秋の風が冷たさを増し始めた放課後、マツアは決心したようにセイラを振り返った。

「先輩、今日……うち、来ませんか?」

 セイラは少し目を丸くして、それから口元をゆるめた。

「いいよ。行ってみたかったし」

 西日が差す道を並んで歩く。家の近くまで来たとき、マツアは玄関先の異変に気づいた。

 見慣れぬ漁師風の男が、母に何かをまくし立てていた。

「……ほら、これ見てくれよ! こいつを海で引き上げたんだ。なあ、あんたの親父さんも、15年くらい前に同じようなもんを陸に上げたって話が漁師仲間に残ってる。頼むよ、何か知ってるだろ?」

 男はスマートフォンを突き出して、画面を母に見せている。そこには、人間とも魚ともつかない、異様な姿をした生物の写真が映っていた。

「わたしは……知りません。お引き取りください」

 母の声は震えていた。

「そんな冷たいこと言わないでくれよ! あんたの親父さんがもう亡くなってるから、他に聞ける人がいないんだ。俺は今、ほら吹き野郎扱いされてんだ!」

「わたしには、何をおっしゃっているのか、まったくわかりません」

 声を張った母の言葉に、男は一瞬たじろいだ。

 そのとき、マツアがセイラと共に駆け寄る。

「母は知らないって言ってるだろ! もう帰ってくれ!」
「お前が……息子か? じいさんから何か聞いてないのか?」

 男がマツアに詰め寄ろうとした、その瞬間。

「やめなよ、オッサン」

 セイラが一歩前に出て、男の胸をぐっと押した。



「帰りな。こっちは今、用があるんだよ」

 その眼光に気圧されたのか、男は舌打ちしてスマホをポケットにしまい、背を向けた。

「……すまなかったな」

 つぶやきながら、坂道を下っていった。

※    ※    ※

 ダイニングのテーブルには、母が用意した温かいお茶と小さなお菓子。セイラは少し照れたように背筋を伸ばしていた。

「いつも、マツアがお世話になってます」
「別に、あたしは何もしてないよ」
「頼もしい彼女だね、マツア」

 母の一言に、マツアは慌てて首を横に振った。

「えっ、ち、違うよ、母さん。先輩は……頼もしいマブ、っていうか……」

 セイラはそっぽを向いたまま、小さく吹き出した。

※    ※    ※

 翌朝。ニュース番組の映像に、二人は思わず目を奪われた。

『昨日、港町の海岸で一人の漁師が遺体で発見されました。遺体にはサメに噛まれたような激しい損傷があり……』

 テレビの中の波打ち際に、白い布で覆われた遺体と、立ちすくむ警官の姿。

 マツアの手が、テーブルの端でじっと震えていた。
 母もまた、何も言わずに画面を見つめていた。