教室に戻ると、すでに放課後のざわめきは薄れていて、教室には数人の生徒しか残っていなかった。

私は自分の席に座って、さっきのことを思い返してた。

瀬那くんの指。
声。
髪に触れたときの、あのドキッとする距離。

(……ずるい)

ずっと「怖い人」だと思ってたのに。
噂通りの「不良」だって信じてたのに。

こんなふうに、優しく触れられたら。
距離が近づいたら。
もう、きっと意識してしまう。

「……おい」

不意に呼ばれて、顔を上げた。

瀬那くんが、私の机の横に立ってる。

「これ、やる。昼、何も食ってなかったろ?」

手にしてたのは、コンビニの袋。
中にはサンドイッチと、紙パックのカフェオレ。

「え……?」

「女って、すぐ倒れるとか言うし。食っとけよ」

「……私、そんなに弱そうに見える?」

「そういうんじゃねぇし」

彼はほんの少しだけ、視線を逸らした。

「前に、保健室で倒れたやつ……あれ、お前だろ?」

「……っ、見てたの?」

「お前が知らねぇうちに、俺はわりと見てんだよ」

ぐっと胸が熱くなった。

(そんなの、ずるい)

優しさに慣れてないせいか、彼の言葉は全部まっすぐ胸に刺さる。

「……ありがとう、瀬那くん」

「瀬那、ってさっき言ったじゃん」

「……瀬那、ありがとう」

「ん」

彼はそれだけ言って、自分の机に座った。
それでも、どこか照れ隠しみたいに耳が赤いのが、なんだかかわいくて。

私はサンドイッチの袋を握りしめながら、そっとつぶやいた。

「……やっぱり、ずるいよ」

「は?」

「何でもない!」

不器用な君は、ちょっと怖くて、だけど――
少しずつ、優しさで私の心を埋めていく。

きっとこれが、始まりなんだ。

“好き”になってしまう、初めの一歩。