【不器用な君はヤンキーでした】

瀬那くんは、一瞬だけ目を細めて、その女の子を見た。

「……久我」

「わ、覚えててくれたんだ。ちょっと安心」

「なんで、ここにいんの」

「偶然だよ。今日、こっち方面に用事あって。制服、見覚えあったから」

久我、と呼ばれたその子は笑った。
美人、っていうより“整ってる”って印象の女の子。どこか大人びていて、制服じゃなくてもまったく違和感がなさそう。

私は自然と口を閉ざして、瀬那くんの様子をうかがった。

「……こいつ、俺のクラスメイト。叶愛」

不意に、瀬那くんが私を紹介した。
指で示すでもなく、視線も向けないまま、それでも“叶愛”って名前だけははっきりと。

「ふーん、クラスメイト……ね」

その言葉に含まれる含みを、きっと私だけが敏感に感じ取った。
別に敵意とか、嫌味とかじゃない。ただ、“私にはまだわからない関係性”を見せられているだけで、胸がちくんとした。

「叶愛ちゃん、だっけ?私は久我 凛音(くが りおん)。神咲くんとは、ちょっと昔に……ね」

「……」

瀬那くんは黙ったまま、手元の缶を見つめていた。

「ま、今さら話すこともないけど。ちょっと気になって来てみたの。変わってないね、神咲くん」

「……そうかよ」

「んー、じゃあ邪魔しちゃ悪いし、行くね。叶愛ちゃん、またね」

そう言って凛音は、何事もなかったみたいに笑って、踵を返した。

その姿がフェンスの先に消えた瞬間、私はやっと息を吐けた気がした。

「……元カノ?」

思い切って、聞いた。

瀬那くんはブラックコーヒーを飲み干すと、ぽつりと答えた。

「……まあな」

「……そっか」

「でももう関係ねぇ」

「どうして?」

「“今”の俺には、お前しかいねぇから」

一瞬、何かが心の中で崩れる音がした。
いや、“ほどける”音かもしれない。

私の胸の奥で、きゅっと丸まっていた不安が、少しだけ解けた。

「……そう言ってもらえるの、ちょっと嬉しいかも」

「ちょっと?」

「だって、まだ“付き合ってください”とか聞いてないし」

「……お前、たまに爆弾落とすよな」

瀬那くんが苦笑する。

でも、その目はいつもより柔らかくて、ちゃんと“私”を見ていた。

「じゃあ聞くよ」

ゆっくりと、顔が近づく。

目の前にあるのは、たぶん誰もが怖がる“不良”の顔じゃなくて、
私だけが知ってる、ちょっとだけ不器用で、ちゃんとまっすぐな瀬那くんの顔。

「俺と、付き合えよ。一ノ瀬叶愛」

どくん、と心臓が跳ねた。

「……うん。よろしくね、神咲瀬那くん」

そのあと交わしたキスは、缶コーヒーみたいにちょっと苦くて、大人の味がした。

でも――あったかかった。

私の高校生活最後の春が、ちゃんと“恋”で始まった瞬間だった。