第1話『不器用な君は、ヤンキーでした』

――後半――

「……え? なんで、あたし?」

校舎裏。
人気のない場所に立っていたのは、たった二人きり。

あたし、一ノ瀬叶愛(いちのせ・とあ)。
そして目の前にいるのは、学校一の不良――神咲瀬那(かんざき・せな)。

真っ黒な制服の上着を無造作に羽織り、ポケットに手を突っ込んだまま、じっと見下ろしてくる鋭い視線。
端正すぎる顔立ちが、どこか影を落とすように冷たくて……でも、どこか色っぽくも見えた。

「……なんで、あたしを呼んだの?」

精一杯、落ち着いてるフリして、声を出した。
内心では心臓が暴れまくってる。

瀬那くん。
あたし、ずっと避けてた。というか、話したことすら、今日が初めて。

だって、怖いんだもん。
いつも教室じゃ見かけないし、廊下で目が合っても睨まれるし。
“喧嘩してない日がない”って噂もあって、みんな近づかないようにしてた。

けど今日、瀬那くんは……突然、あたしを呼び出した。

「おまえ、……誰にオレの話、聞いた?」

「え?」

「今日、屋上で。おまえ、誰かと話してただろ。オレの話」

息を呑んだ。

まさか、聞かれてた……?

「……その、クラスの子が、瀬那くんって怖いって言ってて。それで、ちょっと……」

瀬那くんの眉が、ピクリと動いた。
けど、それ以上は何も言わず、ただポケットの中で煙草の箱を指でいじっている。
(吸わないって噂だったけど、持ってるのね)

「……別に。聞かれたのが嫌だったとかじゃねぇよ」

「……じゃあ、なんで呼んだの?」

「おまえが、俺をどう見てるか。……気になった」

言葉を失った。
……え?

「人の噂、信じるタイプか? それとも、自分の目で確かめるか?」

どうして、そんなこと聞いてくるの……?
瀬那くんの言葉は、どこまでも真っ直ぐで。
その瞳には、嘘がなかった。

「……自分で、確かめたいって思うよ」

そう、答えていた。

ほんとは、怖いし、距離も取りたかった。
だけど、瀬那くんの目を見てたら……なんか、うまく言えないけど、そう言わなきゃって気がした。

彼の唇が、すこしだけ上がった。

「へぇ。……見かけによらず、肝すわってんな」

「べ、別に……!」

その笑顔に、胸がギュッとなる。
怖いはずなのに、なんでだろ。
初めて見た“笑った顔”に、目が離せなかった。

「……よし。じゃあ、おまえのために、ちょっとだけ良いことしてやる」

「え?」

「これ、落としたろ」

そう言って、瀬那くんが制服のポケットから出したのは――
……あたしの、ハンカチ。

え。いつ落としたの? っていうか、いつ拾ったの?!

「あっ……ありがとう」

「柔軟剤、ラベンダー系か。おまえっぽいな」

「え、わかるの!? すご……」

「……そんなことより、次落とすときはもう拾ってやんねーからな」

なんでそんな照れたように言うの。
っていうか、それって優しすぎない……??

「えっと、あの……」

言葉を選びながら、あたしは彼の顔をじっと見た。
無意識に、どこか気になって仕方なかったその目。
普段は鋭くて、近寄りがたいのに……
今は少しだけ、優しさがにじんで見えた。

「……本当は、優しいんだね」

「は?」

「だって、あたしがハンカチ落としたの、気づいて拾ってくれて……しかも、わざわざ返してくれて……」

「ちげぇよ」

「え……?」

瀬那くんは、ふいに顔を背けて、ぽつりと呟いた。

「おまえが落としたの、拾ったってだけ。
別に、優しいとか、そーいうんじゃ……ねぇから」

照れてる。
え、ちょっと待って……この人、めっちゃ不器用じゃん。

「ふふっ……ありがと、瀬那くん」

そう言ったら、彼は――驚いたようにこっちを見て、目をそらした。

そのあと。
瀬那くんは何も言わず、スタスタとその場を立ち去っていった。
無言のまま、だけどなんだか――すごく、ドキドキしてた。

 

*  *  *

次の日。
登校してすぐ、友達に呼び止められた。

「叶愛、あんた昨日……放課後どこにいたの?」

「え? どこって……別に、ちょっと、校舎裏で……」

「でしょ!? 見た子いるよ、なんかヤバい男と話してたって!」

「ヤバい男って……」

「それって、まさか――神咲瀬那?」

「えっ……!?」

うそ。もう、バレてる??

「何話してたの!? てか大丈夫だった!? 怪我してない!?」

「ちょ、待って!? 全然そんなじゃないよ! 普通に……話しただけで……」

「えぇ~~!? マジで!? ヤバいって、ほんとに気をつけなよ! あいつ、去年とか……」

そう。
こうして、あたしと瀬那くんの“接触”は、クラス内で一気に噂になった。

でも。

あの時、あたしの手に残った、ラベンダーの香りのハンカチ。
彼の手に渡っていたなんて、ちょっとだけ、くすぐったくて……。

少しだけ。

瀬那くんのこと、知りたくなってた――。

 

――つづく