少女に聞かれて、僕は目を開いた。


「君は―――……」


少女は大好きだった彼女の面影をどこか宿していて、その覚えのある黒い瞳を僕にまっすぐに向けていた。そして何かを握った手を僕の手の上にかざす。咄嗟に受け取るように手を広げた。僕の掌に映画の半券がゆっくりと落とされる。


「ママからの伝言です。“約束を守ってくれてありがとう。そしてさよなら”」


そう―――なのだ。


僕は中学生二年の時、親の仕事の都合でアメリカに移住することになった。その後数回手紙でやり取りをしていたけれど、物理的な距離感にやがてその気持ちがお互い薄らいでいくのが分かった。『自然消滅』と言えば聞こえがいいが、距離が離れた分、気持ちも離れていくのが分かったのだ。


風の噂で彼女の訃報を知らされたのは半年程前のこと。幼かった中学生のときと変わって互いに家庭を持ち、子をもうけ新しい“家族”ができたのに。慌ててこの土地に戻ってきたものの、またも残酷な運命と言うのか映画館が取り壊されると言う噂を耳にした。


今日で恐らく最後の―――上映日だろう。


そう、僕は来るはずのない“彼女”をずっと待っていたのだ。


少女の顔が“彼女”に似ていたのは当たり前のことだ。少女は彼女の娘だったのだから。


「ねぇ、あなたの転校が決まってママとあなたは駆け落ちしようとしたんでしょ。当ても無く入った映画館がここだった」


そう。


その後、補導員に見つかって駆け落ち“ごっこ”はあっけなく終わる。


僕は両手の掌で顔を覆った。


「ごめん」


たった一言呟いた懺悔は贖罪(しょくざい)にもならないだろう。


「ううん、逢えて嬉しいって。あのとき抱いた気持ちはホンモノでした、って。伝えてって…」


僕も……僕も本物だった。


ただ距離と言う壁が二人を阻み、時と言う流れが僕たちにさらに距離を作った。ただ美しい思い出だけを陽炎のように残して。


少女は僕の覆った掌にそっと手を置き


「謝らないでください。だってママはこの瞬間、きっとすごく幸せだろうから」


映画が終わるまで少女は僕の手をずっと握っていた。映画の内容は僕たちが辿った結末そのものだ。三流もいい所だ。


でも映画が終わった後、少女は泣いていた。僕も泣いた。


「この映画、凄く感動したね」


高校生程の少女と、四十を過ぎた中年男が手を繋ぎあって映画館から出てくるのは、どんな想像をされるだろう。だがどんな下卑た想像をされたっていい。だって僕たちはこのとき程、純愛をしていた瞬間はない。


映画館の外で僕たちは別れることになった。


「それじゃ」


「さようなら」


今度は別れの言葉をちゃんと言えた。約束のこの映画館で―――



さようなら



ありがとう



~END~