こーすけとバイバイしてから教室に着くと、皆席に着いててHRがもう始まっていた。



き、きまず!なんでみんなちゃんといるんだよ!
あたしが担任の話聞いてなかったのかな



「てことで来週の金曜は修学旅行もあるしその2ヶ月後は体育祭と文化祭あるんだぞ〜!みんな今日から気合い入れろよ!以上HR終わり!」


そういえばもう修学旅行か……


担任が出ていった瞬間
夏の余韻みたいにざわざわとした空気が流れだした。
「今日からまた学校かぁ…」って声や、「宿題やってねぇ!」って悲鳴とか、久しぶりに会えた友達同士の会話が混じってて、楽しそうだった



その時だった。



「あ!おはよ!!葵久しぶりだねぇ会いたかったぞ!」


ナチが目をキラキラさせて飛びついてきた
3日前に会ってたんだけどなぁ
あたしのこと好きすぎだろ


「ナーチ〜おはよ〜あたしも会いたかったよ」



まぁ嘘では無い…//



「え、きも!今日雨降んじゃね」



正直に言ったらこれだよほんと
でもそんなところがナチの好きなとこ





てかあと5分で一限が始まってしまう…
先生と強制的に会わないといけない
どうしようほんとに、


モヤモヤした気持ちを抱いたまま席に着いた


「おはよ!葵っ!」


隣の席の玲斗くんが微笑みながら話しかけてきた
ちょっと……いや正直めっちゃ気まずい
夏休み入ってからあんなことがあって普通に話せる方がすごい



「おはよ…あの、この前はごめん!」

「この前…?なんのこと?」

「先生がその…」

「あぁー!そんなん忘れとったわぁ」
「大丈夫やで葵は気にせんでええよ」


玲斗くんの目が一切笑ってない
ちょっと怖いまである
絶対忘れてなかったでしょそれ




キーンコーンカーンコーン



ついに一限が始まった
先生が教室に入ってくるのが分かる
だけど顔を上げることが出来ない



「ちょ葵っ!」



ナチが後ろであたしの肩をバシバシ叩いてきた
周りもきゃー!やばい!!かっこよすぎてしぬ!!とかすっごい言ってて



「な、なに?!」

「キ、キヨっちが!!」


前を向いて先生を見ると
襟足が紅しょうがみたいに赤色に染まってて、
いつものジャージ姿じゃなくてすっごくオシャレになっていた。見てるだけでドキドキしてしまう

こんなんじゃまたガチ恋勢が増えちゃうよ先生…



「か、かっこいい…」




無意識に独り言を呟いていた


逸らしたいのに、目が勝手に追いかけてしまう。
夏休み前の先生とはまるで別人みたいで、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。



