雨が静かに降っていた。マツアはフード付きのジャケットを羽織り、傘をさして海辺の町にある斎場の外れに立っていた。

 告別式の幕が下ろされようとしていた。亡くなったのは、数日前に母に詰め寄ってきた漁師の男だ。ニュースでは"サメに襲われた可能性"と報じられていたが、マツアは信じきれずにいた。

 ふと、視界の端に動く影があった。

「がーおっ」

 突然、怪物のようなポーズで現れたのはレムールだった。彼女もまた、フード付きのジャケットに傘といういでたちで、どこか芝居がかった笑みを浮かべている。

「レムール……なんの真似だよ!」

 マツアが顔をしかめて言うと、レムールは小さく肩をすくめ、すました顔で告別式の方を見ると、

「死人に口無し、だねえ」

 その声音には、どこか冷たく、そして意味深な響きがあった。

「どういう意味だよ?」

 問い返すマツアの顔を覗き込むように、レムールは一歩近づいた。そして、不意に傘をたたむ。

「雨とか水で変異しちゃうなんて、ずいぶんデリケートね。性格も、うぶだからかしら?」

「な、なにを言っているんだ……」

 レムールはフードを外し、雨に濡れるのも気にせずに空を仰ぐと、嬉しそうにくるりと回った。

「私たちは同胞よ。あなたは半分だけだけど」

「……なんだって?」

「私たちは、海水に触れない限り変異しない。雨や水で変異してたら、地上じゃ生きていけないでしょ?」

 彼女の声はやけに明瞭で、マツアの中の疑念を切り裂くようだった。

「またね、マツア」



 そのまま去ろうとしたレムールが、ふと振り返る。

「あなたのお父さんはね、南太平洋のマラエ・ランガに投獄されているの。……地上侵攻に、反対したから」

 雨の帳の中、レムールの姿は静かに溶けていった。

「半分、同胞……海水……マラエ・ランガ……死人に口無し……」

 マツアは頭を抱えた。気づけば、手から傘が滑り落ちていた。むき出しの手の甲に、冷たい雨粒が当たる。

 ――じわじわと、皮膚が光り出す。

「くっ……!」

 慌てて傘を拾い上げ、マツアは駆け出した。

※    ※    ※

 家に着くなり、玄関のドアを勢いよく開ける。

「マツア!?」

 出迎えた母の目が、息子の手元に注がれる。そこには、銀色の鱗のようなものが浮かび上がっていた。

「母さん……これは……いったい何なんだよ……」

 マツアの問いに、母は震える手で口元を押さえた。

「あなたが生まれた時には、何も異常はなかった……。だから私が引き取ったの。お父さんは……海に還ったのよ。でも、今になって……」

「母さんは、何を知ってるの? 僕は、何者なんだ!?」

 母の瞳には、遠い記憶の影が揺れていた。

 雨の音だけが、静かに部屋を満たしていた。