修学旅行から帰ってきたその夜。
スーツケースを玄関に放り出したまま、私はソファに沈み込んだ。


「葵〜ちゃんと部屋まで運べよ〜」

「んー」


こーすけが玄関で文句を言ってきた。
そんな気になれるわけなくて。

野放しにしているとこーすけが部屋まで運んでくれた。



何時間かして
リビングで久しぶりにパパとこーすけと並んでホラーゲームをしていた。


「こーすけそっちは危ないよ」
「うわぁぁ心臓止まるかと思った!」



隣でパパとこーすけが騒いでいるのを横目に、私はただコントローラーを握ったまま、画面をぼんやりと見つめていた。

キャラクターが悲鳴を上げても、心はあまり動かない。
子どものころあんなに怖かったゲームなのに何も感じない。

「葵、反応うっす怖くないん?」
「……え?なに?」



苦笑いしてごまかすと、パパが「どしたの〜?」と優しく笑った。
その声を聞いて、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。


パパ 「こーすけ明日からゲルテナ展あるらしい行きてぇ」

こーすけ 「え、じゃあ今度いく?」

パパ 「着いてきてくれんの?!」

こーすけ 「俺も行きたい!」

パパ 「じゃあ来週行こっか」



2人の話を聞きながらテレビを眺めていた

その時、机の上のスマホが震えた。
画面には“レトくん”の名前。



『明日さ学校休みやんか」
「俺の好きなゲームの展示会あるんやけどさ着いてきてくれへん?』



数秒だけ考えて、私は短く返した。



『いいよ』

「じゃあ11時に駅前集合で!」



すぐに返事が来て嫌気が差した。
興味ない人と遊ぶのが1番苦痛。



楽しみにしていたこの時間が今はすっごい地獄
やっとパパに会えたのに。

これからどうしていけばいいんだろう。


どうして適当に返事をしてしまったんだろう。
何回か別れられるタイミングもあったのにどうして。
けど今さら自分を責めても遅い。


でももう大好きな人には彼女がいて、付き合うって約束したのに裏切られて。
このまま付き合ってればいつかはレトくんを好きになって幸せになれるかもしれない。



こーすけ「葵またなんかあった?ずっとしんどそうだけど」

葵 「疲れてるだけ」

パパ 「足も怪我してそりゃ疲れてるよなもう寝よっか」


パパはゲームを片付け寝る準備に入った。
2人ともさっきまで楽しそうに遊んでたのに
あたしのせいでごめん。
あぁほんとに何も上手いこといかない。


こんなに明日の振り替え休日を恨んだことは無い。
それがなかったとしても、学校に行きたくない。

ベットの中に入ってもモヤモヤが取れない。

先生の顔が頭をよぎる。
教室で笑ってた顔。
叱る時の真剣な目。
頬に触れた時の、あの手の温度。


こんなにも会いたいと思うのは先生だけなのに。
先生は違うんだね。

ため息が出た。
自分でもどうしたいのかわからない。
前を向きたいのに、過去を置いていけない。

「……寝よ」

そう言って布団をかぶった。
だけど目を閉じても、
頭の中では先生の声が消えなかった。


"葵好きだよ"

その言葉が、
まるで呪いみたいに胸の奥で響いてた。


泣きそうだ。
けどもう涙なんてもう出ない。
帰りの飛行機でナチとヒラが寝たあと、2人が起きるまでひたすら泣いた。
案外バレない
もんで事なき終えた。
だけどヒラがずっと強く手を握ってくれていた