「おい座れー!だりぃと思うけど授業始めるぞ」




先生が声を張ると、ざわめきがすっと静まった。
でもその声すら低く響いて、ドキドキした



ノートを開こうとしても手が震えて、ペンを落としそうになる。


「やっばいねあれ、あーしでもかっこいいと思ったわ」


あぁほんとにかっこいい
その髪型が似合う人って先生しか居ないんじゃないかってレベルで震える


「てめぇら夏休みは何してた?」


って先生が黒板の縁に手をついてもたれながら言った
多分今日は授業する気が一切ないやつだな


クラスの男が
彼女と旅行行ったー!とか
車の免許取ったー!とか
口々にみんなが言ってて先生がそれに


「俺より充実してんじゃねぇか!!勉強しろよ」


先生がそう言った瞬間、教室が一気に湧いた。


「先生こそ何してたんですかー!」
「どうせ家でゲームでしょ〜!」
「いや、絶対女できただろ!」


男子が口々にからかい始めて、女子たちは「彼女とかありえないやばい!」ってキャーキャー叫んでる。


まじで黙ってくんねぇかなうるせぇよ


「は?俺に彼女とかいるわけねーだろお前らと一緒だよ」



なら腕組んでた人は誰なんだよ……
知りたくもねぇけど


合わせる気はないけど、いつもなら先生と目が合うのに全然合わない…



ヒラに関しては寝てるし



先生の発言にクラスの男子が
「同じにすんなよー!」
「俺はちゃんとリア充だし!」
って抗議して、さらに笑い声が大きくなる。


「じゃあ先生、髪染めたのは何で〜?」
「誰かに会うためでしょ!」
「絶対そう!」
「先生見た目めっちゃ変わったし、怪しい!」


あっちこっちから飛んでくる声。
先生は「チッ…余計なお世話だよ」って笑いながら頭をかいていた。
その仕草ひとつでまた「かっこいい!!」って女子が悲鳴をあげる。


ほんとだよ、なんで…そんなにかっこよくなってんの


「おれ正直毎日テニスしかしてねぇわ」


そういうと女子が
「私ともして!!」
「テニスしてる先生絶対かっこいい!!」

とか言ってて

先生も調子に乗って


「んふはじゃあ、今日テニス部遊びに行こっかなぁ」


とか言ってるし……

まぁあたしには関係…ないし


勝手に行けばいいじゃん
今日からもう図書委員の活動行かないし
良かったね時間ができて…

そんなこと頭の中では思うけど
心ではすっごく辛かった

あたしが先生を断つことで、もうマリカーもなにもかも一緒にしなくなって話すことも…しなくなるんだ。そう考えると自分が距離を置くって決めたことなのに、いざそうなると辛くて辛くてどうしようもなかった。


ふとその時先生と目が合った

4週間ぶりに…

心臓が飛び出てきそうなくらいドキドキしてる
夢の中で先生と……キスした時みたいに


先生は今日一の笑顔でこっちを見てきた


うっ………かっこよすぎて死ぬ


だめだこの人はあたしに好きだって言ったくせに
他の人と腕組んでた人だぞ
そう簡単に…ダメだよあたし


「坂木は夏休み何してたんだよ」


「ふぇ!?」


は、はっはははは?!!
し、指名制!?何事!え?今なんて?
あたしの名前言ったよな?聞き間違えか?


「やっぱ先生葵のこと好き過ぎじゃんぎゃはは」


ナチの発言でまたクラスがザワザワ騒がしくなり始めた


「な、っ、えっ」


動揺しすぎて頭が真っ白になる



クラスの子が次々に
「葵ずるー」
「坂木って絶対ヨーキーのお気に入りだろ」
「あそこできてんだろ」
「私も呼ばれたーい!」
とか言ってて耳を塞ぎたくなる

勘弁してくれよ
目立ちたくねぇんだよ


夏休み何してたっけな
先生のこと考えてた…
先生のこと考えてた……
先生のことずっと考えてた……

そんなん言えるわけねぇだろが!!
もっとマシなもんねぇのか
マジであたし何してたんだこの夏!!!

あ、昨日海行ったけ

葵「なつやすっ……」先生「へーおもろそっ」



あたしが言う前に先生がかぶせてきた
めっちゃ先生がニヤニヤしてる
むかつくこいつ!!!!!


「まだ言ってねぇんだよ」


思わずツッコんでしまった


クラス中が「おぉ〜!」って盛り上がった。
男子なんか「坂木とヨーキーの漫才始まったー!」とか叫んでてほんとやめてほしい。
まじでやめてほしい。


「いやいや〜今の絶対俺のボケ待ってたしょ」


先生がにやにや笑いながらチョークを指にくるくる回してる。器用だなぁ
その顔がまたムカつくくらいにかっこいい。


「待ってねぇわ」
「ほんとかぁ?夏休みでツッコミの腕鈍ったんじゃね?」



「もうやめてあげろよ〜!」
「公開いじりやん!」
「ヨーキーと葵の夫婦漫才〜!」


クラスは完全にあたしと先生いじり。

ガチ恋勢達はありえないみたいな心ここに在らずみたいな顔してるし


ナチも「葵、耳真っ赤じゃん!かわい〜!」って肩を揺さぶってくる。
やめろほんと、これ以上は生き恥でしかない。


「……」


その時、隣からじぃっとした視線を感じた。
見ると玲斗くんが無表情でこっちを見てる。
さっきまで笑ってなかった目が、さらに冷たく光すらなかった
怖いからほんとやめてください香坂くん


