香坂玲斗side____



この状況がチャンスだと思った。
絶対に無駄にしたくない。




1時間前____


集合すると板倉も、リアもいない。
ってことで頂上に行くまでにヒラをどこかに行かさないといけない。


そんなこと簡単に出来たら苦労せんわ。




山登りはヒラの合図で歩き出した。
なぜかやる気満々でその余裕そうな背中が気に入らない。

「葵、荷物重かったら言ってな?いつでも持つから」

俺はわざと目線を合わせて軽く声をかけた。
やっばっ可愛い...


「だ、大丈夫……」


葵は少し困ったように笑って返す。
そうやって無理して笑う顔が俺に突き刺さる。
やっぱり好かれることなんてないんだなって

けど、次の瞬間。


「いや、葵のは俺が持つからいい」


ヒラが横から割り込んできた。

ぴりっと空気が張り詰める。。

なんやねん、その言い方。
まるで俺に葵を触らせたくない、みたいな。

友達のくせに。
幼なじみってだけのくせに。

……なんでそんな顔できんねん。

俺は気づかれないように息を吐いた。
これから何時間も一緒に登るのに、最初からこの空気。



ヒラは葵とずっと喋ってて俺が入る隙間がない。
俺やって葵と喋りたいのに。


あぁごめんやけど邪魔やわヒラ。





それからヒラとはほぼ喧嘩みたいな言い合いが続いた。

葵のことがどれだけ好きなのかもうわかったから
どっか行ってくれまじで。




お前はずっと葵のそばにいれていいよな。
いつまでも幼馴染としてだけどな。


こんなヒラにこんな感情が生まれることに腹が立つ。
1、2ヶ月前までは抱かなかった。
毎日部活とか関係なく喋ったりしていたのに。


2人は最近の1、2ヶ月で何かあったかは知らないけど、授業中お互い目が合ったら逸らさずにニコニコしてるし、帰りも大体はヒラと帰ってさ。


正直俺が入る余地なんてどこにもない。

気づけば、葵の笑顔の隣にはヒラがいる。
あいつがいるのが“当たり前”になってて。


そんな空気に腹が立つ。
いや、嫉妬なんて言葉じゃ片付けられない。



葵を好きになったのは高校1年のとき一目惚れした。
消しゴム拾ってくれたときの笑顔、今でも覚えてる。可愛かったなぁクラスの誰よりも。
でもそれ以降何のきっかけも、話しかける勇気もなくて3年間関わることの無いまま時が過ぎた。

ずっと遠くから見てただけ。
だけど今年でもう卒業だから勇気を出してここまで来た。


葵と話すようになって、思ったより自然に笑える自分がいた。
それが嬉しくて、たまらなかった。

プールで溺れた時だって目が覚めて俺の顔を見た時の驚いた顔。可愛かったなぁ。
ただ守りたいと思った。
気づいた時には手を握ってた。
またあの手を握れる時はいつ来るんだろう...


……けど同時に、ヒラの存在がどんどん大きく見えてきた。

いつも隣にいて、何気なく頭を撫でたり、自然に触れ合ってたり。
俺が何年も欲しかった距離を、あいつは当たり前みたいに持ってる。
……ずるい。正直そう思った。





今日、山の上で。
“願いが叶う”って噂のあの場所で。
全部伝えようと決めた。

後悔だけは、絶対に残したくない。




すると突然後ろの方で葵が転けた。
ヒラとの口論で葵を置いていってるの忘れとった

「うわあ!」って声を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がった。
必死で支えるヒラ。

俺の方が先に駆けつけたかったのに。

その肩に寄りかかる葵の顔は苦しそうで、寒さで震えていた。




俺も声をかけるしかできなかった。
「大丈夫?足くじいてもた?」

でも葵の返事は弱々しくて、心配でたまらなかった。


吹き抜けの休憩所で震える葵。
ヒラが当然みたいに上着を貸して、肩を抱いて手を握る。

お前らはただの幼馴染やろ?
友達ってそんなことまですんの?
なんでそこまで自然にできんの?
普通に手...握って葵のこと抱きしめて...
抱きしめられてる葵の顔めっちゃ落ち着いてるし。
あぁやっぱり俺の入る隙間はないんや。


結局葵を一番気にかけてるのはヒラで。
その事実が余計に俺を焦らせた


俺の中でまた黒い感情が渦を巻く。
だから俺は一歩踏み出した。


「な、ヒラ先生呼んできて」

言い合いになり、睨み合いになった。
ヒラがその場を動こうとしないのもわかる。
結局ヒラは「葵になんかしたら絶対許さない」って言って走り去った。




これでやっと二人きりや。

頂上には行けんかったけどもうここで伝えてしまおう

隣で震える葵。
「ちょ…….っと…やばい…..かも…」
「こんなとこで寝たらあかんよ?意識保ってな?」
必死で声をかける。

「ヒラが戻るまで、俺ちゃんとそばにおるから」

返ってくるのは「うん」だけ。

俺はこの状況を利用しようと思う。
ほぼ意識のない状態で「うん」としか返事をしない葵に告白したらそれは成功になんじゃないのか?

