あれからもう4週間が経った
今日で夏休みが終わる。
あの日からあたしの世界はなんだか霞んだままだった。
どんなに楽しいことがあっても、どんなに友達と笑っても、その影はずっとあたしの心の中に残っている。
夏休みだというのに、気持ちはまるで冬のように冷えていた。
きっと皆も何があったのか気づいてるはずなのに、気を使って私が言うまで待っててくれている
そんな優しさに今は甘えていたい。
実は昔からなにか辛いことがある度ピアスを開けてしまう癖があって、この4週間で軟骨、リップ、鼻を一人で開けてしまった。痛いけど開けた瞬間は全てを忘れることができる。
リスカするよりはマシだと自分に言い聞かせて
ナチ達にはより一層ギャルになって可愛いって言われたから一石二鳥だと思う
朝、目が覚めてもベッドの中でぐるぐると考え事ばかりして、結局遅くまで布団にくるまってしまう。
外は蝉の声が響いているのに、あたしの胸の中は静かに、だけど重く痛んでいた。
何も手につかない…
勉強をしても、あの光景がフラッシュバックして
勝手に涙がでて、もうどうしたらいいんだよ…
__今の時刻は12時
布団から重たい足を引きずって、ようやくリビングに向かう。
「うわぁまた負けちゃったぁ」
そこには、夏休みが始まってから今日までずっと泊まりに来ているヒラが、床に座ってスマブラをしていた。
もうこいつ住んでるだろ
あの日の出来事でヒラはあたしのこと好きなのか…とか考えて2、3日はソワソワしたけどヒラとの関係が気まずくなることはなかった。
気まずくなるどころか、毎日あたしのメンタルを気にしてくれる。
ヒラがいなかったら今のあたしはきっと鬱になってたかも。
「おはよぉ〜もう昼だよ〜いつまで寝てんの?」
ヒラが振り返って、軽く笑う。
最近この顔見たらなんか落ち着くんだよな…
「おはよ今日もいんの?」
「今日の夜に帰るよ、あおちゃん寂しい?」
ヒラは子どもに話しかけるように言ってきた
「寂しい…」
あたしにしては素直にこんな言葉珍しいかも
ヒラの顔を見ると驚いた顔をしていた
「えっ…どこか頭でも打った?」
「こいつうざ」
あたしはそのままヒラの隣にあるソファに寝転がった
「今日もしんどそうだね」
「うん…けど勉強しねぇと」
志望校…本当は変えたかった。
だけど今更変えても、もう遅い気がしてそのままにしてる
先生と一緒の大学
行きたいけどすっごいモヤモヤする
「でも昨日ちゃんとしたんでしょ?」
「やったよ偉いもんあたし」
「じゃあ今日は夏休み最後だしどっか行こっか」
「嫌」
即答だった。外に出る気力なんて、今のあたしには1ミリもない。
「ほらほら〜たまには外の空気吸わないとさぁ」
わかってるんだよ、あたしの為に言ってくれてるのも全部
わかってるんだけど、今は何もやる気にはならない
「ん?どっか行くの??俺も行く!」
ほらこーすけまで出てきたよ
もう行かないとじゃんこれは
こーすけ「最近あお元気ないし海でも見に行って息抜きしようよ!」
葵「動きたくないんだけど、それこーすけが行きたいだけでしょ」
ヒラ 「よし決まりだね!!行こっか!!」
葵「いやいや決まってないし!」
気づけば、両腕を2人にがっちりホールドされていた。
そのままズルズルと玄関へ。
葵「待て待て!あたしの意見は?!聞こえてます?!」
ヒラ「聞こえてるよ〜でも聞き入れるとは言ってないね」
こーすけ「ほらほら、日焼け止め塗って〜」
…あたしの人権どこいったんだよ
つーかあたしすっぴんだし寝巻きなんだけど…もう!!!