「んで?坂木は結局どこ行ったんだよ」


先生が軽い調子で聞いてくる。
教室の期待の視線が一斉にあたしに集まって、もう穴があったら入りたい。
別にあたし面白いこと言わねぇぞ期待すんなよ


「……う、海、行った昨日友達と」


「お、いいじゃん〜日焼け全然してねぇけどな
昨日以外はおまえずっと家いただろあははは」

「細かいとこ突っ込むなって〜!」
男子が笑い、女子も「それわかるー!」って便乗して、また笑いの渦。


何がわかるんだよ



「ま、夏っぽくていいなぁ…俺は………」

先生が一瞬言葉を切った。
そして、少しだけ目線を落として、意味深にいった


「……まぁ、楽しかった夏だったよ」



その一言に心臓がギュッと痛んだ。
あの綺麗な女の人と過ごして楽しかったの?
何してたの?
ずっと夏休み一緒にいたの?今も一緒にいるのかな……
知りたくないはずなのに、気になって、でも何も知りたくなくて喉の奥がきゅーってなる。

クラスのざわめきに紛れて、あたしの鼓動だけがやけに大きく響いていた。



キーンコーンカーンコーン



一限が終わるチャイムがなった。

1時間ずっと先生がひたすら喋り続けて終わった
バケモンすぎるだろあの人怖ぇわ逆に



「あー喋りすぎちまったなあははじゃあ今日からお前ら頑張れよ〜」


先生はそう言った
だけどみんなの様子を見て最初から授業なんかする気じゃなかったんでしょ?
そういうとこが好きなんだよ
周りを見て瞬時に行動してさ
そりゃガチ恋する人も増えていくか…



そんなことを考えていると先生がニコニコしながらこっちに向かってきた


え、ちょ、どうしようやばい逃げないと


葵「な、ナチ!次移動だっけ?」

ナチ「えーと次は体育だったはず」

葵「いくぞ!」

ナチ「はやくね?まだ時間っ」葵「いいから」


あたしはナチの手を引いて走ってその場から離れた


先生「よぉ葵っ!ピアスにあっ…え、ちょっ」


先生がすぐ後ろであたしの名前を呼ぶ声が聞こえた
だけどあたしは無視して体育館に向かった


罪悪感がすごい


ごめんね話しかけてくれたのに無視して…
だけど先生彼女いるもんね、先生が…悪いんだよ



更衣室に着いた時にはもう心臓がバクバクしてて、全力疾走したから息切れも凄い
ほんと、なんであたし逃げてんだよ…。



「あおちん痛いって手離して」
「どしたんさ?急に走って」


ナチが不思議そうに覗き込んでくる。


「な、なんでもねぇよ体育だしほら、着替えなきゃだし!」


誤魔化すようにロッカーを開けてジャージに着替える。


「キヨっちあおに話しかけてたみたいだけど大丈夫なん?」


「大丈夫じゃね?」

「やっぱりあんたら……いやなんでもない」


ナチはあたしの先生に対する態度にやっぱり違和感を感じてるんだ

ごめんねナチ……


二限が始まると牛沢先生が話しかけてきた


「坂木こっち来い」

「な、なんですか?」


絶対嫌なこと言われそうこわぁぁ
牛沢先生が早く来いと手招きしてくる
思わずナチの手を握る

「はいはい一緒に行こうな」

「ごめんまじで」


ナチと一緒に牛沢先生の元へ行く


牛沢「あのさプールの授業お前だけ一コマ足りてないんだよ」

葵「はっ?……え?」

ナチ「ふっ可哀想に」


また泳ぐの?!ねぇあたしまた溺れるよ?
怖い怖い無理だぁあ
しかもナチに関しては他人事すぎるだろ



牛沢「だからどっかのタイミングで泳いでくんねぇ?レポートじゃだめなんだわ」

葵「そこをなんとかレポートに!!」

ナチ「無理だろ」


あたしが祈るみたいに言うと


牛沢「じゃあ最悪キヨと泳いでもいいから」

葵「え“っ!」

ナチ「やったじゃん葵〜よかったね」


思わず嬉しくて変な声でた
だけど今の状況考えたら普通にやだ勘弁して

なんでこの学校室内プールなんだよ!!!


