週末。空は少し曇っていて、雨が降りそうな匂いがした。

待ち合わせは、駅前の小さなベンチ。

瀬那は、いつも通りの制服じゃなくて、私服だった。
なのに、どこか「らしく」なくて――
不思議と、胸がざわついた。

 

「……来てくれて、ありがとな」

「当たり前でしょ。今日は、話したいことがあるんでしょ?」

 

瀬那は少しだけうつむいて、深く息を吐く。

「うん……叶愛に、話さなきゃって思ってた。……ずっと隠してたことがある」

 

その言葉に、胸の奥がぎゅっとなる。

(隠してた……こと?)

 

「昔、俺……好きだった人がいた」

 

私は、何も言えなかった。
その一言で、心が止まる。

 

「凛音のことじゃない。……もっと前。中学の頃」

 

「……うん」

 

「その人は、すごく明るくて、ちょっと変わってて……でも、俺のことを“必要だ”って、言ってくれた。誰よりも、真っ直ぐに」

 

瀬那の手が、小さく震えてるのが分かった。

 

「……でも、ある日突然いなくなった。理由も何も言わずに。……俺が、壊したのかもしれないのに」

 

「……名前、教えてもらってもいい?」

 

瀬那は、しばらく黙って――小さく呟いた。

「……紗和」

 

その名前を聞いた瞬間、胸の奥がざらっとした。

知らないはずなのに、どこかで聞いたことがあるような……妙な感覚が、体を支配してく。

 

「その人のこと、……まだ想ってるの?」

 

私の声が少しだけ震えたのを、瀬那は気づいたかもしれない。

でも彼は、まっすぐに私を見て、首を振った。

 

「違う。俺は……あのとき、“ちゃんと想う”ってことが分からなかった。だから向き合えなかった。傷つけて、逃げた。……それが、ずっと怖くて」

 

「今、俺が叶愛といるのは……“代わり”じゃない。俺は、ちゃんと、叶愛が好きで、叶愛と生きたい」

 

その言葉に――少し、涙が溢れた。

静かに。でも、確かに。

 

「……ありがとう、話してくれて」

 

「怖かった。でも、ちゃんと伝えたかった」

 

「ううん……話してくれて、ほんとに嬉しかったよ」

私は、そっと瀬那の手を握る。

「だって、こうして繋いでる手は……過去の誰でもない。今の“私”が、選んでるんだから」

 

瀬那の瞳が、かすかに潤む。

「叶愛……俺、これから先もずっと、お前とちゃんと向き合いたい」

「じゃあ、向き合って。わたしの全部に」

 

彼の手が、そっと私の頬に触れる。

それは優しくて、あたたかくて――
ずっと、欲しかった温度だった。

 

「……好きだよ、叶愛」

「わたしも。瀬那が、好き」

 

ふたりの間に、確かな温度が灯る。

 

壊れかけた過去。

癒えない傷。

でも――それでも、触れてほしかった心。

 

その全部を、いま確かに包み込んでいる。

 

* * *

 

その夜、瀬那から届いたLINE。

【お前がいたから、ちゃんと前を向けた。……俺の全部、叶愛に預ける】

 

私は、微笑んで返信する。

【受け取るよ。全部。だから、これからも隣にいて】

 

心が、じんわり温かくなる。

私たちの“恋”は、まだ始まったばかりだ。