電車に揺られながら見る景色は意外と悪くなくて、普段見ない山並みや、鳥の声が新鮮で居心地が良かった
眠っ……
誰か寝息すごっ
こーすけ爆睡してんじゃん
「まだ着かないし寝てていいよ?こーすけも寝てるしさほら俺の肩使いなよ」
「ん、ありがと」
ヒラはなんでこんなに優しいんだ
ヒラが彼氏だったら幸せなんだろうな…
けど人の家を普通に散らかして放ったらかしにするからちょっと無理かも笑
少しでもそんなことを考える自分がちょっと嫌
先生に距離を置くと決めてもあたしは先生が好き。
これを覆すことはきっとできない。
ヒラいい匂いする…いやこれあたしん家の匂いじゃねぇか
「なーヒラってあたしのどこが好きなの?」
「えっ急に?!!えっと…」
動揺してるのかヒラの肩が少し震えてる
なんでこんなこと聞いたんだろ……
「葵の好きなとこいっぱいあるよぉ」
「例えば頑張り屋さんなとことか、何でも一人で頑張ろうとするとことか、すぐ人と仲良くなれるところ、とにかく純粋で可愛いとこが俺は好きだよ」
そんな簡単に好きって言えるのが羨ましい
いい恋してんな…あたしに向けられた“好き“なのに、他人事のように感じてしまう
「ふーん」
「付き合いたいなんて傲慢なことは言わないからさ」
「何かあったらこーすけでも誰でもなくて俺が1番に、葵のそばにいたい」
「いつもヒラがそばにいてくれてるよ」
あぁこんなこと言ってあたしは何がしたいんだ…
あたしってほんと…
先生に会いたい…
だけど先生は…
「もう寝なよ」
「葵のことだからいらないこと考えてしんどくなるでしょ」
幼馴染ってやっぱりすごいな…
ヒラでここまでわかるんだからナチももうわかってんだろうな…
「うん」
「おやすみ着いたら起こすね」
ヒラの肩に頭を預けたまま、まぶたが勝手に落ちていく。
電車の揺れとヒノキの匂いが混ざって、意識がすーっと遠のいていった。
——ドンッ。
「起きろーあおー!着いたぞ!ヒラも起きろ!」
こーすけの声と、肩をガシガシ揺らされる衝撃で目を開けた。
「…ん〜や〜…眠い…体動かん…」
「んんんおはよぉ〜いい匂いだねぇ」
「よし、じゃあおんぶだな!」
気づけば背中に担がれていた。こーすけの歩幅に合わせて上下する視界。
その揺れがまた眠気を誘って、気づいたらまた夢の中にいた。
——そこはディズニーランドだった。
同じカチューシャを付けて先生と手を繋いで、人混みの中を笑いながら歩いている。
夢の中の先生は、髪をしっかりセットしていて普段しないセンター分け。黒のスボンに白Tシャツを着ていてシンプルなのに、モデルのようだった。
……多分、今あたし目が泳いでる。
かっこよすぎてどこ見ていいか分からない
気づけば先生が、ミッキーの形のアイスを手にしていた。
「これ美味いぞ」
そう言って、あたしに押し付けるみたいに渡してきた。
なのに先生はミッキーの耳を2つ食べてきた
すっごい意地悪そうな顔してニヤニヤしてる
「は?!ミッキーの耳ぃ!!!あたしのじゃないのそれ?ひど!!ミッキー可哀想!!!!」
「うんめぇぇぇ食ったら全部一緒だろ」
「耳も全部食べたかったのに…」
「また後で買ってやっから」
「ゔゔゔぅー!!!」
「唸るな全然可愛くねぇーぞ」
「だってぇー!!」
「もう行くぞ葵」
そう言ってあたしの手を引いて歩き出した
この細くて長いしっかりした手が好きだ
誰よりも1番好き
今はこれが現実だと錯覚していたい
「せんせっ!こっち見て」
「ん?」
先生が振り返った瞬間に写真を撮った
レンズ越しの先生は飾らず自然体でモデルの様に見えた
あぁやっぱかっこいい…
「今日の俺かっけぇだろ〜」
「いやまじで先生かっこいい」
「バーカっ//」
先生が手で顔を覆った。耳が赤く染っていく。
て、照れてる可愛いっ!!!
自分言ったくせに
あぁ好きだよ先生……
その後アトラクションに乗って、降りたあと「楽しかったな」って目を合わせて笑った。
全部が柔らかくて、優しくて、幸せだった。
__場面はシンデレラ城に変わって
目の前には先生の顔がある
ち、近っかぁ//
何このシチュエーション…
まさか……!!
「葵好きだよ」
「へ?きゅ、急に?//」
思わず目線を外してしまう
ちょっとそれはいくら夢の中でもまずいんじゃ……
「こっち見ろ」
先生の手があたしの顔に触れて目線が会う
先生の目があたしを離さないとでも言うかのように力強い
急に何?恥ずかしいよこんなのっ
心臓が飛び出てきそうなくらいドキドキしてる
今から起こることが、鈍感なあたしでさえ予想できる
ここでキス……されたらあたし……
先生の顔が近ずいて来る
