放課後。
ホームルームが終わって、教室の空気が一気に緩む。

私は教科書をゆっくりとしまいながら、瀬那くんの動きをちらりと見た。

(今日、話しかけても……いいよね?)

きっかけが欲しかった。
朝の会話が、なんだか夢みたいで。
もう一度、あの距離に触れたかった。

でも、瀬那くんの方から近づいてきた。

「帰んの?」

「えっ……うん。ちょっと寄り道してからだけど」

「どこ行くんだよ」

「……図書室」

「似合わねぇ」

即答すぎて笑ってしまった。

「ひどい」

「いや、褒めてんの。ギャップってやつ」

また、ストレートな言葉で胸がきゅってなる。

「じゃ、一緒に行くわ」

「え、えっ?」

「図書室。お前の隣なら、俺でも入れる気がすんだよ」

そんなことを、当然みたいな顔で言ってのける彼に、心が何度目かの跳ね上がりを見せた。



校舎の一番奥。
静まり返った図書室には、今日も人影がまばらで、しんとした空気が漂ってる。

その中を、瀬那くんと並んで歩いた。

最初は視線が気になって、息苦しいくらいだったけど、ふと横を見ると――

「……ん?」

彼が手に取ったのは、意外にも小説。

「読んだことある?」

「ない。タイトルが気になっただけ」

「“恋は盲目”、か……」

「そう。バカみてぇだよな、恋してる時って」

「……うん。たしかに」

その言葉が、どこか私自身にも突き刺さった。

“盲目”って、何も見えなくなること。
今の私も、気づけば彼のことばかり目で追ってる。

(盲目、か……)

「お前さ」

突然、瀬那くんが真っ直ぐに私を見つめた。

「俺のこと、怖くないの?」

「え……」

「ヤンキーとか、不良とか。俺みたいなやつって、普通なら避ける対象だろ」

「……たしかに、最初はちょっと苦手だったかも」

正直に言った。けど、それだけじゃなかった。

「でも、今は……怖くないよ。むしろ、もっと知りたいって思う」

「……叶愛」

「だって、瀬那くんって――」

言いかけたその瞬間。

指先がふれた。

彼が持っていた小説のページに、私の指が偶然重なったのだ。

「……」

息が止まった。

それくらい、ふれてしまった指が熱かった。

離さなきゃ。そう思ったのに――

「……ふれるだけで、ドキドキすんなよ」

彼の声が、耳元で囁くみたいに届いた。

「え……」

「声、聞こえてんの、こっちにも。心臓、煩ぇよ」

意地悪な声。なのに優しくて。
頬が一気に赤くなる。

「うるさいな……瀬那くんのせいだよ」

「……なら、もっとドキドキさせてみる?」

冗談とも本気ともつかない声で、彼は私の髪をそっと耳にかけた。

その指先が、髪じゃなくて肌にふれたら、たぶん――私、立っていられなかった。

でも、彼はそれ以上ふれなかった。

ただ少し、唇の端を上げただけで。

「帰るか」

「……うん」

並んで歩く帰り道。
瀬那くんの隣が、今日もまた、特別な場所になった。

(この距離、心拍数ひとつで変わっちゃう)

そう思いながら、私はただ、隣の足音に耳を澄ませていた。



▶第6話《放課後と、ブラックコーヒー》につづく♡