「……あった……!」
私は手を伸ばした。
本棚と本棚の間、細くて暗い隙間に腕を差しいれて思い切り伸ばす。
指先が触れたそれが向こう側に離れていかないように
慎重に慎重にたぐり寄せた。
制服の袖にも私の手にも
メモ帳にもホコリが付いたけど、そんなことどうでもよかった。
間違いなく私の、大切な、大切な――
「メモ帳、だ……」
両手で抱えるように取り出す。
落ちたせいか、角が少し折れ曲がっていたけど、
誰かに開かれてないか、そればかりが心配だったけど、
でも、戻ってきた。
私の手元に戻ってきてくれた。
「取れたか?戻すぞ」
横からのシュウの声。
それを聞いた瞬間、私は力が抜けて、ぺたんと床に座り込んだ。
シュウはゆっくりと本棚を元の位置に戻す。
「はぁ……、もう…ほんと、びっくりした……」
「泣くなよ」
泣いてないし、って言いたかったのに、
涙がにじんできて言えなかった。
私は鼻の奥がつんとするのを
鼻をすすってなんとかこらえる。
「あ、なんか思い出した。昔、ハル姉に好きなアイス食われたって泣いて家にきたやつ」
ハル姉、とは私のお姉ちゃんのことだ。
名前は春香。シュウは昔から私のお姉ちゃんのことをハル姉と呼ぶ。
「そんなん…幼稚園のときの話じゃん」
昔、大好きなアイスを楽しみに幼稚園から帰ったら
先に小学校から帰ってきてたお姉ちゃんが食べてしまっていた。
泣きながら2件隣りのシュウの家に走っていったっけ。
思い出していたら、涙も引っ込んでいった。
シュウはそれ以上何も言わなかったけど、なんとなく、笑った気がした。
少しだけ目をそらしてる感じで。
「じゃ、鍵閉めて出るぞ。もう授業始まってる」
「……うん」
私は、乱れたページをそっと整えて、メモ帳を両手で抱えて立ち上がった。
あの場所には戻さなかった。
さっき書いたことは消して、違うメッセージを書かなきゃ。
あそこにメモ帳がないことを、タクミ先輩はどう思うかな。
私の少し前を歩くシュウに続いて図書室を出る。
鍵を閉めようとしていたシュウの背中に、私はぽつりと尋ねた。
「……ねぇ、タクミ先輩って、…その……、彼女さん、いるの?」
一瞬だけシュウの手元が止まった。
でもすぐにカシャン、と鍵の閉まる音がした。
「さぁ…?いるって噂は聞いたことあるけど」
「昨日の試合に来てたんでしょ」
「誰かから聞いたのか?」
シュウの声が、なんだか鋭いというか重たいような響きに感じた。
「美結が昨日の試合行ってたみたいで」
「……ふうん」
シュウはそれきりタクミ先輩のことは教えてくれなかった。
私も、それ以上聞くのはやめておいた。
階段を降りていくシュウの背中を見ながら、あのアイスで泣いた日を思い出していた。
あのとき、シュウは自分が食べるはずのおやつを私にくれたんだっけ……
あのときみたいに、さっきも泣きそうな私の気をまぎらわせてくれたのかもしれない。
ありがとうと言おうか迷って、
やっぱり言えなかった。