こんな最低な俺を許してくれ。
今だけはいい気持ちにさせてや。
俺だってずっと好きやってんから.....


ごめんな葵。

意識を失う前に返事だけでもしてくれ。

「俺、葵のこと好き。だから付き合って欲しい」

「う...ん」

そう言って葵は俺にもたれるようにして意識を失った。そんな葵を抱き締めた。


胸のあたりがじんわり熱くなる。
……最低や、俺。

でも、どうしてもこの瞬間を逃したくなかった。
どうせ好かれるわけないのにこんなことしたって嫌われるだけ。
だけど今だけは、俺の彼女でいてくれて。


しばらく葵を抱き寄せたまま座っていると、雨も風も止んでいた。
でも、胸の中は嵐みたいに熱い。
心臓がバクバクして、手のひらがじっとり汗ばんでいるのが自分でもわかる。


あぁやっと……やっと、言えたんやな


頭の中で何度もそう呟きながら、葵の柔らかさを確かめる。
ヒラが戻ってくる前に、今だけは、この温もりを守りたい。

ふと、雨で濡れた髪からほんのり香る匂いに顔を埋めて、目を閉じる。
“ずっと見てただけやったけど、もう離さん”
小さく自分に言い聞かせた。

そして、そっと葵の頭を撫でながら、心の中で誓う。

「……これから絶対守るから、俺のそばにいて」

鳥の鳴き声にかき消されるくらいの静かな時間が流れた。


付き合ったことはふたりの秘密にしたい。
ヒラにも板倉にも誰にも言わさないで。
あと、ヒラと喋るのも禁止にしたい。
ずっと俺の隣にいて欲しいな。


そうしていると車の音がして前を見るとヒラが牛沢先生を連れて戻ってきた。
俺はすぐに葵から距離を取った。
牛沢先生にこんなことをしてるのがバレたらきっと清川先生に伝わる。余計な面倒は増やしたくない。



ヒラ 「あ、葵っ!!?!」

ヒラが血相を変えて葵の顔に触れた。
そらそうだよな意識失ってるもんな。
でもちゃんと息してるから大丈夫。


ヒラの手が触れるたびに、胸の奥がギリギリと痛む。

ヒラ 「……レト、葵になにしたんだよ!」

怒り混じりの声だけど、その目には心配が滲んでいる。

俺は言い訳するように肩をすくめた。

「いや、別に……ただ休ませてただけ」

声が少し震えるのは、ヒラの視線のせいだけじゃない。


牛沢 「こんなとこで喧嘩すんな」


ヒラ 「だって葵がっ!!どうすんの?死んでたら俺っ.....葵の父さんに合わせる顔が.....」

牛沢 「大袈裟だな息してるし、脈拍も問題ない」
「あったけぇ布団で寝かしたら目覚めるから大丈夫だ心配すんな」


ヒラ 「.....葵っ」


牛沢先生は手際よく葵を抱き上げ、濡れた体を冷えさせないように慎重に車へ運んだ。

牛沢 「お前らも乗れよ、坂木を温めてやってく
れ」

ヒラは迷わず車に乗り込んだ


「……俺がやるから」


ヒラの手は葵の両手をしっかり握り、体温を伝えるように覆っている。
その顔は真剣そのもので、俺に触れさせる気はまったくないらしい。


俺はその様子を見て、胸の奥がチクリと痛んだ。
――やっぱりヒラには勝てない。自然に、何の抵抗もなく、葵を守る力がある。

「……ヒラ、少しどいて」

思わず声をかけるも、ヒラは微動だにせず葵を抱くように両手を握り続ける。

「うるさいレトがする必要ないでしょ」


ヒラのその言葉に俺は何も言えず、ただ唇を噛む。
車の中で温かい空気に包まれる葵の顔は、穏やかで、安心しきった表情をしていた。

ヒラに任せるしかないか。



だけど形だけでも葵と付き合えたことの優越感に浸っていた。


香坂玲斗side____END



目が覚めるとホテルの救護室にいた


「くしゅん!!」


さっむ!!思わずくしゃみが出た
うわぁ風邪ひいてるわ

てか........やばいかも...
やらかしたかも。
あたし気を失う前に玲斗くんになんて言われたんだっけ...?
なんか、付き合ってって言われなかった?
私うんしか答えなかったから.......
え、えぇぇ聞き間違えじゃなかったら付き合ったことになるくない?