先生のまつ毛がこんなに長いなんて知らなかった。
先生の吐息が聴こえる
もうこのまま時間が止まればいい。
ずっと夢の中がいい
あたしは反射的に目を閉じた
「葵…愛してる」
そう言って先生はあたしにキスをした。
それがあたしのファーストキスだった。
夢だからか、感触はよく分からなかったけど
これが現実になれと何度も願った
——その瞬間、はっと目が覚めた。
潮の匂いが鼻をつく。
足元には白い砂浜。背中から降ろされる感覚。
「葵降りて?着いたよ〜」
こーすけがあたしを下ろして頭を撫でてから海の方へ走っていった。子どもみたいに水際ではしゃいでる。
あたしはその場にしゃがみ込んで、さっきの夢を思い出す。
あんな日がもう来るわけない。
あたしと先生が並んで笑う未来なんて、現実には…
気づけば、涙が頬をつたっていた。
「先生……会いたいよ……」
その時だった。
後ろからふわりと、誰かの手が頭を撫でた。
「……ヒラ」
先生よりはでかくないけど少しあったかい手。
何も言わずに、ただ撫でてくれているその優しさに、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
「大丈夫だよ葵」
「ううっっ……あぁ…………」
「我慢しなくていいんだよこーすけになんか聞かれたら俺のせいにしていいから」
ヒラの言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
涙がまだ止まらないけど、どうしてか安心してしまう。
「……ありがとう、ヒラ」
ヒラは小さく笑って、もう一度ゆっくりと頭を撫でる。
その手のぬくもりが、今のあたしには何よりも心強く感じられた。
「こーすけは多分戻ってこないからちょっと休もっか」
こーすけは海辺で無邪気に走り回っていて、波に足を浸しながら笑っている。
それを見て、自然と少し笑みがこぼれた。
でも心の奥底では、まだあの夢の中の光景が鮮明に残っていた。
先生と手を繋いで、笑い合って、アイスを食べて、キスをして——あの幸せな時間は現実では起こらないこと頭ではわかっている。
「夢にね……先生が出てきたんだよ」
ヒラは何も言わずに、あたしの隣に座り、波打ち際を見つめながらそっとヒラの小指があたしの小指を握った。
その手の感触は、夢の中の温もりとはまた違うけど——それでも、今のあたしには充分だった。
あたしは目を閉じて、静かに息を整える。
涙はまだ頬を伝うけど、ヒラがそばにいることで、少しずつ心が落ち着いていくのを感じた。
「明日から学校だね」
「……うん」
返事はしたけど、声は自分でも驚くほど小さかった。
波の音にかき消されそうで、それでいいと思った。
「行きたくない?」
ヒラがあたしの横顔をちらっと見て、優しく聞いてくる。
「一限って先生だよね」
「そうだねまぁ俺もナチもいるし大丈夫だよ」
「あたしは結局どうしたいんだろう…」
さっきまで止まっていた涙がまた頬を伝う
距離を置くなんて今のあたしにできるのだろうか。
まだ付き合ってもいないのに少しずつ依存してる自分がいる。
簡単に諦めきれないそんな自分が凄く嫌
なんであたしを1番にしてくれないの?
なんであたしじゃないの?
なんで……好きって言ったくせに…
あたしは結局二股をかけられていたのかな…
またあの光景がフラッシュバックする
「また変なこと考えてるでしょ」
「ダメだよ自分を責めちゃ」
「はぁぁ……………」
「無理しなくていいからね」
「ありがとう…ほんとヒラっ…ううっ」
ヒラの手が指先から手のひらに変わる。
申し訳ないけどヒラにドキドキはしない
だけど、ヒラにしかこの安心感は生まれなくて
それがすっごく居心地が良い。
「弱ってる葵可愛い」
「は、こわ」
「んふふ」
「よし!海行こっか!!」
「動きたくねぇ」
「ほら行くよ」
そう言ってあたしの手をひっぱって水辺に向かった
波打ち際まで引っ張られて、足元に冷たい海水がかかる。
思わず「つめたぁぁ!!!」と声が出た。
「やっと笑った!!」
「葵は笑った方が可愛いよ」
「お前きっしょ!!」
「またそれぇ!」
その瞬間、少し離れた場所にいたこーすけがこっちを振り向いた。
彼の視線は、あたしとヒラがしっかり手を繋いでいるところに止まる。
やっべっ
あたしは急いでその手を振りほどいた
「なにそれ、最近お前ら距離近くね?付き合ってんの?」
「は?!んなわけねぇだろ」
あたしは即答。
ヒラの方を見ると、耳が少し赤い。
やめてくれよその反応
「ち、違うよ!葵が顔面からコケないようにしたんだよ」
嘘つくなコケねぇよ!!