「今年中にお願いな?やらなかったら単位ないから」

「わ、分かりました」

「よろしく」


そう言って牛沢先生はラジオ体操を始めた


「終わったぁぁ」

「今度は溺れねぇようにしろよ」

「無理だろマジで嫌代わりに泳いでくんね」

「それが出来たら最初からしてるわぁ」

「ああああ!!まじでやべぇ!!」

「ちなみに水着捨てたからもう一緒に泳げない」

「は?それは無いだろ」

「まぁキヨっちとイチャイチャ泳いでくれよ」


思わずため息が出てしまう
もう先生とそうやって二人でいる時間を作る無い。かと言って泳がないわけにはいかない


「ほら並べー!点呼とるぞー!」


牛沢先生の声に合わせて、体育館の床に整列する。

「じゃあ今日はバスケな〜男子は向こうのコート、女子はこっち早く動けよ〜」


うわー、バスケかぁほんと嫌だ
足でまといになる未来が見えるよ〜
体育って何してもテンション下がるわ


「いぇーい!バスケ!勝つぞ〜!」
「はやくやろーぜ!」


男子はすでにやる気満々で盛り上がってる。
女子も「やったー!」って喜んでる子と、「走るのダルい〜」ってテンション低い子で分かれてて、あたしは完全に後者。

ナチはというと――
「よっしゃ!ガンガン点取りに行くから!」
ってやる気しかない。
……なんでこんなに差が出るんだよ。


「葵、パスちゃんと出せよな〜」
「こけても走れよ!!」


同じチームになった女子が笑いながらあたしに声をかけてくる。
いや、こける前提やめろ


「じゃあ、10点マッチでやるぞー!気合い入れてけ!」

牛沢先生の笛がピィッと鳴って、試合が始まった。


やばい何が何だかわからん
ただボールをに向かって走ってる
これ合ってんのか?


無我夢中で走っていると急に視界が傾いた


「痛った……」


膝を見ると擦りむけて血が出ていて、少し血の気が引く


「わぁごめんねぇ大丈夫?」


目の前を見ると補習の時邪魔しに来た先生のことが好きなリアが満面の笑みで手を差し伸べてきた


あたし今こいつに足引っ掛けられたんだ…
ついにいじめが始まった……気がした


「ありがと大丈夫」


当然そんな手をとる訳もなく、自力で立った
そしたらこの女があたしの手を引っ張ってきて


「朝から先生とイチャイチャできて良かったね〜みんなにチヤホヤされて羨ましーい」


「……は?」


とあたしの耳元で言ってきた
めっちゃムカつくなんだこいつ


「そろそろ調子に乗んなよ別に可愛い訳でもない癖にさぁ」

「調子にのんな?お前何様なん?きっしょ」



なんかもう自分が自分じゃなくなりそうなくらいイライラしてる。
やることが、怪我させて耳元で悪口言って姑息すぎるんだよ。
まぁ陰口言われるよりマシか

あたしは無意識に胸ぐらを掴んでいた
きっと今すっごい怖い顔してんだろうなあたし



「きゃー!なにするの?!怖いよぉ!」

「うっせぇんだよ馬鹿みたいな声出しやがって」

ナチ「ちょ、葵っ!」

牛沢「おーい坂木何してんだ」


ナチはまた人に迷惑かけて〜みたいな顔してるし
牛沢先生は問題事増やすなよみたいな顔
あたしほんと何がしたいんだろ泣きそう……

てかあたしが悪いの?
真面目にバスケしてただけなんだが


葵「こいつが意味わかんねぇこと言い出してきたんだよ」


牛沢「……はぁ後で話聞くから。坂木血出てるけど保健室行くか?」

葵「行かねぇよ」

牛沢 「とりあえずみんな待たせてんだから今は試合に集中しろ」


低い声でバッサリ切られて、胸がきゅっと縮んだ。
怒鳴られなかっただけマシなのに、逆にその淡々としたトーンが余計に刺さる



この女というと、牛沢先生の前では涙目で
「リア、なんにもしてないのに……」
って泣きそうな声で言った。

……は?お前ヤバすぎだろ足引っ掛けできただろ!!