まじでやらかした。


思わず頭を抱える。

初めての彼氏が玲斗くんなんて、泣きそう。
好きじゃないのに。あぁどうしよう


けどそうじゃなかったとしたら?
空耳だったとしたら?
けど空耳じゃなくて本当に玲斗くんと付き合ってたら?
私は返事したのに振るってこと?

最悪じゃん私........
てか意識朦朧としてる人に告白すんのもどうなの


そんなことがひたすら頭の中で駆け巡る。
玲斗くんに直接合って話すしか無いか……
気まず。



そうすると牛沢先生とナチ、ヒラ、こーすけが入ってきた


「葵っ!!!」


ヒラとこーすけは泣きそうな顔してあたしに抱きついてきた

「ちょ重いっ!」


こーすけ 「葵っ!!大丈夫か?しんどくない?!!」


ヒラ 「死んでないよね?生きてるよね?葵!!」

ナチ 「ごめんねぇ私が着いてやれなかったからほんとごめんん!!」


大袈裟だなぁ3人とも。
そんなにあたしのこと好きなのかよ可愛いな
あたしも好きだよ........


「2人ともありがとな…」



ヒラとこーすけはまだ手を離さないで抱きしめたまま。重いけど、なんだか安心する。
牛沢先生はそんな3人を少し離れたところから見て、ため息をつきながらも優しく笑っている。


「しっかり休め。明日は坂木に任せるけどできるだけ安静にしとけよ〜」



そう言って牛沢先生はスマホを渡してきた。


「何?」

牛沢「いいから受け取れ」
牛沢 「あ、お前らちょっと外出てろ」

ヒラ 「葵に何する気?」

牛沢 「お前らみたいに心配して寝れねぇ奴がいんの」


ナチ 「ええ!まさか!!」

こーすけ 「あ、そういうことね〜ヒラ行くよ」

ヒラ 「どういうこと?」

こーすけ 「いいから」

葵 「え、ちょっと待ってよなに?」

ナチ 「良かったね葵!」


牛沢先生は3人を連れて部屋から出て言った
あたしは深呼吸して、震える体を落ち着かせる。
スマホの画面には誰かの着信が


「も、もしもし...?」

「うわぁぁぁ葵っ!!」

嘘っ先生の声っ!!!
うぅ安心して泣きそう。
ずっと聞きたかったよこの声が


「先生っ?」

「葵大丈夫か??元気か?しんどくない?ちゃんと体温めてる?」

「んふふ大丈夫だよ心配しすぎでしょ」


先生に心配されるのが嬉しくて、徐々に溢れてくる涙が止まらない。


「葵が倒れたって聞いて俺っ...もうどうしていいかわかんなくてっ気づいたらうっしーに電話かけてた」


「先生っ........会いたい」


思わず口に出してしまった。


「俺も会いたいずっと会いたかった」
「できるなら今すぐ会いに行きてぇわ」

「じゃあ会いに来て?」


先生には女の人がいるのわかっててこんなこと言って、ほんとあたしってにずるいなって思う。
でも今だけは素直に先生に甘えたい。


「今、ちょっと人来ててさっ家出たら何されかっかわかんねぇの...ごめんな」



何されるかわかんない人を
家に呼んじゃだめだよ先生っ……



先生「葵いまなにしてんの?1人?」

「ん?1人でベットの上だよ」

先生「葵っ」

「どした?」

先生「あのさ葵……好きだよ」


……今なんて?
好きって?ずるいよそんなのっ
彼女いるくせにっ


あたしはもう涙が溢れて、頬を伝ってシーツにぽたぽた落ちている。


「ううっ...私も大好きっめっちゃくちゃ好きっ」


彼女がいたってもうどうでもいい。
今はこの気持ちを止められない。
だって好きなんだもん。
誰よりも大好きなんだもん。


「可愛い葵……て、泣いてる?」

「先生のせいだよ!」

「めっちゃ可愛いじゃーんぎゅーしたい」

「きしょ」

「帰ってきたら図書室きて?」

「なんで?」

「葵とぎゅーしたいから」

「んふふ学校だからだめだよ変態教師」

「学校じゃなかったらいーい?」

「だめだよ〜」


幸せだなぁ
こんな会話久々にしたな……


"ねぇーキヨくん誰と喋ってるのー?構ってよお!!"


