気まずい空気の中あたしは口を開いた



「ねぇ、やばいよ」



あたしの声が、静まり返った教室に響いた。

先生は顔を伏せたまま、
ふっと息を吐いて、あたしを見た。



「まぁいいじゃん」

「あ、あたしは先生だけだからっ」

「わかってるよ、わかってるけどムカつく」
「安易に触られんなよお前もっ」

「撫でてくるなんて思わなかった」

「あいつがお前のこと好きなことくらい、そろそろ気づけよ鈍感が」

「いつも鬱陶しいくらい話しかけてくるけど、そんな好かれてるなんて…」

「日頃から距離近ぇんだよ、まじで嫌」




先生意外とメンヘラ系なんだ笑笑



この嫉妬すっごい好きかも
なんかこうやって愛されてるって伝わる





「葵が他の男と笑ってるの、あんま見たくねぇの」

「……なにそれ、ずるい」

「はぁ俺小学生みたいだわ」

「でも嬉しいよ?」



先生があたしの頭に触れた
さっきのを上書きするかのように。




「正直こーすけが葵の頭撫でるのも嫌」
「ラーヒーとかフジと楽しそうに話してるのも…」



「俺だけじゃだめなの?」



先生が泣きそうな顔で言ってきた



「…ごめんなんか俺、変だわ」



その顔がちょっと面白くて、愛おしくて笑ってしまいそうになるのをなんとかこらえた。


でもそういうとこ、ほんと不器用で可愛い。



「変じゃないよ」
「あたしは、先生しか見てない」



先生の顔が赤くなった



「子ども相手に嫉妬してる俺だっせぇ」



先生があたしの髪をぐちゃぐちゃにする



「それやめれる?結構嫌なんだけど」



先生が笑ってる
やっと元の先生に戻った気がした



「そう言ってくれるのは嬉しいけど
俺、どんどん欲張りになってる気がすんの」


「あたしは嬉しいよ?」


「もっと葵に触れたいし、誰にも見せたくないし、ずっと傍にいたい」




これもう告白じゃん…
心臓のドキドキがさっきから止まらない
先生も耳を真っ赤にさせて話してるのも
愛おしくてたまらない




「俺が教師じゃなかったら…って最近めっちゃ考えるんだよ」


「それは私もだよ…」

「葵っ」




静かな夕暮れの教室。
チャイムは鳴らない。
まるで、世界がこの二人だけを残して止まったみたいに。


先生は立ち上がって、あたしの隣に来た



「これが…ご褒美ってことにしよう、どうせもう俺らしかいねぇし」



そう言って先生があたしを抱きしめた。


「せ、先生っ?!」


「ごめん…このままでいさせてくれ」



さっきまで誰かに奪われそうで必死だったくせに。





こうして先生の腕に抱き込まれてしまえば、
息が詰まりそうなほど安心する。






ただ、今だけは先生を独り占めしたい。






「ねえ、先生」






小さな声が、教室の静けさを破る。





「あたしのこと好きでも先生は、これ以上何もしないの?」





先生の手が、ぴたりと止まった。
背中に回っていた腕の力も、少しだけ緩む。


何聞いてんのあたし…





「……急になんだよ、するわけないだろ」



それは正しすぎる答え。
教師と生徒。
超えてはいけない線。

今は抱き合ってしまってるけどね




「そりゃそうだよね」




声が震えるのは、気のせいじゃなかった。




「玲斗くんだったら、あたしのこと“女の子“として見てくれるよ」




意地悪で、嘘みたいな言葉。
けど、先生の表情が変わるのが見たかった。
あたしを“取られそうになった”時の、あの顔を




案の定だった。



先生があたしから離れて、ギュッとあたしの腕を掴む。



「お前、それ本気で言ってんの?」
「俺がお前のこと女として見てねぇって思ってんの?なに?」


「さぁ、どうだろ」


「訳わかんねぇわ、俺怒るぞ」
「冗談でも面白くねぇよ」

「怒ったって、先生は何もしてくれないじゃん」




わざと煽るように笑ったその瞬間。




「…するよ」