「ふーん?」
こーすけは意味深ににやつきながら近づいてきた。
「ボーッとすんなよ!葵」
こーすけがあたしに思いっきり水をかけてきた
「うわだっる!!ヒラにかけろよ!!」
あたしもやり返した。ヒラにも少しかけたら「なんで俺まで!」と笑いながら参戦してきて、気づけば3人で本気の水のかけ合い。
服がびしょ濡れになるのも忘れて、ただ無我夢中で笑って、走って、叫んで…
この瞬間だけは何も考えずにいられた
やがて空はオレンジ色に染まり、日が沈む頃になった。
帰りの電車は、3人ともぐったりで会話もほとんどなく、揺れに身を任せるだけ。
何分か経つとこーすけとヒラはあたしの肩にもたれて寝だした
あたしもそのまま目を瞑った
家に着くと、ヒラは荷物を持って玄関に立った。
ヒラ「じゃ、俺そろそろ帰るね!泊まらしてくれてありがと!!」
葵「うん…また明日」
こーすけ「じゃあな!また泊まりに来いよ〜!」
ヒラとこーすけが軽く手を振り合う。
こーすけは「晩飯作るか〜」とキッチンに向かっていった。
あぁ帰っちゃうんだ……
この夏休みずっと騒がしかったな……
もう夏休みも終わるのか…………
ヒラ……もう居ないんだ……
あたしはドアの外に立つヒラの背中を見つめたまま、どうしようもなく悲しい顔をしてる気がする。
ヒラが振り返って
その表情を見た途端、何も言わずにあたしを抱きしめた
「悲しい顔しないの」
「帰れなくなっちゃうじゃーん」
「してねぇよ」
「嘘ついても分かるよ」
「……っ」
「……大丈夫」
低くて落ち着いた声が耳元で響く。
あたしは何も言えず、ただその腕の中で目を閉じた。
あたし気づいた…ヒラを利用して心の穴を埋めてるんだな…
ほんと何やってんだろ…
「……大丈夫だよ」
耳元でそう囁く声が、あたしの全てを肯定してくれてるみたいで、なんか落ち着いた
あたしはそのまま、その胸に顔をうずめた。
ヒラside______
“葵が辛い時傍にいてやりたい“
それは本心だけど、今はそれを利用して葵を抱き締めたり手を繋いだり自分が葵の感情を利用して自分の欲を満たしてるんじゃないかって思うようになった。
俺はこんな事しか葵にしてやれない。それはただのエゴで、俺ってやっばり酷い人間なんだ。
このままじゃダメだと思って、この夏休み中何度も葵と距離を置くことを考えた。
だけど、それで俺が離れてしまったら葵はもう立ち直れないかもしれないと思ってやめた
結局俺は葵に何をしてやりたかったんだ…
実は俺、キヨの連絡先持ってて、あの日のこと全部聞いたんだ。
この前女の人といるとこ見かけたけど彼女できたのか?ってね
キヨは元カノのバッタリ合ってしまって無理やり掴まれてたって言ってた
それを聞いたのにも関わらず葵には真実を話すことをしなかった。
葵が勘違いしてる状況が俺にとって都合が良かったから。少し心は痛いけど
やっと俺を頼ってくれる
俺しか葵の気持ちを知らないから
それが俺の優越感を満たした
ごめんね葵
これが本当の俺なんだ…
葵に頼られるの好きで
今は俺にしか頼れないから、葵が俺にすがりついてるみたいで嬉しかった
葵の“いちばん”じゃなくても、傍にいられる場所があるなら今はそこに居続けたい。
ずっと求めてた場所なんだよ……
それでも、時間が経てば、葵はきっと立ち直って俺のことを必要としなくなるかもしれない。
…いや、多分そうなる。
…もし今、全部を正直に話したら、葵はどうするだろう
もしかしたら、またただの幼馴染に戻ってしまう
それでも、真実を知ったほうが、葵は少しは楽になるかもしれない
だけど俺は口を開かなかった。
またキヨと葵がニコニコ楽しそうに話してる姿を見たくなかった。
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、代わりに葵を抱きしめて
「……大丈夫だよ」
嘘を含んだ優しさを、今日も俺は選ぶ。
その瞬間、葵が俺の胸に顔をうずめてきた。
それでいい。今はそれでいい
俺は、俺の都合でしか動けない最低な人間だから。
だからもう少しだけこのままでいさせて………
ヒラside_____END____
時刻は7時30分
夏休みがあっけなく終わってしまった。
先生に一限から…会う日だ
バサッ!!
こーすけが、くるまっていた布団を剥ぎ取ってきた
「葵〜起きろよー!」
「んー」
「ご飯できてるから」
「んー」
そう言ってこーすけはリビングに帰っていった
まじで行きたくない…
でも、行かないわけにはいかない。
行ったらきっと、何事もなかったように授業が始まって、
あたしは先生の顔を見て、また胸が締め付けられるんだろう。
