秋の気配が少しずつ街に降りてくる十月のはじめ、港町の高校に一人の転校生が現れた。  彼女の名は、レムール。インド洋に浮かぶどこかの小国から来たらしい。  同じ2年生ということで、マツアのクラスに編入されたが、教室に足を踏み入れた瞬間、その場の空気が静かにざわついた。

 レムールの瞳は海の底のように深く、色素の薄い肌に白い制服が映えていた。窓際に座るマツアを見た彼女は、なぜか一歩だけ彼の方へにじり寄るように視線を止めた。



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 放課後。水飲み場で、マツアが口をゆすいでいると、背後から「ピュッ」と軽快な音がした。

「うわっ……!」

 顔を上げたマツアの頬を冷たい水がかすめる。慌てて後ずさると、そこには水道の蛇口を握ったレムールの姿があった。

「なにしてるんですか……!」

 驚きと怒りで少し声が荒くなるマツアに、レムールはくすっと笑った。



「コワ〜イ。怒った顔も、いいね」

 そして耳元に顔を近づけて、囁くように言った。

「水、怖いよね?」

 その一言に、マツアの背筋がぞわりと粟立った。
(なぜ、それを……?)

 ――その様子を、階段の踊り場からセイラが黙って見つめていた。

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 夕焼けの中、いつものように下駄箱前でマツアはセイラを待っていた。
 声をかけようとしたその瞬間、セイラはマツアを無視して歩き出した。マツアはとぼとぼとセイラの後を着いていくしかなかった。
 セイラは突然振り返り先に口を開いた。

「……あの異国の女の子、チャーミングね!」

 怒っているような、でもどこか寂しげな口調だった。

「セイラ先輩、さっきのは……」
「知っているよ、見ていたから。でもマツア……その子、ちょっと変だよ」
「変……?」
「言葉の端々に、何か知っている感じがあった。なんていうか――狙って近づいてきている感じ」

 そう言うセイラの顔は真剣だった。

「でも、先輩……僕は先輩と歩けることの方が、ずっと……」
「マツア、まんざらじゃないって顔してた」

 と言ってセイラはまた先に歩き出した。

 追いかけようとしたマツアを遮るように、黒いスーツの男が前に立ちはだかった。

「君が……マツアくんだね?」

 どこか公的な匂いのするその男は、名乗りもせず一枚の写真を差し出す。

「この人物に見覚えは?」

 それは、どこか魚のような、しかし人間にも見える――不思議な遺体の写真だった。

 男は言った。
「ある漁師が撮ったものだ。……君の“身内”かもしれないと聞いてね」

「僕の……身内?」

 マツアが声を失っていると、セイラが駆け寄ってきた。

「マツア! どうしたの?」

 男はそれ以上何も言わず、名刺も渡さずに踵を返し、そのまま去っていった。

「セイラ先輩、今の人……」

「……わかんない。でも、マツアに危ない匂いがしたら、あたしが守るって決めてるから」

 そう言って、セイラは肩をすくめて笑ってみせた。

「セイラ先輩、もう怒ってない?」
「ふん、なんであたしが怒るの。マツアは――あたしのマブでしょ?」
「……はい、マブです!」

 その言葉に、マツアはようやく自分の秘密と向き合う勇気を持てたのだった。