私立・鳳凰学園(ほうおうがくえん)。
都内でも指折りの進学校にして、芸能人の子息や企業の御曹司、政治家の娘なんかも通ってくる、ちょっと“異色”な自由校風の高校。スカート丈とか髪色とか、いちいちうるさく言われないから、生徒もどこか洗練されていて、ちょっとだけ大人びて見える。

私はここで3年目を迎える。
最後の高校生活、正直それなりに穏やかで楽しい1年にしたかった。

だけど。

「え、3組?マジで瀬那いるじゃん、やば〜!」

その名前に、また心臓がピクリと動いた。

教室の前に貼り出されたクラス表。
私は“3年3組”になったらしい。見慣れた名前の中に、ひとつだけ異彩を放つそれがあった。

――神咲 瀬那(かんざき せな)

「うわー…終わったわ。毎日命の危機じゃん。あいつ機嫌悪いと目つけてくるし」

「てか、瀬那って…ぶっちゃけ顔だけは良くない?不良なのもったいな〜」

「いや顔良すぎ。目とかガチでやばい。犯罪級のかっこよさってあれのことじゃん」

ざわざわと教室の前で盛り上がる女子たち。
その中心にいる“名前”が、校内でどれだけの存在感を放っているかなんて、わかりきってる。

でも、私は――。

「……同じクラスかぁ」

声に出すと、ほんのり重たい空気が胸の奥をくすぐった。

瀬那と同じクラス。
ヤンキー。喧嘩。怖い。なのに、どうしてかその名前を聞くと少しだけ気になる。

“気になる”なんて、そんな軽い感情じゃないかもしれない。
初めて見たのは去年の文化祭。2年と3年の合同バンドステージ。ステージ袖で静かにタバコをくゆらせてた(もちろん違反)あの姿を、私の目が捉えた瞬間――。

忘れられなくなった。

目が合った。
一瞬だったけど、確かに見られた。
なのに、怖くないって思った。

……あの時からずっと、私、神咲瀬那のことを、知りたいと思ってる。



「お前、そこ空いてる?どけ」

「……え?」

ガタッと音を立てて私の隣に座ったのは、まさにその“神咲瀬那”だった。

この春から、私の座る席の右隣――そこが、彼の指定席。

つい、呼吸が止まる。

目を合わせたら、何かが始まってしまいそうで。
視線を外したら、今この瞬間を逃してしまいそうで。

「……って、は?」

ふと、瀬那が私の顔を見て、眉をひそめた。

「何見てんの。てか、前もどっかで……」

「!」

……やっぱり、覚えてる?

違うって思ってた。でも、今の目。今の言葉。
絶対に――。

瀬那は、私を覚えてる。

……去年の、あの一瞬の目線。

ステージの横。喧騒の中、ふたりきりみたいに感じたあの時間。

「お前、誰?」

その言葉は冷たいようで、どこか引き寄せられるような響きを持っていた。

私は答える。勇気を出して。

「一ノ瀬叶愛。3年3組。同じクラス……だよね?」

瀬那はほんの少し、口角を上げた。
笑ったのか、嘲ったのか、まだわからない。

でも――この日を境に、私の最後の高校生活は、“彼”と一緒に動き始めた。

(後編につづく)