泣いちゃいそう……
リビングに向かうと、こーすけが朝ごはんを食べながらスマホをいじってた。
今日の朝ごはんはパンにポテトサラダが乗っててすっごく美味しそうだった
「……眠い」
「お前、夏休み明けからそのテンションで大丈夫か?」
「知らん…」
「てか、昨日も聞いたけど葵は先生のこと諦めてヒラと付き合ってんの?」
予想外なことを言われ思わず吹き出してしまった。
「んなわけねぇだろヒラのこと好きじゃねぇよ」
「いやこの夏でほんとさ、距離感おかしいって言うか……付き合ってるみたいだぞお前ら」
「まじでヒラは無いから」
「じゃあ、俺は?」
「あったらやばいっしょ」
「恋愛としてあたしの事見れる?」
「そうだな1ミリも見れないあははは」
「ちょっとは否定しろ!」
そんなくだらない会話をしてると、
少しだけ、さっきまでの重たい気持ちが和らぐ。
靴を履いて外に出ると、夏の終わりの朝の空気がひんやりしていて、
蝉の声がもう遠く感じた。
こーすけが「ほら行くぞ!」と軽く背中を押してきて、
あたしは重たい足を動かした。
——そして、学校へと向かった。
今日で夏休みが終わる。
あの日からあたしの世界はなんだか霞んだままだった。
どんなに楽しいことがあっても、どんなに友達と笑っても、その影はずっとあたしの心の中に残っている。
夏休みだというのに、気持ちはまるで冬のように冷えていた。
きっと皆も何があったのか気づいてるはずなのに、気を使って私が言うまで待っててくれている
そんな優しさに今は甘えていたい。
実は昔からなにか辛いことがある度ピアスを開けてしまう癖があって、この4週間で軟骨、リップ、鼻を一人で開けてしまった。痛いけど開けた瞬間は全てを忘れることができる。
リスカするよりはマシだと自分に言い聞かせて
ナチ達にはより一層ギャルになって可愛いって言われたから一石二鳥だと思う
朝、目が覚めてもベッドの中でぐるぐると考え事ばかりして、結局遅くまで布団にくるまってしまう。
外は蝉の声が響いているのに、あたしの胸の中は静かに、だけど重く痛んでいた。
何も手につかない…
勉強をしても、あの光景がフラッシュバックして
勝手に涙がでて、もうどうしたらいいんだよ…
__今の時刻は12時
布団から重たい足を引きずって、ようやくリビングに向かう。
「うわぁまた負けちゃったぁ」
そこには、夏休みが始まってから今日までずっと泊まりに来ているヒラが、床に座ってスマブラをしていた。
もうこいつ住んでるだろ
あの日の出来事でヒラはあたしのこと好きなのか…とか考えて2、3日はソワソワしたけどヒラとの関係が気まずくなることはなかった。
気まずくなるどころか、毎日あたしのメンタルを気にしてくれる。
ヒラがいなかったら今のあたしはきっと鬱になってたかも。
「おはよぉ〜もう昼だよ〜いつまで寝てんの?」
ヒラが振り返って、軽く笑う。
最近この顔見たらなんか落ち着くんだよな…
「おはよ今日もいんの?」
「今日の夜に帰るよ、あおちゃん寂しい?」
ヒラは子どもに話しかけるように言ってきた
「寂しい…」
あたしにしては素直にこんな言葉珍しいかも
ヒラの顔を見ると驚いた顔をしていた
「えっ…どこか頭でも打った?」
「こいつうざ」
あたしはそのままヒラの隣にあるソファに寝転がった
「今日もしんどそうだね」
「うん…けど勉強しねぇと」
志望校…本当は変えたかった。
だけど今更変えても、もう遅い気がしてそのままにしてる
先生と一緒の大学
行きたいけどすっごいモヤモヤする
「でも昨日ちゃんとしたんでしょ?」
「やったよ偉いもんあたし」
「じゃあ今日は夏休み最後だしどっか行こっか」
「嫌」
即答だった。外に出る気力なんて、今のあたしには1ミリもない。
「ほらほら〜たまには外の空気吸わないとさぁ」
わかってるんだよ、あたしの為に言ってくれてるのも全部
わかってるんだけど、今は何もやる気にはならない
「ん?どっか行くの??俺も行く!」
ほらこーすけまで出てきたよ
もう行かないとじゃんこれは
こーすけ「最近あお元気ないし海でも見に行って息抜きしようよ!」
葵「動きたくないんだけど、それこーすけが行きたいだけでしょ」
ヒラ 「よし決まりだね!!行こっか!!」
葵「いやいや決まってないし!」
気づけば、両腕を2人にがっちりホールドされていた。
そのままズルズルと玄関へ。
葵「待て待て!あたしの意見は?!聞こえてます?!」
ヒラ「聞こえてるよ〜でも聞き入れるとは言ってないね」
こーすけ「ほらほら、日焼け止め塗って〜」
…あたしの人権どこいったんだよ
つーかあたしすっぴんだし寝巻きなんだけど…もう!!!
