放課後。
ホームルームが終わって、教室の空気が一気に緩む。
私は教科書をゆっくりとしまいながら、瀬那くんの動きをちらりと見た。
(今日、話しかけても……いいよね?)
きっかけが欲しかった。
朝の会話が、なんだか夢みたいで。
もう一度、あの距離に触れたかった。
でも、瀬那くんの方から近づいてきた。
「帰んの?」
「えっ……うん。ちょっと寄り道してからだけど」
「どこ行くんだよ」
「……図書室」
「似合わねぇ」
即答すぎて笑ってしまった。
「ひどい」
「いや、褒めてんの。ギャップってやつ」
また、ストレートな言葉で胸がきゅってなる。
「じゃ、一緒に行くわ」
「え、えっ?」
「図書室。お前の隣なら、俺でも入れる気がすんだよ」
そんなことを、当然みたいな顔で言ってのける彼に、心が何度目かの跳ね上がりを見せた。
*
校舎の一番奥。
静まり返った図書室には、今日も人影がまばらで、しんとした空気が漂ってる。
その中を、瀬那くんと並んで歩いた。
最初は視線が気になって、息苦しいくらいだったけど、ふと横を見ると――
「……ん?」
彼が手に取ったのは、意外にも小説。
「読んだことある?」
「ない。タイトルが気になっただけ」
「“恋は盲目”、か……」
「そう。バカみてぇだよな、恋してる時って」
「……うん。たしかに」
その言葉が、どこか私自身にも突き刺さった。
“盲目”って、何も見えなくなること。
今の私も、気づけば彼のことばかり目で追ってる。
(盲目、か……)
「お前さ」
突然、瀬那くんが真っ直ぐに私を見つめた。
「俺のこと、怖くないの?」
「え……」
「ヤンキーとか、不良とか。俺みたいなやつって、普通なら避ける対象だろ」
「……たしかに、最初はちょっと苦手だったかも」
正直に言った。けど、それだけじゃなかった。
「でも、今は……怖くないよ。むしろ、もっと知りたいって思う」
「……叶愛」
「だって、瀬那くんって――」
言いかけたその瞬間。
指先がふれた。
彼が持っていた小説のページに、私の指が偶然重なったのだ。
「……」
息が止まった。
それくらい、ふれてしまった指が熱かった。
離さなきゃ。そう思ったのに――
「……ふれるだけで、ドキドキすんなよ」
彼の声が、耳元で囁くみたいに届いた。
「え……」
「声、聞こえてんの、こっちにも。心臓、煩ぇよ」
意地悪な声。なのに優しくて。
頬が一気に赤くなる。
「うるさいな……瀬那くんのせいだよ」
「……なら、もっとドキドキさせてみる?」
冗談とも本気ともつかない声で、彼は私の髪をそっと耳にかけた。
その指先が、髪じゃなくて肌にふれたら、たぶん――私、立っていられなかった。
でも、彼はそれ以上ふれなかった。
ただ少し、唇の端を上げただけで。
「帰るか」
「……うん」
並んで歩く帰り道。
瀬那くんの隣が、今日もまた、特別な場所になった。
(この距離、心拍数ひとつで変わっちゃう)
そう思いながら、私はただ、隣の足音に耳を澄ませていた。
⸻
▶第6話《放課後と、ブラックコーヒー》につづく♡
ホームルームが終わって、教室の空気が一気に緩む。
私は教科書をゆっくりとしまいながら、瀬那くんの動きをちらりと見た。
(今日、話しかけても……いいよね?)
きっかけが欲しかった。
朝の会話が、なんだか夢みたいで。
もう一度、あの距離に触れたかった。
でも、瀬那くんの方から近づいてきた。
「帰んの?」
「えっ……うん。ちょっと寄り道してからだけど」
「どこ行くんだよ」
「……図書室」
「似合わねぇ」
即答すぎて笑ってしまった。
「ひどい」
「いや、褒めてんの。ギャップってやつ」
また、ストレートな言葉で胸がきゅってなる。
「じゃ、一緒に行くわ」
「え、えっ?」
「図書室。お前の隣なら、俺でも入れる気がすんだよ」
そんなことを、当然みたいな顔で言ってのける彼に、心が何度目かの跳ね上がりを見せた。
*
校舎の一番奥。
静まり返った図書室には、今日も人影がまばらで、しんとした空気が漂ってる。
その中を、瀬那くんと並んで歩いた。
最初は視線が気になって、息苦しいくらいだったけど、ふと横を見ると――
「……ん?」
彼が手に取ったのは、意外にも小説。
「読んだことある?」
「ない。タイトルが気になっただけ」
「“恋は盲目”、か……」
「そう。バカみてぇだよな、恋してる時って」
「……うん。たしかに」
その言葉が、どこか私自身にも突き刺さった。
“盲目”って、何も見えなくなること。
今の私も、気づけば彼のことばかり目で追ってる。
(盲目、か……)
「お前さ」
突然、瀬那くんが真っ直ぐに私を見つめた。
「俺のこと、怖くないの?」
「え……」
「ヤンキーとか、不良とか。俺みたいなやつって、普通なら避ける対象だろ」
「……たしかに、最初はちょっと苦手だったかも」
正直に言った。けど、それだけじゃなかった。
「でも、今は……怖くないよ。むしろ、もっと知りたいって思う」
「……叶愛」
「だって、瀬那くんって――」
言いかけたその瞬間。
指先がふれた。
彼が持っていた小説のページに、私の指が偶然重なったのだ。
「……」
息が止まった。
それくらい、ふれてしまった指が熱かった。
離さなきゃ。そう思ったのに――
「……ふれるだけで、ドキドキすんなよ」
彼の声が、耳元で囁くみたいに届いた。
「え……」
「声、聞こえてんの、こっちにも。心臓、煩ぇよ」
意地悪な声。なのに優しくて。
頬が一気に赤くなる。
「うるさいな……瀬那くんのせいだよ」
「……なら、もっとドキドキさせてみる?」
冗談とも本気ともつかない声で、彼は私の髪をそっと耳にかけた。
その指先が、髪じゃなくて肌にふれたら、たぶん――私、立っていられなかった。
でも、彼はそれ以上ふれなかった。
ただ少し、唇の端を上げただけで。
「帰るか」
「……うん」
並んで歩く帰り道。
瀬那くんの隣が、今日もまた、特別な場所になった。
(この距離、心拍数ひとつで変わっちゃう)
そう思いながら、私はただ、隣の足音に耳を澄ませていた。
⸻
▶第6話《放課後と、ブラックコーヒー》につづく♡

