……今日、星めっちゃ綺麗やで。
せっかく来てもらったし……一緒に、見よ?」
葵
「…うん」
レトくんの差し出した手をそっと握った。
けど先生と繋いだ方の手は差し出さなかった。
この思い出を他の人で汚したくなかった。
綺麗な思い出のままにしていたい。
指を絡められた瞬間、
胸の奥で“ごめん”が何度も響く。
二人で手を繋いだまま夜空を見上げた。
星は綺麗なのに、あたしの中では何ひとつ輝いて見えなかった。
今にでも逃げ出したくなる。
先生に会いたい。
先生の元に帰りたい。
心はいつだって先生に向いてるんだ。
なんで彼女なんか作ってんだよ…
あたしのこと好きって言ったくせに
今日だって…手………繋いで来たくせに
下では生徒がまだキャンプファイヤーを囲って騒いでる。
フジとナナもまだいるんだろうな。
もしレトくんと付き合ってなかったら今頃先生と…
なんてもう考えるのやめよ……
あたしは、また自分で別れる機会をなくしたんだ。



