そこにいたのは、シュウだった。
「なんで……?」
「ナツこそ何してんだよ、チャイム鳴ったぞ」
平然と答えるシュウに、私は何も返せない。
ナツ、なんて呼ばれたの久しぶりすぎた。
懐かしすぎて、波が荒れ狂ってるみたいな心が、ひゅんって静かになる。
「シュ…シュウこそ、何してんの」
「おれ? おれは図書係の代理。おれのクラスの図書係の、」
「赤野さん?」
「そう、赤野。今日休みでさ。日直のおれがやらされたってわけ」
シュウは首を左右に倒して、面倒くさそうな素振りをした。
そういえば、今日のお昼休みの図書当番はシュウのクラスだった気がする。
「で?ナツは?」
シュウは、右手に図書室の鍵を持っている。
図書当番は、机の上や本棚を軽く整理して、窓を閉めて、ドアの鍵も締めていく。
「私は……」
メモ帳のことは言えるはずもなかった。
でも、ここにいた理由をごまかすには頭はうまく回ってくれない。
「忘れ物、しちゃって」
「忘れ物?なら、カウンターの中にあるんじゃね?」
シュウはそう言ってすたすたとカウンターに入っていく。
私もそのままシュウに付いて行った。
けれど、忘れ物ボックスに、メモ帳はなかった。
「なに忘れたんだよ?スマホとか?」
「ううん……、……メモ帳」
言ってしまって、ハッとしたけどもう取り消せない。
でもシュウはあまり気にしないようだった。
「メモ帳?どんなの?」
「どんなのって……ふつうの……」
普通の、そのへんにあるようなメモ帳。
100均とかコンビニで買えるような、何の変哲もないメモ帳。
でも、私にとってはかけがえのない宝物だ。
宝物だった。
「ふーん、どのへんに忘れたかは覚えてんの?」
もうここまで来たら隠すこともない。
私はシュウに、メモ帳を置いた本棚を教えた。
先輩とのやりとりのことは言えないけど、
メモ帳を置いた場所に、シュウを案内する。
「ここに置いたんだな?」
「うん。でももうなくなってたの。誰かが持っていったのかも……」
「本の間に挟まったとか?」
シュウは、さっき私がしていたみたいに
本と本の間をひとつひとつ覗いていく。
でもやっぱりない。
「私もそこ探したけどなくて……」
自分の声が暗くて重たい。
ない、という事実が突きつけられた感じ。
タクミ先輩とのつながりが、なくなったことが。
「この棚と棚の隙間は見たか?」
本棚の本の間を一通り探し終えたシュウは、
本棚そのものの後ろを指差した。
私は首を振る。
「そこは見てないけど…そんなとこ入るかな」
「本と本の間すりぬけて落ちた可能性はあるかも」
シュウは言いながら本棚の脇に行き、両手で棚をつかんだ。
「おれが傾けるから、ナツ、見てみろ」
「わかった」
言うが早いか、シュウは「よっ」と弾みをつけて本棚を傾ける。本が飛び出てしまわないように、慎重な動きが必要だ。
「ほら、早く見ろ」
シュウに促されて私は本棚と本棚の隙間を覗き込んだ。
ホコリが溜まっているだけの、暗くて細い空間。
そんなところにあのメモ帳なんてあるわけが
「ううん、やっぱりな…い……っ! あ!あった!」