電車に揺られながら見る景色は意外と悪くなくて、普段見ない山並みや、鳥の声が新鮮で居心地が良かった
眠っ……
誰か寝息すごっ
こーすけ爆睡してんじゃん
「まだ着かないし寝てていいよ?こーすけも寝てるしさほら俺の肩使いなよ」
「ん、ありがと」
ヒラはなんでこんなに優しいんだ
ヒラが彼氏だったら幸せなんだろうな…
けど人の家を普通に散らかして放ったらかしにするからちょっと無理かも笑
少しでもそんなことを考える自分がちょっと嫌
先生に距離を置くと決めてもあたしは先生が好き。
これを覆すことはきっとできない。
ヒラいい匂いする…いやこれあたしん家の匂いじゃねぇか
「なーヒラってあたしのどこが好きなの?」
「えっ急に?!!えっと…」
動揺してるのかヒラの肩が少し震えてる
なんでこんなこと聞いたんだろ……
「葵の好きなとこいっぱいあるよぉ」
「例えば頑張り屋さんなとことか、何でも一人で頑張ろうとするとことか、すぐ人と仲良くなれるところ、とにかく純粋で可愛いとこが俺は好きだよ」
そんな簡単に好きって言えるのが羨ましい
いい恋してんな…あたしに向けられた“好き“なのに、他人事のように感じてしまう
「ふーん」
「付き合いたいなんて傲慢なことは言わないからさ」
「何かあったらこーすけでも誰でもなくて俺が1番に、葵のそばにいたい」
「いつもヒラがそばにいてくれてるよ」
あぁこんなこと言ってあたしは何がしたいんだ…
あたしってほんと…
先生に会いたい…
だけど先生は…
「もう寝なよ」
「葵のことだからいらないこと考えてしんどくなるでしょ」
幼馴染ってやっぱりすごいな…
ヒラでここまでわかるんだからナチももうわかってんだろうな…
「うん」
「おやすみ着いたら起こすね」
ヒラの肩に頭を預けたまま、まぶたが勝手に落ちていく。
電車の揺れとヒノキの匂いが混ざって、意識がすーっと遠のいていった。
——ドンッ。
「起きろーあおー!着いたぞ!ヒラも起きろ!」
こーすけの声と、肩をガシガシ揺らされる衝撃で目を開けた。
「…ん〜や〜…眠い…体動かん…」
「んんんおはよぉ〜いい匂いだねぇ」
「よし、じゃあおんぶだな!」
気づけば背中に担がれていた。こーすけの歩幅に合わせて上下する視界。
その揺れがまた眠気を誘って、気づいたらまた夢の中にいた。
——そこはディズニーランドだった。
同じカチューシャを付けて先生と手を繋いで、人混みの中を笑いながら歩いている。
夢の中の先生は、髪をしっかりセットしていて普段しないセンター分け。黒のスボンに白Tシャツを着ていてシンプルなのに、モデルのようだった。
……多分、今あたし目が泳いでる。
かっこよすぎてどこ見ていいか分からない
気づけば先生が、ミッキーの形のアイスを手にしていた。
「これ美味いぞ」
そう言って、あたしに押し付けるみたいに渡してきた。
なのに先生はミッキーの耳を2つ食べてきた
すっごい意地悪そうな顔してニヤニヤしてる
「は?!ミッキーの耳ぃ!!!あたしのじゃないのそれ?ひど!!ミッキー可哀想!!!!」
「うんめぇぇぇ食ったら全部一緒だろ」
「耳も全部食べたかったのに…」
「また後で買ってやっから」
「ゔゔゔぅー!!!」
「唸るな全然可愛くねぇーぞ」
「だってぇー!!」
「もう行くぞ葵」
そう言ってあたしの手を引いて歩き出した
この細くて長いしっかりした手が好きだ
誰よりも1番好き
今はこれが現実だと錯覚していたい
「せんせっ!こっち見て」
「ん?」
先生が振り返った瞬間に写真を撮った
レンズ越しの先生は飾らず自然体でモデルの様に見えた
あぁやっぱかっこいい…
「今日の俺かっけぇだろ〜」
「いやまじで先生かっこいい」
「バーカっ//」
先生が手で顔を覆った。耳が赤く染っていく。
て、照れてる可愛いっ!!!
自分言ったくせに
あぁ好きだよ先生……
その後アトラクションに乗って、降りたあと「楽しかったな」って目を合わせて笑った。
全部が柔らかくて、優しくて、幸せだった。
__場面はシンデレラ城に変わって
目の前には先生の顔がある
ち、近っかぁ//
何このシチュエーション…
まさか……!!
「葵好きだよ」
「へ?きゅ、急に?//」
思わず目線を外してしまう
ちょっとそれはいくら夢の中でもまずいんじゃ……
「こっち見ろ」
先生の手があたしの顔に触れて目線が会う
先生の目があたしを離さないとでも言うかのように力強い
急に何?恥ずかしいよこんなのっ
心臓が飛び出てきそうなくらいドキドキしてる
今から起こることが、鈍感なあたしでさえ予想できる
ここでキス……されたらあたし……
先生の顔が近ずいて来る