あぁヒラならこんな時どうしてくれるんだろう。
けどレトくんもあの様子じゃヒラに何かするかもしれないから、付き合ったなんて言えるわけない。


そんなことを考えてる自分も嫌だ
ヒラを都合よく扱ってる気がする。


けど誰か抱きしめて欲しい。
もう壊れてしまいそうだ。



朝8時
気づいたら朝になっていた


重たい体を動かしてメイクをして服を着替えた。

リビングに行くとパパとこーすけが朝ごはんを食べていた。


葵 「おはよ…」

パパ 「葵おはよー!ん?目腫れてるよ?氷いる?」


パパが心配そうにあたしの顔を覗き込んだ。
ごめんね心配させちゃって。


葵「大丈夫だよ?」

こーすけ 「おはよ!ご飯食べる?」


こーすけがお茶を飲みながらそう言った


葵 「んー今日はいらないわごめん」

こーすけ 「どっか行くん?今日可愛い!」

葵 「ちょっと遊びに行ってくる」

パパ 「気おつけてなぁ?今日何がいい?なんでも作ってあげる」

葵 「え!焼肉がいい!!」


思わず笑顔になった。
パパのそういうことろ好きだなぁ。


パパ 「わかった!帰る時連絡して?早く帰ってこいよ〜」

葵 「やったぁ!いってきまーす!」




こーすけに玄関で見送られ家を出た。


少し早く出てきてしまったから、近くのスタバで飲み物をレトくんの分も買っての待ち合わせに向かう。


あたしなんでレトくんの分まで買ったんだろ…
ナチらにすらそんなことしたことないのに……




「やば……マジで間に合わん!」


普通に時間配分ミスったぁぁ!!
目の前に駅があるのに全然遠いんだけど!!!



