秋の気配が少しずつ街に降りてくる十月のはじめ、港町の高校に一人の転校生が現れた。 彼女の名は、レムール。インド洋に浮かぶどこかの小国から来たらしい。 同じ2年生ということで、マツアのクラスに編入されたが、教室に足を踏み入れた瞬間、その場の空気が静かにざわついた。
レムールの瞳は海の底のように深く、色素の薄い肌に白い制服が映えていた。窓際に座るマツアを見た彼女は、なぜか一歩だけ彼の方へにじり寄るように視線を止めた。

※ ※ ※
放課後。水飲み場で、マツアが口をゆすいでいると、背後から「ピュッ」と軽快な音がした。
「うわっ……!」
顔を上げたマツアの頬を冷たい水がかすめる。慌てて後ずさると、そこには水道の蛇口を握ったレムールの姿があった。
「なにしてるんですか……!」
驚きと怒りで少し声が荒くなるマツアに、レムールはくすっと笑った。

「コワ〜イ。怒った顔も、いいね」
そして耳元に顔を近づけて、囁くように言った。
「水、怖いよね?」
その一言に、マツアの背筋がぞわりと粟立った。
(なぜ、それを……?)
――その様子を、階段の踊り場からセイラが黙って見つめていた。
※ ※ ※
夕焼けの中、いつものように下駄箱前でマツアはセイラを待っていた。
声をかけようとしたその瞬間、セイラはマツアを無視して歩き出した。マツアはとぼとぼとセイラの後を着いていくしかなかった。
セイラは突然振り返り先に口を開いた。
「……あの異国の女の子、チャーミングね!」
怒っているような、でもどこか寂しげな口調だった。
「セイラ先輩、さっきのは……」
「知っているよ、見ていたから。でもマツア……その子、ちょっと変だよ」
「変……?」
「言葉の端々に、何か知っている感じがあった。なんていうか――狙って近づいてきている感じ」
そう言うセイラの顔は真剣だった。
「でも、先輩……僕は先輩と歩けることの方が、ずっと……」
「マツア、まんざらじゃないって顔してた」
と言ってセイラはまた先に歩き出した。
追いかけようとしたマツアを遮るように、黒いスーツの男が前に立ちはだかった。
「君が……マツアくんだね?」
どこか公的な匂いのするその男は、名乗りもせず一枚の写真を差し出す。
「この人物に見覚えは?」
それは、どこか魚のような、しかし人間にも見える――不思議な遺体の写真だった。
男は言った。
「ある漁師が撮ったものだ。……君の“身内”かもしれないと聞いてね」
「僕の……身内?」
マツアが声を失っていると、セイラが駆け寄ってきた。
「マツア! どうしたの?」
男はそれ以上何も言わず、名刺も渡さずに踵を返し、そのまま去っていった。
「セイラ先輩、今の人……」
「……わかんない。でも、マツアに危ない匂いがしたら、あたしが守るって決めてるから」
そう言って、セイラは肩をすくめて笑ってみせた。
「セイラ先輩、もう怒ってない?」
「ふん、なんであたしが怒るの。マツアは――あたしのマブでしょ?」
「……はい、マブです!」
その言葉に、マツアはようやく自分の秘密と向き合う勇気を持てたのだった。
レムールの瞳は海の底のように深く、色素の薄い肌に白い制服が映えていた。窓際に座るマツアを見た彼女は、なぜか一歩だけ彼の方へにじり寄るように視線を止めた。

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放課後。水飲み場で、マツアが口をゆすいでいると、背後から「ピュッ」と軽快な音がした。
「うわっ……!」
顔を上げたマツアの頬を冷たい水がかすめる。慌てて後ずさると、そこには水道の蛇口を握ったレムールの姿があった。
「なにしてるんですか……!」
驚きと怒りで少し声が荒くなるマツアに、レムールはくすっと笑った。

「コワ〜イ。怒った顔も、いいね」
そして耳元に顔を近づけて、囁くように言った。
「水、怖いよね?」
その一言に、マツアの背筋がぞわりと粟立った。
(なぜ、それを……?)
――その様子を、階段の踊り場からセイラが黙って見つめていた。
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夕焼けの中、いつものように下駄箱前でマツアはセイラを待っていた。
声をかけようとしたその瞬間、セイラはマツアを無視して歩き出した。マツアはとぼとぼとセイラの後を着いていくしかなかった。
セイラは突然振り返り先に口を開いた。
「……あの異国の女の子、チャーミングね!」
怒っているような、でもどこか寂しげな口調だった。
「セイラ先輩、さっきのは……」
「知っているよ、見ていたから。でもマツア……その子、ちょっと変だよ」
「変……?」
「言葉の端々に、何か知っている感じがあった。なんていうか――狙って近づいてきている感じ」
そう言うセイラの顔は真剣だった。
「でも、先輩……僕は先輩と歩けることの方が、ずっと……」
「マツア、まんざらじゃないって顔してた」
と言ってセイラはまた先に歩き出した。
追いかけようとしたマツアを遮るように、黒いスーツの男が前に立ちはだかった。
「君が……マツアくんだね?」
どこか公的な匂いのするその男は、名乗りもせず一枚の写真を差し出す。
「この人物に見覚えは?」
それは、どこか魚のような、しかし人間にも見える――不思議な遺体の写真だった。
男は言った。
「ある漁師が撮ったものだ。……君の“身内”かもしれないと聞いてね」
「僕の……身内?」
マツアが声を失っていると、セイラが駆け寄ってきた。
「マツア! どうしたの?」
男はそれ以上何も言わず、名刺も渡さずに踵を返し、そのまま去っていった。
「セイラ先輩、今の人……」
「……わかんない。でも、マツアに危ない匂いがしたら、あたしが守るって決めてるから」
そう言って、セイラは肩をすくめて笑ってみせた。
「セイラ先輩、もう怒ってない?」
「ふん、なんであたしが怒るの。マツアは――あたしのマブでしょ?」
「……はい、マブです!」
その言葉に、マツアはようやく自分の秘密と向き合う勇気を持てたのだった。