「本気で、お前が他の男に取られるって思ったら……俺、教師だろうがなんだろうが、自分を止められる自信ない」




心臓が跳ねる音が、耳の奥で響いた。




「じゃあ、今は?」




掠れる声で聞くと、先生は少しだけ目を伏せて、




「……今は、ギリギリの理性で耐えてる」




そう言って、もう一度強く抱きしめてきた。


ダメなことだとわかってるけど、今は、今だけはこのまま先生に抱きしめられていたい




「じゃあ、せめて今日くらいは“好き“って言って?」
「ご褒美として」


付け足すように加えた“ご褒美“、今あたしには凄く都合がよかった




長い沈黙が続く




「ほんとに言っていいの?俺ストッパー効かなくなるぞ」

「効かなくなっていいよ」



そして、先生が吐息のように耳元で




「葵…好きだよ誰にも渡したくないくらい」





ずっとその言葉が聞きたかった
先生から好きだと言われたかった




頬に熱が広がる。
先生も恥ずかしいのか、あたしの肩に顔を押付けてる



あぁ好きだ。本当にこの人が好き
先生だから、かっこいいフィルターがかかってるとかそんなんじゃなくて、きっとこの清川っていう人間が好きなんだろうな。



あたし今すっごく幸せ
2週間頑張ってよかったわ



涙がこぼれる寸前で、どうにか笑ってみせた。


先生の手が私の頬に触れる



「あぁ、ほんと可愛いな葵」

「バカっ」


先生はあたしの顔を見て愛おしそうにしてる
これが幸せなんだね



「俺の事好き?」


「…きっ//」


「なに?聞こえない」

「好きだよっ//」


「誰のことが?」


「わかってるくせにっ!!!」



この人はずるい。
あたし以外にこんなことしないで欲しい


「で、誰が好き?」

「き、清川先生が…好きっ」



先生の顔が真っ赤になる。リンゴみたいに




「あぁまじで、俺今死ねるわぁ!!」



なんてそんな幸せそうに笑うんだよ。
早く卒業して先生と付き合いたい



「俺さ…」


「なに?」


「葵の笑顔も、怒った時の顔も、泣いた時の顔も、ドジなとこも全部可愛くて、俺だけが見たいし…俺だけがお前を守りてぇの、だから……本気で葵が好きなんだよ」



先生が感極まって泣きながらそう言った
あたしもそれをみて思わず泣いてしまった






「先生っ…」



「あぁやべぇほんと恥ずかしい!!お前が責任取れよ!!」


「え、あたし!?」


あたしから距離をとって、頭をぐしゃっとかきながら、でも目は逸らさずにこっちを見てくる


「…葵好きだよ」




何度も聞き返したくなるくらい、
あたしの名前を呼ぶその声が、優しすぎて。

そのあとふたりとも何も言わなくなって、
ただ静かに見つめ合った。

言葉よりも伝わるものが、たしかにそこにあった。




「もう帰るか」

「え、もう?」

「このまま一緒にいたら俺、普通にキスとかして襲いそう!!」

「うわぁぁこの変態!!」



あたしは先生のお腹を殴った



「いってぇな!まだしてねぇだろ!!!」

「してないけど、そういう気持ちになるのがもうアウトなんだよっ!!」

「なにその判定厳しすぎん?」
「俺がお前のことちゃんと女として見てるからいいだろ!!」

「うるさいっ!先生が変態なのは事実!!」



あたしがそう言うと、先生はめっちゃくちゃ笑顔になった。この変態教師が



「いや、でもまじで危なかったわ」

「え?怖っ」

「今日のお前、ちょっと可愛すぎたからさ」



その声があまりにも優しくて、ちょっとだけ胸がぎゅってなる。



「じゃあ、明日からはもうちょっとブサイクなるわ」

「やめろこれ以上ブサイクになるなよ」

「お前ぶち殺すぞ!!!」


「ぎゃはははは冗談だわあ!」
「葵は誰よりも可愛いよ」


「なにそれっ」



言い返せないくらい、ずるい言葉。

そんなことさらって他の人にも言っちゃうんだろな。


…あたしだけがいい




「もう帰る!!!先生のこと、もっと好きになりそうだから!!!」

