私立・鳳凰学園(ほうおうがくえん)。
都内でも指折りの進学校にして、芸能人の子息や企業の御曹司、政治家の娘なんかも通ってくる、ちょっと“異色”な自由校風の高校。スカート丈とか髪色とか、いちいちうるさく言われないから、生徒もどこか洗練されていて、ちょっとだけ大人びて見える。
私はここで3年目を迎える。
最後の高校生活、正直それなりに穏やかで楽しい1年にしたかった。
だけど。
「え、3組?マジで瀬那いるじゃん、やば〜!」
その名前に、また心臓がピクリと動いた。
教室の前に貼り出されたクラス表。
私は“3年3組”になったらしい。見慣れた名前の中に、ひとつだけ異彩を放つそれがあった。
――神咲 瀬那(かんざき せな)
「うわー…終わったわ。毎日命の危機じゃん。あいつ機嫌悪いと目つけてくるし」
「てか、瀬那って…ぶっちゃけ顔だけは良くない?不良なのもったいな〜」
「いや顔良すぎ。目とかガチでやばい。犯罪級のかっこよさってあれのことじゃん」
ざわざわと教室の前で盛り上がる女子たち。
その中心にいる“名前”が、校内でどれだけの存在感を放っているかなんて、わかりきってる。
でも、私は――。
「……同じクラスかぁ」
声に出すと、ほんのり重たい空気が胸の奥をくすぐった。
瀬那と同じクラス。
ヤンキー。喧嘩。怖い。なのに、どうしてかその名前を聞くと少しだけ気になる。
“気になる”なんて、そんな軽い感情じゃないかもしれない。
初めて見たのは去年の文化祭。2年と3年の合同バンドステージ。ステージ袖で静かにタバコをくゆらせてた(もちろん違反)あの姿を、私の目が捉えた瞬間――。
忘れられなくなった。
目が合った。
一瞬だったけど、確かに見られた。
なのに、怖くないって思った。
……あの時からずっと、私、神咲瀬那のことを、知りたいと思ってる。
*
「お前、そこ空いてる?どけ」
「……え?」
ガタッと音を立てて私の隣に座ったのは、まさにその“神咲瀬那”だった。
この春から、私の座る席の右隣――そこが、彼の指定席。
つい、呼吸が止まる。
目を合わせたら、何かが始まってしまいそうで。
視線を外したら、今この瞬間を逃してしまいそうで。
「……って、は?」
ふと、瀬那が私の顔を見て、眉をひそめた。
「何見てんの。てか、前もどっかで……」
「!」
……やっぱり、覚えてる?
違うって思ってた。でも、今の目。今の言葉。
絶対に――。
瀬那は、私を覚えてる。
……去年の、あの一瞬の目線。
ステージの横。喧騒の中、ふたりきりみたいに感じたあの時間。
「お前、誰?」
その言葉は冷たいようで、どこか引き寄せられるような響きを持っていた。
私は答える。勇気を出して。
「一ノ瀬叶愛。3年3組。同じクラス……だよね?」
瀬那はほんの少し、口角を上げた。
笑ったのか、嘲ったのか、まだわからない。
でも――この日を境に、私の最後の高校生活は、“彼”と一緒に動き始めた。
(後編につづく)