突然後ろの方で高くて甘い声が聞こえた。
……は?聞き間違い?
なに、まじで女じゃん。
ありえないんだけど

え、普通にきしょ...そんな人が好きなんだね
はぁしんどなにこれ


「は、誰?女?」


「あ、いやっ...勘違いすんなよ?...ちょ触んな!……ごめん切るわまたな葵」


逃げるように電話が切れた。
さっきまであんなに楽しかったのに。
急に地獄に落とされた気分。
まじであり得ねぇだろ。
何がぎゅーしたいだよ気持ち悪い。

女の人めっちゃ可愛い声してさ...あたしと正反対じゃん。

あたし先生に遊ばれてんのかな……



それから部屋に戻ると、クラスの子はまだ帰ってなくて、ナチはいたから全部話した。
玲斗くんのことも、先生のことも。



ナチ「…最低だなキヨって....」

葵「……まじでありえねぇわ。ほんとなんなん」


口ではそう言ってるのに、涙がまたにじんできて悔しかった。
嫌いになれたら楽なのに。
頭では「最低」ってわかってるのに、胸の奥は全然離れてくれない。



ナチ 「もういっその事香坂のこと好きになっちまえば?」


葵 「は?なんで?」


ナチ 「無理やり好きだと思い込んで過ごしたらいつか、忘れれるっしょ」

葵 「……そうかな」


ナチ「キヨに振り回されて泣いてる葵、見てんのしんどいんだよ」

葵「……でも、玲斗くんのこと好きって思い込むとか無理だって違うもん」

ナチ「違うのはわかってる、でも“忘れるために”って割り切るんだよ。気持ちを塗り替えるみたいにさ」


そんな簡単に割り切れたら苦労しない。
でも、このままじゃずっと先生の影に縛られて、何も前に進めない。


葵 「確かに……それもいいかもな」


胸がぎゅっと痛む。
玲斗くんを利用するみたいで嫌なのに、ナチの言葉がどこか現実的で逃げ場を突いてくる。


ナチ 「けどヒラは悲しむだろうなぁ」


葵 「ヒラには何も言わないでおくわ、告られたことも全部」


後ろめたさがあった。
好いてくれてるのに、ヒラを自分から失うことはしたくない。
なんせヒラと玲斗くんは仲悪いみたいだし。
玲斗くんと付き合ったなんて知られたら……考えるだけで怖い。なにしでかすかわかんないし。


