「叶愛! おっそーい!」

次の日の朝、教室に入った瞬間、
椅子に座ってた紗良が両手を広げて待ち構えてた。

「ねぇ、昨日さぁ! 帰りどこから出た? 裏門? 旧校舎のとこ通った?」

「えっ、う、うん……」

「やっぱりー! 神咲瀬那に会ったって子、今日すでに3人目なんだけど! ヤバくない!?」

「……え?」

私が会ったの……ばれてる?

「っていうか、顔見たの? あたし、今まで信じてなかったけど……あれ、マジでイケメンなんでしょ?」

「……っ、わかんない。よく見えなかったし……」

「ふーん? 顔真っ赤だけど〜?」

「べ、別にそんなんじゃないし!」

やめて、ほんとに。
瀬那のこと思い出すだけで、なんか胸がぎゅっとするの。

――会話は数分もなかったのに、
あの目、あの声、あの表情が、頭から離れない。

なんで?
わたし、ああいう人が一番苦手なのに。

でも、“怖い”だけじゃなかった。
その奥に、なにかもっと違うものが見えた気がした。
――それが何かは、まだわかんないけど。

その日1日中、私は集中できなかった。
授業中もぼーっとして、先生に注意されたし、
スマホのカメラロールを開いても、目に入るのは撮った覚えもないあの“空の色”。

……あのとき、瀬那が見上げてた空。

ほんと、バカみたい。
会ったの、ほんの数分だよ?
名前だって、聞いたことあるだけで、喋ったのも初めて。

だけど、なんとなく――きっとこれから、関わる気がしてた。



それは、思ったよりも早くやってきた。

次の週。
朝の校門前で、私は知らない上級生に呼び止められた。

「ねぇ、ちょっといい?」

「え……?」

背後から声をかけてきたのは、黒髪にピアスの男子生徒。
見た感じ3年か4年生。うちの学校、特別推薦で年上が混ざってることもあるから、たぶんその類。

「お前さ、瀬那と喋ってたよな? あいつの女?」

「……え?」

なにそれ、意味わかんない。
でも、ほんの一瞬で体が強ばった。
男子の目つきが、さっきまでと違ってギラッとしてる。

「お前みたいな、お上品ぶった女がさ、瀬那に気安く近づくんじゃねーよ。わかる?」

「…………」

何も言えなかった。
頭の中が真っ白で、息も詰まりそうで。

「……テメェ、何してんの?」

その瞬間――

バッと間に割り込んできたのは、
あの日、旧校舎で会った彼だった。

制服のシャツは相変わらず無造作で、
ポケットに手を突っ込んだまま、鋭い目で睨みつける。

「瀬那……」

「こいつ、俺の女じゃねぇし。つーかお前、絡み方ダサすぎ。やり直せ」

「……ちっ、なんだよ。調子乗んなよ」

男子は吐き捨てて、足早にその場を離れていった。

気づけば、私の手は小さく震えてた。

「お前、名前なんつったっけ」

「……叶愛。いちのせ、叶愛……です」

「ふーん。叶愛」

瀬那が口に出して呼んだ、私の名前。
その響きが、胸にじんと染み込んでくる。

「……ありがと」

「……別に。助けたわけじゃねーし。ウゼェやつ、ムカついただけ」

「でも、……ちょっと、安心した」

その言葉に、瀬那は一瞬だけ目を細めた。
まるで、なにか思い出したような顔で。

「……また見に来るなら、今度は黙ってじゃなくて、ちゃんと“話しかけろ”よ」

そう言って、彼は踵を返した。
その背中が、なんだかやけに、眩しかった。



それが、
“あの日から少しずつ変わっていった私の世界”の、始まりだった。

怖いと思ってた“ヤンキー”の彼に、
私はだんだんと、惹かれていく。

まだ誰にも言えない。
この気持ちが、“本気”になっていくなんて――