周りの女子数人も「リアかわいそー」とか「坂木って前から気が強いよね」ってヒソヒソしてるのが聞こえる。


耳にその言葉が鮮明に突き刺さる。
胃が痛い。何弱気になってんだよあたし…


ナチが慌てて間に入ってきた。
「ちょっとあんたら何言ってんの?!葵は悪くないからさっきリアが……」

けど、リアがすぐかぶせてきた。


「なに?私ほんとになんもしてないよ?」


その声色は泣きそうで弱々しい、だけど目だけがこっちを嘲笑ってるみたいに見える。

くっそ……!!

牛沢「……もういいから。坂木も柳(リア)も、試合戻れって。次また揉めたら二人とも退出な」


牛沢先生がきっぱりと言った瞬間、空気が固まった。
体育館の真ん中にいるせいか、みんなの視線が痛い。
居場所がどんどん小さくなっていく気がする。


「……はい、」


声にならない返事をして、あたしはボールを追いかけるふりをして適当に走り出した。
もうやる気とか出るはずもない


でも、視界の端にリアがにやっと笑ったのが見えて、血が逆流しそうなくらい腹が立った。

このままじゃあたし……ほんとに壊れそうだ。



試合が終わって休憩していると
後ろからヒラが話しかけてきた


(男子と女子を分けるために体育館のど真ん中で天井から網が吊り下げてるから、網越しに背中合わせで話してるイメージで)


「葵大丈夫?足痛そう」

「大丈夫大丈夫」

「さっきの一部始終見てたよ何言ってたか分かんなかったけど…あの子やばいから気をつけた方がいい」

「やっぱりやばいよな」

「なんか噂じゃキヨが好きすぎて周り見えてないらしい、だから何してくるかわかんないよ」

「……はぁまじかよ」


あたしはタオルで汗を拭きながら、さっきのあの女の顔を思い出した。
満面の笑みで手を差し伸べてきたときの、あのゾッとする感じ…ほんと腹立つ。


「今他の子に何葵が言っても無駄かもしれない」

「は?なんで」

「証拠もないし、柳って女子の前じゃお姫様扱いぽいし、結局“葵が乱暴した”ってことになりそう」


ヒラが苦笑いした。
じゃあ、何が正解だったんだよ
あのまま言われておけばよかったのか?

「……あんま一人で抱えこんじゃだめだよ」

「うるせぇ」


思わず笑ってしまった。
でもその笑いもすぐに消えて、膝を押さえる。
やっぱりじんじん痛い。


「いっ……」

「保健室行った方がいいんじゃない?」

「……」

行きたくない。
だって、保健室って職員室の隣だし……先生今授業無いから行ったら先生に絶対会う。
さっき無視して逃げたばっかりなのに。


「……意地張らずに行きなよ」

「意地なんて……張ってねぇ」

「ほんと素直じゃないね」

「うるさい」

「ごめんちょっと行ってくる」

「ん。頑張ってね」

「ありがとう葵もね」


そう言ってヒラは試合をしに行った


「葵ー!次の試合始まるよー!」


遠くからクラスの女の子が声をかけてきた。



「んー!!」


ちょっと痛む足を気にせず、あたしもコートに向かう。
イライラを全部ぶつけるみたいに、がむしゃらに走った。
ボールは一度もゴールに入らなかったけど、声を出して動いて、少しはチームに貢献できた……はず。

試合が終わってベンチに座ると、膝がズキズキと主張してくる。
またじわっと赤い血が浮かび上がっていた。
足もガクガクしてて、さすがにちょっと焦る。


「……あ、やば」


軽い怪我だと思ってたけど、血が止まんない。
仕方なく、近くにいたクラスの子に声をかけた。


「ちょっと保健室行ってくるわ」
「え、ひとりで大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ナチか先生に伝えといて」