ナチ「ま、りあえず今は体治すの優先ね。考えるのはそのあと」

葵「……うん」


それからクラスの子とまた恋バナをして、なんとか地雷をかわしながら、眠りについた。

先生が言った「すき」を頭の中で何度も繰り返すけど、あの女の声が耳に張り付いてて、また1人声を殺して泣いた。



次の日の自由行動はいつものメンバーで回った。


あたしはずっと上の空でほぼ意識がどこかに行ったみたいに、心ここに在らず状態だった。

ヒラが沢山話してくれて、沢山食べ物を分けてくれるけど何も頭に入らないし何も味がしない。

こうなるなら初めての彼氏はヒラが良かったな…なんて思ってしまうほどに。

先生のこともぐちゃぐちゃで、もう今にもパンクしそう。

ヒラ 「葵昨日なんかあった?ずっと上の空だけど」


いつものようにみんなで2列になって歩いている時、ヒラがそう言った。

感がいいんだからこの男はほんと。

でもこんなの言えないよ。
昨日ヒラがいない時告られて適当に返事して付き合ったとか。

でも先生のことは言えるはずなのに、口が開かない。思い出したくもない。


葵「なんでもねぇよ…帰ったら二人でどっか行こうよ?」


嘘を言うしか無かった。
ごめんヒラ。最低なあたしを許して。


ヒラ 「いきたい!遊園地リベンジしようよ!」


ヒラはそう言ってあたしの頭を撫でてニコニコしてる。
いつまでこの嘘を突き通せるんだろうか。

胸が痛む。
ほんとなら「うん!」って心から笑って返したいのに、出てくるのは作り笑いだけ。


葵「……うん、行こ」


それだけ言ったら精一杯で、もう声が掠れていた。

ヒラ「楽しみだなぁ」


嬉しそうに話すヒラの横顔を見て、心臓をぎゅっと握り潰されるみたいな気持ちになる。

でもどうせ長くは続かない
ヒラにはバレないように事をおわらせよう。


修学旅行も終盤に差し掛かった。
空港で飛行機を待っている時突然玲斗くんに話しかけられた。


玲斗 「今暇やんな?ちょっと来て?」

葵 「あ、はいっ」


ううっ気まずい。
思わず敬語で返してしまった。
ナチにはごめんって顔をして玲斗くんの背中を追いかけた。


少し離れた、人気のない場所。
ヒラ達は空港ではしゃぎまくってるから多分会わないと思う。


玲斗くんはポケットに手を突っ込んだまま深呼吸をしていた。


玲斗 「俺、葵のことめっちゃ好きなんよっ」

「え、ちょっ……」


泣きそうな顔をした玲斗くんが抱きついてきた。
そんな顔されたら、引き剥がすことなんて出来ない。


玲斗 「付き合ってくれてありがとう!」
「おれ幸せにするからっ!!」
「だからずっとそばにいて欲しい!!」

あたしに返事をする余地を与えないくらい勢いよくそう言った。

あぁやっぱり付き合ったの勘違いじゃなかったんだ……
ほんとどうしよう。



このまま流されて……先生のことも…忘れて…
もう……これでいいのかな……


玲斗くんとこのまま付き合ってみてもいいんじゃないのか?
もう流されたまま先生のこと忘れちゃえたら楽になるんじゃないの?
先生もあたしのこと好きだって言ったくせに女いるもんね。




あぁ…もう考えるのもしんどいな。


胸がぎゅっと締め付けられて、涙が勝手に溢れそうになる。


ただ流されることで楽になれるなら、あたしはそれに身を任せてしまおうか……

玲斗くんのその温かさに、あたしは抵抗できなくなる。

きっともうあたしの心はとっくに壊れてたんだ。
まともに判断が出来ていない。
そんなことわかってるけど……

なら今は体も心も彼に委ねてしまおう。


こんな罪悪感は胸の奥にしまって、今までのことなかったことにしよう。


さよなら先生。
ごめんねヒラ。





葵 「よろしくね、レトくんっ」



あたしは玲斗くんの背中に手を回した。
罪悪感で胸がぎゅっと締め付けられる。


これで、いいんだよね?
これでもう先生を思って夜泣くことも無くなる?
やっとぐっすり寝れるのかな?

付き合ってるなら好きって思わないとだよね。


玲斗 「愛してる…葵」


玲斗くんは震えた声でそう言った。
あたしの額にキスをして。


涙が勝手にこぼれ、頬をつたう。


頭の奥はまだ「間違っている」とささやく。


もうやめて……じゃあ何が正解なんだよ…



それでも、玲斗くんの温もりに抗えない。
甘くて危うい、依存のような気持ちに、あたしは沈んでいく――



玲斗 「今日からヒラとか清川先生と喋らんといてな?」

葵 「えっ?」

玲斗 「俺と付き合ってんのに必要?」


ま、そうだよね……付き合ってんもんね


だけど、バレなきゃいいよね?
先生は置いといて、ヒラと関係を切るなんでできるわけが無い。幼馴染だよ?良き理解者で…

けどなんか、ここは玲斗くんの言う通りにしとこう。



葵 「別に…」

玲斗 「ありがとう」


玲斗くんはあたしの手をぎゅっと握り、軽く頭を撫でてきた。

だめだ…気持ち悪い。
ヒラとか先生にされるとあんなに落ち着いてたのに…今すぐ振り払いたい。

生理的に受け付けてないんだと思う。



けどそんな現実も目を瞑った。
見ないフリ
知らないフリ
そうしたら楽になれるきっと。


玲斗 「あと、付き合ってるのは秘密にして欲しい」

葵 「うん…」



それだけが救いだった。
ヒラにバレなくて済むから
先生にも……


これでいい……大丈夫


自分に言い聞かせるように、ほんの少しだけ、目を閉じる。

あたしは玲斗くんの手を握り返した。
だって付き合ってるから、それくらいはしないといけないじゃん?



間違っていても、正当化してしまえばいつかは間違いではなくなる。




この手の温もりに縋りつきながら、胸の奥ではドロドロとした黒い感情が渦を巻いていく。
安心に見せかけた鎖に絡め取られながら、あたしは見えない闇に落ちていく。