「くっそ!!なんでこいつこんなに可愛いんだよ!!」




そう言って先生はまたあたしを抱きしてめてくれた


背の高い先生に全身包まれるのが、すっごい幸せ
ですっごい落ち着くの


気づくともう7時半になっていて外は暗かった。

先生といると、時間を忘れるくらい楽しい。





先生は家の前まで送ってくれた

帰り道、先生の横顔を見ながら思う。

早く卒業したい。早く、先生の彼女になりたい。



「なぁ」



先生が、急にこっちを見てきた。




「ほんとこの2週間お前のアホさに付き合わされたわ、俺の時間返せ」

「はぁぁこいつだる」
「またその話かよあたし頑張ってただろ!」

「頑張ってた奴が毎日遅刻するかバカ」

「それでも来たんだからえらいでしょ!?」

「はいはい、偉い偉い感動した〜!」

「あぁぁぁ!!まじでうざいって!!」








あたし何よりもこの時間が好きだ。
何気ない、友達みたいなやり取り。
さっきの甘い空気も悪くないけど
…やっぱ、こういうのが一番“私たちらしい”かも。







くだらないことで笑って、無駄に言い合って。
気を張らずにいられる、そんな先生との時間が、
あたしは、何よりもお気に入り。






「はーマジで、あれだけ怒鳴って声枯らしたの、人生で初めてだわおかげで夏バテする暇もなかった。……ほんとどうしてくれんの?」

「知らんがな!逆に良かっただろ」


「俺のご褒美も、もう1個くれよ」

「なによ」


「それはもちろん…」


「却下!!!」

「まだ言ってねぇだろが!!なに?俺の思考読まれてんの?怖ぇよ、通報するわ」

「先生が言い出すのろくなもんねぇじゃん」
「こっちが通報してぇわこの変態教師!」

「お前ほんっと生意気だな!くそっ、ほんと2週間よく耐えたわ俺マジで」




その後もしばらく文句を垂れ流す先生。
うざいけど、なんだかんだずっと隣を歩いてくれてる。



そしてふと、歩くスピードを緩めて、前を向いたまま先生が言った。





「まぁ、でもお前ちゃんと頑張ってたよな」

「……へ?」

「バカなりに、な。……ほら感謝しろよ、優しい俺に」

「なにその言い方ぁぁぁ!素直に褒めろや!!」

「じゃあこう言うか?“葵はすごいよ、天才だよ、マジで可愛いよ〜”」

「きっしょ!!」

「褒めてんのにきしょいはねぇだろ!!」




先生がニコニコしながら、またあたしの髪の毛をぐちゃぐちゃにしてくる




その瞬間先生と何秒か目が合う


時が止まったみたいにずっと見つめ合って





「お前といるとほんと調子狂うわ」

「何それ」





いつものみたいにふざけた声じゃなかった。


普段見せない大人みたいな顔して、こっちを見てくる。
今すぐにでも抱き締めたいとでも言うかのように


こういう時はどうすればいいんだろう



あたしはこう言った







「ねぇ先生大好き」

「俺も葵が好きだよ」







先生が耳を真っ赤にして、欲しかった答えを言ってくれた。


きっと今は、今日だけはこれが正解だから…



あたしと先生の特別な日。



この好きな気持ちが、一緒なのがこんなに幸せで嬉しいんだと実感させられたんだ。



それから、お互いなんか変な距離感でよそよそしくなって



普段なら無言でもなんとも思わないのにすっごく気まずくなって



あたしが「天気いいね」って言ったら、先生が「職場のエレベーターかここは」って言って吹き出して笑った。なんなら5分くらい笑い止まらなかった



なんか…付き合いたてのカップルみたいだった。




家の前に着くとグータッチしてバイバイした





明日から1ヶ月会えなくても、連絡先を交換しなくても、先生と心で繋がってる気がした。



この距離、この空気、全部が愛しくて。
いつか堂々の手を繋いで歩ける日が来たら、また思い出すんだろうな。
この夏の放課後。

先生とあたしだけの秘密。





とある日の夏休み続く…