ナチは今、試合に出てる。
だから自分で行くしかなかった。

廊下に出ると、一気に静かになる。
体育館の中の歓声が、遠くの世界みたいにぼやけて聞こえていた。

──なんでだろ。
ただ膝が痛いだけなのに、心まで痛い。
誰も悪くないのに、置いてかれてるみたいな気分。

保健室に着くと、当然先生はいなかった。
分かってたのに、ほんの少し期待してた自分が嫌になる。


「はい、消毒するよ。ちょっと染みるかも」
「……うっ!」


ズキンと沁みたけど、平然を装う。
ガーゼを替えてもらい、テープでしっかり固定された。


「うん、これで大丈夫。無理しないでね」
「……ありがとうございます」

軽く会釈して、また静かな廊下に出る。
ドアが閉まる音がやけに響いて、胸の奥がきゅうっとした。

──ほんと、何してんだろあたし。
こんなことでまた勝手に期待して、勝手に落ち込んで。

でも。

体育館に戻って扉を開けた瞬間、
「おかえりー!」ってクラスの仲良い子たちが笑顔で手を振ってくれた。


「もう血止まったー?」
「大丈夫そう?」
「見学しとく?」



張り詰めてた心が少しだけほどけた。

ナチも試合の合間に走ってきて、
「おかえり葵っ」って頬をつねってきた。

「いってぇ!!」
「痛かったら無理しないの!」


そのやりとりに、自然と笑ってしまった。
やっぱりそろそろナチに言わないとな…先生のこと



それから授業が終わって昼休みになった


「いただきまーす!!」


校内の芝生でイツメンとご飯を食べるのがやっぱり1番楽しいわ


ん?てかナナいなくね?


葵「ナナは?」

アリサ 「ナナなんか今日フジと食べるらしいよ熱っいね」

葵 「えっ!!?!なにごと!?」

ナチ「あいつフジのこと好きすぎだろ」

アリサ 「あたしも買い物ついて行きたかったなぁ」

葵 「待って、ナナはフジのこと好きなん?推しなん?結局なんなん?」


アリサ 「あれは好きだと思うよ?口開けばずっーとフジの話ばっかだよまじで勘弁して」

ナチ 「今度詰めるか」


葵「全然あり!てかお似合いすぎるからはよ付き合ってくれ」

アリサ「友達が照れてるとこ見てられねぇわあははは」

葵「可愛いけど間違いねぇわ」


ナチ「よし、午後の授業終わったら、バレないようにナナとフジの様子チェックだな!」


葵「奥さん…あそこのバーで働いてる人と旦那さん浮気してますよ……みたいな?」

アリサ「ぎゃははそれやめろ!」

ナチ「浮気調査じゃねぇんだよあははは」

アリサ 「誰が探偵やれって言ったんだよんふふっぎゃははは」

葵「あれ?ちげぇーの?」

アリサ「違ぇよバカ!ぎゃははっ…腹痛ぇ……!」


笑いすぎてアリサがご飯吹き出しそうになって、ナチが「やめろ汚ねぇ!」って叫んで、芝生の上で3人で転がるように爆笑してた。
周りの子がこっち見て笑ってくるくらい、空気が楽しくてしょうがない。