先生のまつ毛がこんなに長いなんて知らなかった。
先生の吐息が聴こえる
もうこのまま時間が止まればいい。
ずっと夢の中がいい
あたしは反射的に目を閉じた
「葵…愛してる」
そう言って先生はあたしにキスをした。
それがあたしのファーストキスだった。
夢だからか、感触はよく分からなかったけど
これが現実になれと何度も願った
——その瞬間、はっと目が覚めた。
潮の匂いが鼻をつく。
足元には白い砂浜。背中から降ろされる感覚。
「葵降りて?着いたよ〜」
こーすけがあたしを下ろして頭を撫でてから海の方へ走っていった。子どもみたいに水際ではしゃいでる。
あたしはその場にしゃがみ込んで、さっきの夢を思い出す。
あんな日がもう来るわけない。
あたしと先生が並んで笑う未来なんて、現実には…
気づけば、涙が頬をつたっていた。
「先生……会いたいよ……」
その時だった。
後ろからふわりと、誰かの手が頭を撫でた。
「……ヒラ」
先生よりはでかくないけど少しあったかい手。
何も言わずに、ただ撫でてくれているその優しさに、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
「大丈夫だよ葵」
「ううっっ……あぁ…………」
「我慢しなくていいんだよこーすけになんか聞かれたら俺のせいにしていいから」
ヒラの言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
涙がまだ止まらないけど、どうしてか安心してしまう。
「……ありがとう、ヒラ」
ヒラは小さく笑って、もう一度ゆっくりと頭を撫でる。
その手のぬくもりが、今のあたしには何よりも心強く感じられた。
「こーすけは多分戻ってこないからちょっと休もっか」
こーすけは海辺で無邪気に走り回っていて、波に足を浸しながら笑っている。
それを見て、自然と少し笑みがこぼれた。
でも心の奥底では、まだあの夢の中の光景が鮮明に残っていた。
先生と手を繋いで、笑い合って、アイスを食べて、キスをして——あの幸せな時間は現実では起こらないこと頭ではわかっている。
「夢にね……先生が出てきたんだよ」
ヒラは何も言わずに、あたしの隣に座り、波打ち際を見つめながらそっとヒラの小指があたしの小指を握った。
その手の感触は、夢の中の温もりとはまた違うけど——それでも、今のあたしには充分だった。
あたしは目を閉じて、静かに息を整える。
涙はまだ頬を伝うけど、ヒラがそばにいることで、少しずつ心が落ち着いていくのを感じた。
「明日から学校だね」
「……うん」
返事はしたけど、声は自分でも驚くほど小さかった。
波の音にかき消されそうで、それでいいと思った。
「行きたくない?」
ヒラがあたしの横顔をちらっと見て、優しく聞いてくる。
「一限って先生だよね」
「そうだねまぁ俺もナチもいるし大丈夫だよ」
「あたしは結局どうしたいんだろう…」
さっきまで止まっていた涙がまた頬を伝う
距離を置くなんて今のあたしにできるのだろうか。
まだ付き合ってもいないのに少しずつ依存してる自分がいる。
簡単に諦めきれないそんな自分が凄く嫌
なんであたしを1番にしてくれないの?
なんであたしじゃないの?
なんで……好きって言ったくせに…
あたしは結局二股をかけられていたのかな…
またあの光景がフラッシュバックする
「また変なこと考えてるでしょ」
「ダメだよ自分を責めちゃ」
「はぁぁ……………」
「無理しなくていいからね」
「ありがとう…ほんとヒラっ…ううっ」
ヒラの手が指先から手のひらに変わる。
申し訳ないけどヒラにドキドキはしない
だけど、ヒラにしかこの安心感は生まれなくて
それがすっごく居心地が良い。
「弱ってる葵可愛い」
「は、こわ」
「んふふ」
「よし!海行こっか!!」
「動きたくねぇ」
「ほら行くよ」
そう言ってあたしの手をひっぱって水辺に向かった
波打ち際まで引っ張られて、足元に冷たい海水がかかる。
思わず「つめたぁぁ!!!」と声が出た。
「やっと笑った!!」
「葵は笑った方が可愛いよ」
「お前きっしょ!!」
「またそれぇ!」
その瞬間、少し離れた場所にいたこーすけがこっちを振り向いた。
彼の視線は、あたしとヒラがしっかり手を繋いでいるところに止まる。
やっべっ
あたしは急いでその手を振りほどいた
「なにそれ、最近お前ら距離近くね?付き合ってんの?」
「は?!んなわけねぇだろ」
あたしは即答。
ヒラの方を見ると、耳が少し赤い。
やめてくれよその反応
「ち、違うよ!葵が顔面からコケないようにしたんだよ」
嘘つくなコケねぇよ!!
