推しが近所に住むなんて聞いてません!〜スペシャルエピソード〜

Ep.1

そこからは順調だった。比較的早くオーディションに受かって、トップ事務所のレッスンを受けることもできた。
正直早くトップになりたくて必死だったためか、よく覚えていない。
売れるためなら、苦手なキャラ作りも、3日間寝ずに働くことも惜しまなかった。

裏での真面目さもファンの心を掴む引き金となり、グループ内でも人気になった。

ファンのことは大切で、彼女たちの笑顔を見るためなら頑張れた。...しかし大きなホールでライブをする時も、気がつけばずっと探しているあの女性のために歌ってしまう。
5万人の中に彼女はいるのだろうか。そんな思いと葛藤しながら探した。

アイドルを初めて7年目。マスコミから逃げるため、親戚のひろ兄の家でお世話になって数日後奇跡は起きた。

…その日はとても月が綺麗だった。いつまでも眺めていたいくらい美しいのに、目線も体も思うようにコントロールできない。重力に負け下へ下へと下がってく。
ファンのために作った姿。忙しい日々。そしてマスコミを避ける毎日。...思っている以上に体は限界かも知れない。
…自分の不甲斐なさを責めながら、意識がスッと遠くなるのを感じた。


夢の中に彼女がいた。なんだか少し歳をとっている様子だ。探しても探しても1億人以上いる中で、会えるわけはなかった。たとえ一方的に彼女がみていたとしても、覚えてないだろう。あの頃俺は12歳で、顔立ちも、それなりに変わったし職業柄美容にも気を遣った。

夢の中の彼女は今の俺に、「大丈夫?大丈夫?」と声をかけてくれている。

自分の今の状況がやばいことはわかっていた。治さなければ今後の仕事に影響が出る。アイドルを辞めることになれば歌は2度と届かないのだ。
現実的な思いと葛藤しながら、声を絞り出す。
「病院…連れてって…」