葵「なぁでもさ、ガチでナナとフジってお似合いだと思うんよ」

アリサ「わかる、でも本人は絶対認めないよね」

ナチ「むしろ“友達〜!”ってごまかしてる感じするな」

葵「いやいや、あんなん友達で済むわけないってだってあのナナが!フジの前だと声ワントーン高いんやぞ!」

アリサ「あー!それわかる!しかもやたら髪直してるし!」

ナチ「観察しすぎだろお前ら」

葵「違う違う、あれは観察じゃなくて、証拠集め」

ナチ「浮気調査みたいに言うなっての!」

アリサ「ぎゃははまた出た!探偵気取り!」

葵「“奥さん……旦那さんは今バーで女性と……”」

アリサ「やめろって!腹よじれるから!」


三人でお腹を抑えながらげらげら笑ってたら、昼休みのチャイムが鳴った。


葵「うわっ、もう終わり?!早すぎん?」

ナチ「葵がしょうもないボケかますからさぁ」

アリサ 「うわ次体育だわ着替えんの忘れてた」

葵 「まぁ牛沢先生だから許してくれるっしょ」


私たちはさっきまでの余韻が残る中芝生から立ち上がって、急いで午後の授業に向かっていった



やっぱ、こうやって友達と笑ってる時間が一番大切だと身に染みて感じる

モヤモヤしても、イライラしても、ここに帰ってきたら全部吹き飛ぶ。
なんやかんや、あたしが一番救われてるのはこんな時間なのかもしれない



そうこうしているうちに、気ずけば6限目になっていた。今日の6限目はLHRで修学旅行について話すらしい


「じゃあ今日は〜」


担任が何か話してるけど全然耳に入ってこない

やっぱり先生と話したいし会いたいし触れたい
そんなことばっかりでほんとどうしようもないわ



「葵あのさっ」


すると突然玲斗くんが話しかけてきた
あたしが何?って顔して首を傾げると


「修学旅行同じ班やしあの…えっと…連絡先交換しやん?」



がああああああ
この前断ったから流石にもう断れないし、
ここで断ったら気まずくなりそうだしそれは避けたい


「インスタでもいい?」

「あれ?インスタやってないんじゃなかったけ?」


ううっやっば嘘ついたのバレる
何やってんだあたし




「いや〜その最近やり始めたというかうん!インスタ交換しよ!」


「んふふ葵って嘘つくの下手やなぁ」

「いやっそんなつもりはっ!!」

「まぁ……そういうと…も…お……かわ…き……」


何言ってるか声が小さくて聞き取れなかった
だいたいは口の動きでわかった
逆に聞き取れない方が良かったのかも
あたしは玲斗くんの気持ちを受け入れることはできない

きっとあたしはこのまま先生以外の人を好きになれることが出来ないまま死んでいくんだろうな…



玲斗くんが顔真っ赤にしてインスタのQRコードを見せてきた。



「えっと…これでいい?」


あたしはスマホを取り出して、画面をかざした
わざと知らないフリして、心が痛い


「うん、それで大丈夫」
「できたよ旅行中も連絡しやすいね」


あたしは軽く頷くことしかできなかった
まじで勘弁して欲しい


あたしはスマホをしまって机に寝そべって寝た
夢に先生が出てくることを期待して




「葵そろそろ起きなさい!」


ナチがあたしの頭を叩いててきて目が覚めた

もう6限は終わってて今の時刻は4時
外でサッカー部が試合してる声が聞こえる
思わず先生もやってるのか気になって目線が運動場に行く


「もうナナとフジ帰ったぞー!」

「え、二人で?」

「いやこーすけとヒラもいた」

「邪魔すんなよあいつら」
「てかアリサは?」

「バイトだから帰ったよ」

「うっそーんごめん寝すぎた」

「あんた図書委員は?」

「……サボる」

「珍しキヨっちに会いにいかなくていいの?」

「今日は大丈夫どうせテニス部のとこ居そうだし」

「ふーん」

「帰るか」

「あんたってさほんと一人でなんでも抱え込むよね」

「…なにが?」


このしんどい空気感嫌いだ
今すぐ逃げ出したい
だけどナチにはそろそろ言わないと…だよな

なんでもナチには言えるのになんで隠してるんだ


「あたしらって親友だよな?」

「うん…」

「言えよ隠してること」


「ううっ……ナチ…」


勝手に涙が出てきて止まらない
言葉にすらしたくなし、思い出したくもない
だけど言わないと何も始まらない気がした

ナチに先生のこと全てを話した
またあの時の気持ちが鮮明に蘇ってくる
ナチは泣きじゃくるあたしを抱きしめながら


「そうだったんだ…話してくれてありがとう、しんどかったよなもっと早く気ずけば良かったごめんな」


「ずっと隠しててごめん」

「喧嘩かなんかしたんかと思ってたけどそういうことだったんだ」

