図書室に入って、まずは窓を全開にする。

埃っぽい空気が、外からの風に連れ去られていく。
この図書室は古いけど風の通りがよくて気持ちがいい。

向こうに見えるグラウンドではサッカー部が走りまわってる。
ボールの音と、掛け声とが風に乗って聞こえてくる。

「……っ!」
思わず、窓から目をそらした。

タクミ先輩がこっちを向いたから。

癖っ毛みたいな髪をかきあげて、首にかけたタオルを無造作にふいたあと、ふっと笑った。
うちの学校で、あんなに汗だくでもかっこいい人、他にいないと思う。

「……やっば、にやける」

私の名前は夏希。中学1年生。
中学に入って、図書委員になった。理由は、なんとなく。
静かそうだし、本読むのも嫌いじゃないし。

でも、図書室の窓からサッカー部のグラウンドが見えるなんて知らなかった。
ラッキーすぎた。

それに、ときどきだけど、タクミ先輩たち3年生がここに来る。
涼みに、とか言って。

窓を開けて、窓枠で頬杖をついて
「……静かでいいな」ってつぶやく横顔。

何度こっそり写真撮っちゃおうと思ったか。

図書委員のみんなは、
「またサッカー部来てるの?ここ部室じゃないんだけど?!」ってイヤがるけど
私は嬉しかった。
タクミ先輩と同じ空間にいるなんて、夢みたいだった。


そんなある日の、放課後。

いつものように図書室へ、扉を開ける。
顔に流れる空気を感じた。
室内には誰もいない。窓が開けっ放しだ。

誰かがいたのかな?

机の上に出しっぱなしにされている本や、返却棚の本を
貸出リストと比べながら棚に戻していく。

その仕事を終えてもまだ誰も来なかった。
少し掃除でもしておこうかな。

ホウキを持って図書室の一番奥の本棚の通路に入った。

「……あれ?」

古くて、もう何年も誰も読んでいないような本が並んでいる本棚
その中の本の影に、小さなメモ帳が置いてあった。

誰かの忘れ物かな?

私はなんとなく、そのメモ帳を開いてみた。

他人のものを勝手に見るなんて悪いけど、でも見なきゃ誰のものか分からないし?

そこには、こんな文字列が。

『タケ屋のコロッケパンめちゃくちゃウマイ!』

……は?

思わず吹き出しそうになった。

タケ屋って、学校の近くのパン屋さんだ。通学路にあるやつ。

古くて小さなパン屋さんで、わたしはそこのメロンパン派だけど、
コロッケパン、確かにおいしい。わかる。

気づいたら、勝手にボールペンを取ってた。

『私もそれ大好き!ジャムパンもおいしいよ!』

やばい、勝手に書いちゃった。

どきどきしながら、メモ帳を元の場所に戻した。


ふしぎな感じがした。
名前も書いてない、ただの落書きのメモ帳。

だけど、そこに返事を残した自分が、なんだかちょっとだけ、誰かとつながった気がした。


まさかこのメモ帳がわたしの気持ちを、
グラグラに揺らしてくるなんて、このときは全然思ってもいなかった。