ホツ・マツアの恋

 別れの日が決まっている恋は、こんなにもつらいものなのか。逢えば逢うほど、切なさが加速する。
 マツアはその感覚に耐えきれず、眠れぬ夜をいくつも数えた。
 夢の中に堕ちていくときだけが、ほんの少し現実から逃げられる時間だった。

 冬休みに入ると、朝から夕方まで、二人はずっと一緒にいた。
 スマホで他愛ない写真を撮り合い、浜辺では凍える風に震えながら、
互いの片方の手袋を脱いで、恋人繋ぎをした。

 マツアの瞳に揺れる悲しみは、セイラの胸に痛く刺さった。
(何かを隠している……)
 そう感じていたが、問い詰めれば、この関係が一瞬で泡のように消えてしまう気がして、言えなかった。

 冬休みが終わり、セイラにとって最後の三学期が始まった。
 地元の小さな会社に就職が決まっていたセイラ。
 だが――

「就職先、決まったよ」

 そうマツアには伝えたけれど、「地元だ」とは、なぜかまだ言えずにいた。

 ある日、マツアはぽつりと告げた。

「セイラさん、僕は……父に逢いに行くことにしたよ」

 その呼び方に、セイラは息をのんだ。
――“先輩”じゃない。“さん”と呼んだのは、これが初めてだった。
 何かが終わり、そして何かが始まる。そんな予感が胸をよぎった。

「そう……。どこにいるのか、わかったんだね」
「うん。遠いよ。とても遠い、この海の果てにいるんだ」
「……しばらく、逢えないってことか」
「何、泣いているんだよ、マツア」
「一緒にいたい。ずっとそばにいたい」

――かわいいヤツだな、マツア。
(あたしたちの心は、いつも一緒だよ)

 その言葉を、セイラはそっと飲み込んだ。
 東京での就職をやめ、地元に残る決意をしたことも、まだ伝えられずにいた。


---別れまで、あとどれくらい?

 そのフレーズが、今度はセイラの耳の奥で繰り返された。
 無意識に、彼女はマツアの鼻をつまんだ。
「一緒だよ、ずっと。心は、いつも」

 ふたりは、ためらいもなく唇を重ねた。
 涙が頬をすべっていく。
 それが愛しさの涙なのか、悲しみの涙なのか、わからなかった。
 いろんな想いが混ざり合って、切なさという形になっていた。

「この浜辺が、あたしたちの待ち合わせ場所だよ、マツア」

「……うん」

「だから、あたしはここで待ってる」

「……東京には?」

 マツアの問いかけに、セイラはもう一度、彼の唇をそっと塞いだ。

「ここで、待っているから」


※   ※   ※

---別れまで、あと……1日

 そして、卒業式が来た。

 セイラが卒業証書を受け取る後ろ姿を、在校生席からマツアは静かに見つめていた。
 マツアは涙が、止まらなかった。
 胸の奥が、引き裂かれるように痛んだ。

 卒業式が終わって、セイラは校内を探し回った。けれど、マツアの姿はどこにもなかった。

 卒業証書を握りしめたまま、セイラは街を彷徨い、そして……いつもの浜辺へとたどり着いた。
 そこには、何もなかった。
 冷たい海風が吹きつけ、冬の海が広がっているだけだった。

 でも、ふと顔を上げたセイラは、その先に――
 ほんの微かな、春の気配を感じた。

 それはまるで、マツアの気配のようだった。

「マツア……ここで、待っているからね」