「ずっとヒラが支えてくれてて…」

「ヒラと急に距離感近くなったからあたしらに内緒で付き合ってんのかと思った」

「ヒラないない」

「んははヒラやっぱりないかぁ」


「こんなことがあってもあたしは先生が好きなんだよ…」

「先生に直接聞かねぇの?」

「怖くて聞けない」

「そっか…そうだよな 」
「良いんだ悪いんだかわかんねぇな」
「けどわかった協力する」

「ごめんっ……ありがと」



申し訳なさで涙がまたあふれて、どうしていいか分からなかった


「今キヨっちが何してるか見に行かね?」

「え、いやっうわ!ちょっナチ!」


あたしの返事よりも先にナチはあたしの手を引いて教室を飛び出した



「見に行くだけだからさ」


そうしてテニス部のコートに向かった
グラウンドから聞こえてくる声がだんだん近づいてきて、心臓が嫌なほどドクドクする。


「……ほんとに行くの?」

「見に行くだけ声かけるとかじゃねぇよ」

「うぅ……」


フェンスの影に隠れて覗くと、先生は確かにそこにいた。先生が楽しそうにテニスしてる
しかもリアが仲良さそうに先生とダブルスしてる…

他の生徒も先生しか見てない
なんでそんなにモテてるんだよ……


「きっつ」

「キヨっちって、ホント人気者だな」

「……っ」


胸がまたぎゅっと締めつけられる。息苦しい
また腕を組んで歩いてたあの場面がフラッシュバックする


「あたし好きになる人間違えちゃったかな」

「んな事ねぇよ」


ナチがあたしの手を握った
その手は、あったかくて強かった。
それだけで、涙がまたこぼれそうになる。

先生とふと目があった
満面の笑みでこっちに向かってくる


「あっやばっ」


逃げ出したいのに体が動かない


「えーっとキヨっちこっち来てるけどどうする?」

「えっと……」


「葵じゃん!!!」


あたしの名前呼ばないで!!!
リアとか他の子もあたしに視線が集まる
なんか睨まれてる気がする


先生「お前委員すっぽかすなよ〜暇だったからこっち来ちまったじゃねぇかよ」

葵「………」


なんでそんなに嬉しそうにあたしに話しかけてくるの?
あたしのこと好きだって言ったくせに、抱きしめてきたくせにっ
先生彼女いるんでしょ?
あたしに期待させるだけさせて、
なんなんだよ……


先生「ん?どしたん?てか足怪我してるけど大丈夫か?ほんとお前ドジだなぁ」

葵「……」


返事したいのに今声出したら涙が出てきそう
ごめんね先生あたしはまだまだ子どもなんだな…


先生「葵機嫌わりぃの?」

ナチ「いやそんなことないと思うけどあはは」


ナチがめっちゃ気まずそうに笑ってる
申し訳ない


リア「せーんせっ!試合始まっちゃうよ!!」


リアはあたしに見えるように先生の手を軽く引っ張て、あたしの顔をみて悪い顔してニヤついてる


先生 「おう!戻るわ!」
「じゃあな葵っ!」


そう言ってあたしの頭をなでてコートに戻っていった


「ああっ……」


あたしは無意識にその場から離れて歩いていた
だけどどんどん涙が溢れ出てきて
その場から崩れ落ちてしまった

ずっと先生に触れたかったはずなのに
先生と話したかったはずなのに


「葵っ」


ナチが駆け寄ってきて、しゃがみこんだあたしの肩を必死に抱きしめてくれる。


「ごめんあたしが無理やり連れてこなきゃよかったな」


声を出そうとしたけど、もう喉が詰まってなにも言えなかった。
涙が止まらない。
嗚咽が勝手にこみあげてきて、呼吸も乱れてぐちゃぐちゃだ。

先生の満面の笑み。
リアと並んでる姿。
楽しそうに笑って、みんなに慕われて、最後には――あたしの頭を撫でて。


「誰にでも、そうやって……やんのかな……」

「……葵っ」


口にした瞬間、胸がまた裂けるように痛んだ。
もし、みんなに同じことしてるんだとしたら
もし、あの笑顔も全部「当たり前」で、あたしだけに特別じゃなかったとしたら
あの“好き“はなんだったんだ…


「……ぐっ……ひっく……」


涙と鼻水で顔ぐちゃぐちゃにしながら、あたしはナチにすがりついた。
ナチは何も言わず、ただ背中を優しくさすってくれる。
その温もりで、少しだけ呼吸が整う。
でも、心の奥はどうしようもなく壊れていく。


――帰り道、ずっと下を向いて歩いた。
家に着いた瞬間、靴も脱ぎ捨ててそのまま部屋へ駆け込む。こーすけが「おかえり」って言ってくれたのに返事すら出来なかった

布団に潜り込んで、顔をぐしゃぐしゃに埋めて泣いた。

あの頭を撫でた手の感触が、どうしても消えなくて。
好きなのに苦しいくて心がまた壊れそうでどうしたらいいかわかんなかった。


何故か今は……すっごくヒラに会いたい