どれだけ走っても私の足が遅すぎて駅に着かない。
ちゃんとセットしてきた髪もぐちゃぐちゃ

最悪だ。


スタバの紙袋を片手に走りながら、時計を見るともう集合時間から2分を過ぎてる。



急いで信号を渡るとレトくんが駅前で手を振っていた。



「葵っ!!」

「ごめんお待たせ!!遅れちゃったごめん!!」


「ええよええよんふふ焦りすぎや」


レトくんが笑いながらあたしの乱れた髪を直してくれた。

その手つきが何故か嫌ではなかった。


「ありがとうこれ、お詫びに」


買っといて良かった今日ツイてるわ
レトくんにスタバをで買った飲み物を渡した。


「え、ちょっと待って」

レトくんは紙袋広げて驚いてる


「なに?」

「これ振り回しながら走ってきた?」


レトくんが不思議そうに笑いながら言った。



「いや?なんで?」

「蓋取れてもうぐちゃぐちゃやであはははは」


「え、うそっ!?マジで!?」

慌ててレトくんの手元を覗くと、カップの中身が半分くらいこぼれてて、袋の底がコーヒーまみれになってた。

「うわっっっ最悪……ごめんー!!」

「ほんまドジやなぁ葵」



レトくんが笑いながらあたしの頭をくしゃっと撫でてきた。


「そういうこと可愛いから好きやねんなぁ」


愛おしい目をしてあたしを見てきた。
何故かそれにドキッとしてしまう。

まぁそりゃ一応付き合ってるし……


けど今日はせっかくだし楽しまないと、レトくんにも悪い。



「じゃあ行こっか」



レトくんがあたしの手を握った
しっかり力強く。

なんか…嫌だな……あたしなんでこんなことしてんだろ…




「レトくん今日どこ行くんだっけ?」

「あ、それ!今日からさゲルテナ展はじまったんよ!!」


そうニコニコしながらレトくんは言った。
ゲルテナ展ってあの「lb」のホラーゲームとかのやつじゃん。
パパが昨日なんか行きたいとか言ってた気がする。

私…好きじゃないんだよなぁ


「そこに行きたくてさぁ!知ってる?」


満面の笑みのお手本のような笑顔で言うから、そんなこと口が裂けても言えない。


「知ってるよ!あたしも行きたいと思ってた」


そう言うしか無かった。
まぁパパが昔このゲームやってたから、何となくわかるから楽しめないことはないけど。



まぁあたしが悪い。
流されて付き合ったのも、誘いを断らなかったのも。

レトくんはただあたしを好きでいてくれてるだけなんだよ。
嬉しいと思わきゃいけないのに。



どんどん自分を見失ってる気がする。



人混みの中あたしの歩幅に合わせながら歩いてくれている。

着くまでずっと話の話題を出し続けてくれて、その話も面白くて、お世辞を言えないくらい楽しかった。

あたしも何か、レトくんに返さなきゃ

だけど先生の事はずっと脳裏にいたまま。
気を抜いたら今にでも泣きそう。
今日だけは忘れさせてよ………



「あ!着いた!!」

レトくんが興奮気味にそう言った。

あたしは立ち止まって建物を見上げた。

ゲルテナ展――――
思ったよりも人が多くて、前に進むのも一苦労



「うわ、すげぇ……」


レトくんが目を輝かせて周りを見回す。
その顔、ほんとに子どものように楽しそうで、見てるだけでなんだかこっちまで楽しくなる。



でもなんか…先生みたいだな………




レトくんはそんなあたしの手をぎゅっと握り直して、にこっと笑った。


「葵、ほら早く入ろう!」


「そうだね!」


猫を被ってるあたしも、レトくんを好きになれそうにないあたしも、全部嫌いだ。



建物に入ると、ゲームの中の一部を切り取ったかのような世界が広がっていた。


そこら中にある絵がまるで動いてるみたいに見えた。
でもどこか不気味だった。


「うわっ……やばっ!!こんな感じなんや!!」


床に映し出された絵を見ながら言った。

思わずそんなレトくんが可愛くて写真を撮った。





いや思わずじゃない。
付き合ってるならやるべきだと思ったから。



「んふふ楽しい?」

「うん!楽しいよ」

「よかったぁ」


そう言ってレトくんがあたしの頭を撫でた。

思わず手が頭に触れる前に避けそうになったけど耐えた。



「次行こっか!」


子どもみたいに目を輝かせて、次から次へと絵に近づいては、まじまじと見つめている。


「見て葵!ゲームで見たやつと一緒やで!!」

「……ほんとだね」

正直、あたしにはその良さは分からなかった。
でもレトくんの表情を見てたら、なんかそれだけで満たされる。

ような気がした。



「すげぇ……色の塗り方とか筆の跡とか、まじで生で見ると迫力ちげぇな……!」



あたしの手を握ったまま、レトくんは子どものように感動してる。
その温もりが伝わってくるたびに、あたしの胸はチクっと痛んだ。




なんで……こんなに嬉しそうにしてる人の横で、心から笑えないんだろう



そんなことを考えてるうちに、レトくんが振り返った。



「なぁ葵、これ見てたらさ……なんか、生きてるって感じせぇへん?」

「……生きてる?」

「うん。怖いのに、綺麗で…なんか惹かれるやん」

「確かに」



そんなこと考えたこともなくて、適当に答えてしまった。


だけどレトくんがにこっと笑って、また絵に夢中になった。
その背中を見つめながら、あたしは心の奥で静かに呟いた。

ごめんね…レトくん



展示室をひと通り回り終えると、レトくんはまだ少し興奮気味で、最後の作品の前でじっと見つめていた。


「ふぅ……全部見たなぁ。いやー、めっちゃ満足やわ!」

「うん……」



出口に向かって歩き出すと、レトくんはふと振り返り、手をぎゅっと握り直した。


「葵、今日は来てくれてありがとう楽しかったわ」

「うん、あたしも楽しかった……」


最後にレトくんの写真を撮った。
ちょっと…かっこいいと思ってしまう自分が嫌だった。



建物を出ると
レトくんが「昼ごはん、何食べたい?」と聞と聞いてきた。

…帰りたい。


「んー今日早く帰らないといけなくてさ」

「あ、そうなん?じゃあ家まで送るで?」


「う、うん……ありがとう」

あたしは少し顔を背けて答える。レトくんはそんなあたしを気にせず、にこにこしながら歩き出す。

街中を歩きながらも、レトくんは展示会の話をやめずに楽しそうに話している。
あたしはそれに相槌を打つだけで、心ここにあらず。




「今週の土曜文化祭やで」

「早すぎだよねほんと」

「一緒に…回らへん?」


え、なんで?
あたしと付き合ってることバレたくないって言ってたよね?

まぁあたしはナチ達と毎年回ってるから一緒には居られないけど。


「うーん……ごめん、今年もナチたちと回る予定なんよね」


レトくんの顔が少しだけ曇ったけど、すぐににっこり笑ってくれる。



「そっか、そやんな!楽しんでな」

「あ、うん……ありがと」


ここで初めて沈黙が流れた。

気まずい。


「じゃあさ、後夜祭一緒におってくれへん?」


なんかもう断れる雰囲気じゃないじゃんこれ


「…わかった」

そう答えると、レトくんはほんの少し照れくさそうに笑った。


「よっしゃありがとうな!」



どうしてこうやって流されちゃうんだろう。


けれど、手を握られてると少しだけ安心する自分もいた。

それからまた、他愛もない会話をし続けた。



気づくと、もう家の前に立っていた。

「もうバイバイか…」


レトくんが少し困ったように笑いながら、あたしの手をそっと離す。


「ありがと、送ってくれて」

あたしは素直に言った。
レトくんも少し照れくさそうに、でもにこっと笑う。


「また明日な!着いてきてくれてありがとう!」


「うんバイバイ気をつけてね?」

「おう!」


レトくんに手を振ってドアを閉めた瞬間、外の空気とレトくんの温もりが一気に消えた。


リビングに入ると、パパがテレビを見ながら「あれ、もう帰ってきたんか」と笑う。

「あ、うん…ただいま」

こーすけ「早くね?まだ4時半だぞ」

葵 「パパとゲームしたかったから帰ってきた」

パパ「え〜なにそれ可愛いこと言う!!」



全然思ってもないことを言ったけど、喜んでくれるならそれでいい。

荷物を置きながら、さっきまでの出来事を思い返す。
展示会でのレトくんのはしゃぎっぷり、ぎゅっと握られた手、照れながらも楽しそうにしてた顔――全部が頭に残って離れない。

