第9話 交差する気配と、触れない優しさ(後編)
「……凛音のこと、ちゃんと話す」
瀬那の言葉に、私は小さく息を呑んだ。
さっきまで穏やかだった風が、急に冷たく感じる。
「……いいよ。無理に話さなくても」
そう言った私の声は、思ってたよりも震えていて。
その震えを、瀬那は静かに見つめていた。
「無理してんの、お前のほうだろ」
その言葉に、何も返せなかった。
図星すぎて。
見透かされてるみたいで。
「……この前、偶然フェンスのとこで会った。凛音とな」
瀬那はポケットに手を突っ込んだまま、視線を遠くに落とした。
「前に、付き合ってた。俺が、まだクソガキだったころな」
“まあな”――そのときの言葉が、頭の中でよみがえる。
「何年も前だ。たぶん、今のお前から見たら、ガキの恋愛ごっこだったと思う」
「……そっか」
私はゆっくりと、彼の顔を見つめた。
「凛音が言ってた。“昔ちょっとね”って。それだけだったけど……なんか、気になって」
「だろうな」
瀬那は、ふっと笑った。
でもその笑みには、どこか“自分に呆れてるような”影が差していた。
「凛音とは、色々あった。けど……俺が悪かった。全部、な」
「全部って……?」
「アイツ、俺のこと、本気だったと思う。けど……俺は、本気じゃなかった。なんか、全部に冷めてた時期でさ。誰といても、満たされなかった」
そう言う彼の声には、どこか苦味がにじんでいた。
「本気になれないくせに、誰かに必要とされるのは気持ちよくて……最低だった」
私は黙って、その言葉を受け止めていた。
「でも、アイツと終わってから……時間経って、やっとわかった。俺、本当は、誰かを傷つけることでしか自分の価値を感じられなかったんだって」
「……瀬那」
「だから、もう、ああいうのは嫌なんだ。叶愛といるとき、俺はちゃんと“自分でいたい”って思える。誰かを試すための恋じゃなくて――本当に、ちゃんとしたいって思えるんだよ」
瀬那の目はまっすぐで、誤魔化しなんて一つもなくて。
だからこそ、私は胸がいっぱいになった。
「……ありがとう。話してくれて」
「うん」
「でも、ひとつだけ聞いていい?」
「ん?」
「今も……凛音のこと、何か思ってる?」
その瞬間、瀬那は一度だけゆっくり瞬きをして――
そして、少しだけ困ったような顔で笑った。
「思ってねーよ。まじで。……ただ、アイツの目が、ちょっと怖かっただけ」
「怖い、って?」
「……なんか、まだ終わってないって顔してた。俺の中では終わってても、向こうは、そうじゃなかったのかもな」
その言葉が、私の中に重く落ちていく。
「でも、関係ないから。俺が今、叶愛以外を見てると思う?」
その瞬間――
私は、彼の腕の中に引き寄せられていた。
ごつごつとした指先が、私の頬をそっと撫でて。
その唇が、やさしく私の額に触れる。
「信じろ。俺はもう、前しか見てねぇ」
胸が、熱くなる。
今にも泣きそうになるほど、嬉しくて――怖くて。
「……うん」
私はそのまま、彼の胸に顔をうずめた。
たったひとつの確かさが、そこにあった。
瀬那の体温と鼓動が、まるで“わたしの居場所”みたいに感じられた。
だけど――
(もし、凛音が“終わってない”なら……)
(……まだ、何かが起こる気がする)
そんな不安が、かすかに胸をよぎる。
でも今は、まだ知らないふりをする。
だって私は今、
この胸の中の温もりだけを――信じていたいから。
「……凛音のこと、ちゃんと話す」
瀬那の言葉に、私は小さく息を呑んだ。
さっきまで穏やかだった風が、急に冷たく感じる。
「……いいよ。無理に話さなくても」
そう言った私の声は、思ってたよりも震えていて。
その震えを、瀬那は静かに見つめていた。
「無理してんの、お前のほうだろ」
その言葉に、何も返せなかった。
図星すぎて。
見透かされてるみたいで。
「……この前、偶然フェンスのとこで会った。凛音とな」
瀬那はポケットに手を突っ込んだまま、視線を遠くに落とした。
「前に、付き合ってた。俺が、まだクソガキだったころな」
“まあな”――そのときの言葉が、頭の中でよみがえる。
「何年も前だ。たぶん、今のお前から見たら、ガキの恋愛ごっこだったと思う」
「……そっか」
私はゆっくりと、彼の顔を見つめた。
「凛音が言ってた。“昔ちょっとね”って。それだけだったけど……なんか、気になって」
「だろうな」
瀬那は、ふっと笑った。
でもその笑みには、どこか“自分に呆れてるような”影が差していた。
「凛音とは、色々あった。けど……俺が悪かった。全部、な」
「全部って……?」
「アイツ、俺のこと、本気だったと思う。けど……俺は、本気じゃなかった。なんか、全部に冷めてた時期でさ。誰といても、満たされなかった」
そう言う彼の声には、どこか苦味がにじんでいた。
「本気になれないくせに、誰かに必要とされるのは気持ちよくて……最低だった」
私は黙って、その言葉を受け止めていた。
「でも、アイツと終わってから……時間経って、やっとわかった。俺、本当は、誰かを傷つけることでしか自分の価値を感じられなかったんだって」
「……瀬那」
「だから、もう、ああいうのは嫌なんだ。叶愛といるとき、俺はちゃんと“自分でいたい”って思える。誰かを試すための恋じゃなくて――本当に、ちゃんとしたいって思えるんだよ」
瀬那の目はまっすぐで、誤魔化しなんて一つもなくて。
だからこそ、私は胸がいっぱいになった。
「……ありがとう。話してくれて」
「うん」
「でも、ひとつだけ聞いていい?」
「ん?」
「今も……凛音のこと、何か思ってる?」
その瞬間、瀬那は一度だけゆっくり瞬きをして――
そして、少しだけ困ったような顔で笑った。
「思ってねーよ。まじで。……ただ、アイツの目が、ちょっと怖かっただけ」
「怖い、って?」
「……なんか、まだ終わってないって顔してた。俺の中では終わってても、向こうは、そうじゃなかったのかもな」
その言葉が、私の中に重く落ちていく。
「でも、関係ないから。俺が今、叶愛以外を見てると思う?」
その瞬間――
私は、彼の腕の中に引き寄せられていた。
ごつごつとした指先が、私の頬をそっと撫でて。
その唇が、やさしく私の額に触れる。
「信じろ。俺はもう、前しか見てねぇ」
胸が、熱くなる。
今にも泣きそうになるほど、嬉しくて――怖くて。
「……うん」
私はそのまま、彼の胸に顔をうずめた。
たったひとつの確かさが、そこにあった。
瀬那の体温と鼓動が、まるで“わたしの居場所”みたいに感じられた。
だけど――
(もし、凛音が“終わってない”なら……)
(……まだ、何かが起こる気がする)
そんな不安が、かすかに胸をよぎる。
でも今は、まだ知らないふりをする。
だって私は今、
この胸の中の温もりだけを――信じていたいから。

