「瀬那、ほんとに今日うち来るの?」

「言ったろ?約束したじゃん」

 

放課後の昇降口で、私の顔をじっと見て笑う瀬那。
少し照れくさくて、私は視線を外した。

 

(……本当に来ちゃうんだ)

彼がうちに来るのは、初めてじゃない。
でも「家族がいる状態」で、ちゃんと家に上がるのは初めてだった。

 

「じゃあ、今日うちの夕飯、覚悟してね」

「怖いこと言うなよ」

「フフ。うち、ママの料理は美味しいけど……パパが話長いの」

 

「……社長って、やっぱ話し出すと止まんない?」

「そう。ずーっと、仕事の武勇伝とか」

「それ、気絶する自信あるわ」

 

そんなやりとりを交わしながら歩く帰り道。
少しだけ、私の心は浮かれてた。

でも――それは、ほんの“少しだけ”。

 

(……家族に、瀬那を紹介するってこと)

それは、私にとってちょっとだけ“こわいこと”でもあった。

 

* * *

 

「ただいま〜」

「おかえり〜、あっ! 姉貴の彼氏くん?」

玄関に入ると、真っ先に声を上げたのは、弟の結真(ゆうま)だった。

「ちょ、おま……! 靴脱げてないじゃん!」

「やば、ごめん! 初対面なのにフルスピードで出迎えちゃった!」

 

結真は、相変わらずテンション高めの高校1年生。
しかも今日、部活が早く終わったらしくて在宅率100%。

 

「初めまして。瀬那です」

「あ、どうも。姉がいつもお世話になってまーす(超棒読み)」

「やめてほんと……」

 

そのあとすぐ、お姉ちゃん(美容学校帰り)がリビングから顔を出し、

「あれ? とあの彼氏? 写真で見るよりかっこよくない?」

「おい!」

「冗談だよ。てか瀬那くん、肌綺麗じゃん。なに使ってるの?」

「えっと……化粧水と乳液だけっす」

「まじで? 詳しく教えて」

「ちょ、ねえお姉ちゃん……!」

 

姉弟コンビに囲まれて、瀬那は若干引きつり笑顔。
私はというと、完全に胃がキリキリモードだった。

 

そして――

「とあ、彼が瀬那くん?」

「……うん、パパ」

 

スーツ姿の父が帰宅してきたとき、
空気が、ほんの少しだけ変わった。

 

「どうも、初めまして」

「……おう、初めまして」

 

ふたりが握手を交わすその瞬間、
私の心臓は、ほんとに爆発しそうだった。

(お願い、やめて……変なこと聞かないで……)

 

……と思ってたら。

 

「今のうちに聞いておく。男として、大切にしてくれるか?」

「……もちろんです」

「……そうか。ならいい」

 

予想に反して、父はそれ以上何も言わなかった。
それどころか、微笑んでさえいた。

 

「とあの目がね、最近違うんだよ。すごく綺麗になった。……たぶん、君のおかげだろう」

 

瀬那は、少しだけ目を見開いて――そして、静かに頭を下げた。

「……ありがとうございます。僕も、叶愛の隣にいられること、誇りに思ってます」

 

その言葉に、私は思わず泣きそうになった。

 

* * *

 

夕飯は賑やかで、笑いが絶えなかった。
姉も弟も、すぐに瀬那に懐いた。

母は終始にこやかに料理を取り分けて、
父も意外と優しく接してくれた。

 

こんな風に“家族の中”に、
瀬那がいることが、少し不思議で、すごく嬉しかった。

でも、夜。

瀬那が帰って、私の部屋に戻ったあと――
急に、寂しさが押し寄せてきた。

 

(あんなふうに笑ってたけど……)

私の心の奥には、ずっと小さな不安があった。

(……瀬那の“家”とは、全然違うよね)

温かくて、騒がしくて、
ちょっとうるさいけど、ちゃんと繋がってる――

私の家族と、彼の過去。

 

比べちゃいけないって分かってる。
でも……私は、まだ彼の痛みをちゃんと受け止めきれてない気がした。

 

(私は、ちゃんと“家族”ってものを知ってるから……)

だからこそ、彼に与えたい。
あたたかくて、守られてるって、そう思える何かを。

 

そう決めた夜。

 

私の胸の奥に、またひとつ――
「強くなりたい」って願いが芽生えた。

瀬那のために、じゃなくて。

“ふたりの未来”のために。