「…あぁ、今日も疲れた」

そう小さく呟いて、ソファに沈み込む。

パパにコントローラを持たされて、バックルームをやらされる。3人で

あーもうずっとゲームだけして生きていたい。

明日の学校憂鬱だなぁ…



机に置いたスマホが震えた。
レトくんかと思って通知をみると「ラーヒー」と表示されていた。

思わず笑顔になった。



「暇だから家行っていい?おじさんとゲームしたい」

「来い」
「相手してやれ」

「すぐ行く」


一通りやり取りしてスマホを閉じた。
今日一嬉しいかもヒラに会える。



「いまからラーヒー来るって」



そう言うと、こーすけが「マジか!また部屋汚されるじゃん!!」とニコニコしながら笑ってる。


パパも「あいつ葵のこと大好きだなぁ!今日は賑やかになりそう〜」と嬉しそうだ。



しばらくして、玄関のチャイムが鳴った。

「おじゃましまーす!」

ドアを開けると、いつも通りのテンションでヒラが入ってくる。
手にはコンビニの袋。中身はどうせお菓子とか。


「これ差し入れ〜。またバックルームやってんの?好きすぎでしょ」

「奥深いんだよバックルームは」


ヒラがふーんと言ってあたしの隣に座った。
やっぱりこいつは距離感がおかしい。
けどそんなヒラに落ち着く。




パパ「ラーヒー今日泊まってく?」

ヒラ「いいよ?」

パパ「そりゃいいよ〜」

ヒラ「じゃあお言葉に甘えて!」



パパが嬉しそうに笑いながら、「じゃあ、ヒラに焼肉作るの手伝ってもらお!」と言う。


「焦がしたらごめん」とヒラはにやにやしながら言った。



ヒラが隣にいると自然に笑顔になる。
変に気を張らなくていい。


ヒラは早速コントローラーを握り、4人で一緒に画面に向かって戦い始める。
「あー!後ろ!後ろ!」「え、どこ!?」
叫び声と笑い声がリビング中に飛び交い、昨日までのモヤモヤは少しずつ薄れていった。



こういう日常が、やっぱり一番落ち着く。
罪悪感あったけど早く解散して良かった。
レトくんにヒラと遊ぶなって言われたけど、そんなの無理でしょ家族で仲良いんだから。



私は隣のヒラをちらっと見て、ふっと小さく笑った。
ヒラも何も言わずに笑い返してくれる。



今日一日、ヒラのおかげで少しずつ心が軽くなっていく気がした。



そのままひたすらゲームをし続け、夜ご飯とお風呂を済ませてからもまた遊んでいた。


気づいたら朝になっていた。


パパ「葵ちゃん学校」

葵「休んで……」

パパ「こーすけとヒラは置いといて葵は出席ぎりぎりなんでしょ?行きなさい!」

葵 「え〜パパのせいじゃん!!」

パパ 「人のせいにしないの」

ヒラ 「んふふ俺は休まないよ」

こーすけ 「俺放課後に行くわ」

葵 「いやなんでだよ」

ヒラ 「最俺が今日から動き出すんだよ」

こーすけ 「そう、だから帰ってくんのおそくなるわ」

葵 「あ、そっか文化祭か」


パパ 「じゃあ寝るから気おつけてなー!」



パパを恨みながら3人で学校に向かった。


眠過ぎて着いた瞬間机に寝そべった。
チラッとヒラをみるともう既に爆睡してた。



ナチには「お前ら夫婦か」と煽られた




四限目の
先生の授業は何とか起きていた。
声を聞く度あの電話を思い出す。

悲しくて、辛くて仕方なかった。

今日はその事もあってか全く目が合わない。
ていうかほぼ前を見れない。



「先生2週間後の祭りなにしてんのー?」


「図書館で花火見てるわ
あそこめっちゃ見やすいんだよ
俺の特等席だから来んなよ」

入ってきた情報はそれだけ。
もう上の空すぎる。



こんなにも…先生のこと好きなのに。


授業が終わったら必ずと言っていいくらい、あたしに話しかけてくるのにそれもなかった。


やっぱり彼女いるんだ。
それがバレたからあたしに距離置いてるんだ。

そうに違いない。