「ふーん?」
こーすけは意味深ににやつきながら近づいてきた。
「ボーッとすんなよ!葵」
こーすけがあたしに思いっきり水をかけてきた
「うわだっる!!ヒラにかけろよ!!」
あたしもやり返した。ヒラにも少しかけたら「なんで俺まで!」と笑いながら参戦してきて、気づけば3人で本気の水のかけ合い。
服がびしょ濡れになるのも忘れて、ただ無我夢中で笑って、走って、叫んで…
この瞬間だけは何も考えずにいられた
やがて空はオレンジ色に染まり、日が沈む頃になった。
帰りの電車は、3人ともぐったりで会話もほとんどなく、揺れに身を任せるだけ。
何分か経つとこーすけとヒラはあたしの肩にもたれて寝だした
あたしもそのまま目を瞑った
家に着くと、ヒラは荷物を持って玄関に立った。
ヒラ「じゃ、俺そろそろ帰るね!泊まらしてくれてありがと!!」
葵「うん…また明日」
こーすけ「じゃあな!また泊まりに来いよ〜!」
ヒラとこーすけが軽く手を振り合う。
こーすけは「晩飯作るか〜」とキッチンに向かっていった。
あぁ帰っちゃうんだ……
この夏休みずっと騒がしかったな……
もう夏休みも終わるのか…………
ヒラ……もう居ないんだ……
あたしはドアの外に立つヒラの背中を見つめたまま、どうしようもなく悲しい顔をしてる気がする。
ヒラが振り返って
その表情を見た途端、何も言わずにあたしを抱きしめた
「悲しい顔しないの」
「帰れなくなっちゃうじゃーん」
「してねぇよ」
「嘘ついても分かるよ」
「……っ」
「……大丈夫」
低くて落ち着いた声が耳元で響く。
あたしは何も言えず、ただその腕の中で目を閉じた。
あたし気づいた…ヒラを利用して心の穴を埋めてるんだな…
ほんと何やってんだろ…
「……大丈夫だよ」
耳元でそう囁く声が、あたしの全てを肯定してくれてるみたいで、なんか落ち着いた
あたしはそのまま、その胸に顔をうずめた。
ヒラside______
“葵が辛い時傍にいてやりたい“
それは本心だけど、今はそれを利用して葵を抱き締めたり手を繋いだり自分が葵の感情を利用して自分の欲を満たしてるんじゃないかって思うようになった。
俺はこんな事しか葵にしてやれない。それはただのエゴで、俺ってやっばり酷い人間なんだ。
このままじゃダメだと思って、この夏休み中何度も葵と距離を置くことを考えた。
だけど、それで俺が離れてしまったら葵はもう立ち直れないかもしれないと思ってやめた
結局俺は葵に何をしてやりたかったんだ…
実は俺、キヨの連絡先持ってて、あの日のこと全部聞いたんだ。
この前女の人といるとこ見かけたけど彼女できたのか?ってね
キヨは元カノのバッタリ合ってしまって無理やり掴まれてたって言ってた
それを聞いたのにも関わらず葵には真実を話すことをしなかった。
葵が勘違いしてる状況が俺にとって都合が良かったから。少し心は痛いけど
やっと俺を頼ってくれる
俺しか葵の気持ちを知らないから
それが俺の優越感を満たした
ごめんね葵
これが本当の俺なんだ…
葵に頼られるの好きで
今は俺にしか頼れないから、葵が俺にすがりついてるみたいで嬉しかった
葵の“いちばん”じゃなくても、傍にいられる場所があるなら今はそこに居続けたい。
ずっと求めてた場所なんだよ……
それでも、時間が経てば、葵はきっと立ち直って俺のことを必要としなくなるかもしれない。
…いや、多分そうなる。
…もし今、全部を正直に話したら、葵はどうするだろう
もしかしたら、またただの幼馴染に戻ってしまう
それでも、真実を知ったほうが、葵は少しは楽になるかもしれない
だけど俺は口を開かなかった。
またキヨと葵がニコニコ楽しそうに話してる姿を見たくなかった。
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、代わりに葵を抱きしめて
「……大丈夫だよ」
嘘を含んだ優しさを、今日も俺は選ぶ。
その瞬間、葵が俺の胸に顔をうずめてきた。
それでいい。今はそれでいい
俺は、俺の都合でしか動けない最低な人間だから。
だからもう少しだけこのままでいさせて………
ヒラside_____END____
時刻は7時30分
夏休みがあっけなく終わってしまった。
先生に一限から…会う日だ
バサッ!!
こーすけが、くるまっていた布団を剥ぎ取ってきた
「葵〜起きろよー!」
「んー」
「ご飯できてるから」
「んー」
そう言ってこーすけはリビングに帰っていった
まじで行きたくない…
でも、行かないわけにはいかない。
行ったらきっと、何事もなかったように授業が始まって、
あたしは先生の顔を見て、また胸が締め付けられるんだろう。
泣いちゃいそう……
リビングに向かうと、こーすけが朝ごはんを食べながらスマホをいじってた。
今日の朝ごはんはパンにポテトサラダが乗っててすっごく美味しそうだった
「……眠い」
「お前、夏休み明けからそのテンションで大丈夫か?」
「知らん…」
「てか、昨日も聞いたけど葵は先生のこと諦めてヒラと付き合ってんの?」
予想外なことを言われ思わず吹き出してしまった。
「んなわけねぇだろヒラのこと好きじゃねぇよ」
「いやこの夏でほんとさ、距離感おかしいって言うか……付き合ってるみたいだぞお前ら」
「まじでヒラは無いから」
「じゃあ、俺は?」
「あったらやばいっしょ」
「恋愛としてあたしの事見れる?」
「そうだな1ミリも見れないあははは」
「ちょっとは否定しろ!」
そんなくだらない会話をしてると、
少しだけ、さっきまでの重たい気持ちが和らぐ。
靴を履いて外に出ると、夏の終わりの朝の空気がひんやりしていて、
蝉の声がもう遠く感じた。
こーすけが「ほら行くぞ!」と軽く背中を押してきて、
あたしは重たい足を動かした。
——そして、学校へと向かった。



