放課後――
マツアとセイラは、校門を出たとたん、自然に手を繋いでいた。
「あーら、いつものことだけどお熱いこと」
レムールが、風に紛れるように現れた。
唇を尖らせながら、わざとらしく首を傾ける。
「学校を出たとたんに恋人繋ぎは、どうかしら? 先生に見られたら、たいへ~ん」
「妬いているのか? レムール」
セイラが一歩前に出ようとする。
けれどマツアが、その手をぎゅっと握り、離さなかった。
「妬いているのか? ふうん、そうかもね!」
「開き直ったか? レムール」
マツアは軽く笑い、ぐいっとセイラの手を引いた。
「またな、レムール」
歩き出す直前、マツアはほんの一瞬、レムールとアイコンタクトを交わす。
彼女の目は、どこか意味あり気に揺れていた。
その視線の意味を、マツアは理解していた。
――防泥壁に来い、ということだ。
※ ※ ※
その夜、防泥壁――
静まり返った湾に、遠く工場のライトが滲んでいる。
マツアが崖下へ降りると、すでにレムールが立っていた。
「ほんと、あなたたちには妬けてきたわ」
レムールは半分ふざけた口調で言いながらも、真剣な目でマツアを見つめる。
マツアは視線を逸らしながら、静かに口を開いた。
「しばらく留守だったね」
「会いたかった? あはっ」
揺さぶるような言葉に、マツアの頬がわずかに熱を帯びた。だが感情を飲み込んで答える。
「オロイが接触してきたよ」
「……漁師さんを殺した男よ。やり合っていたら、あなたは生きていない」
その言葉に、背筋を冷たいものが走った。
「どちらに着く気かと問われて……僕は言った。オロイは、玉座が欲しいだけだって」
「ふぅ……無茶なことを。でも、マツアはどうしたいの?」
「僕は、地球とか、世界とか、そんな大きなことはわからない。だけど――」
「だけど?」
「セイラ先輩を、守るためになることをしたい。それだけなんだ」
レムールの目が、すっと細くなる。
波の音だけが、ふたりの間を流れた。
「強くなったわねえ、マツア」
「違うよ、レムール。怖いんだ。僕は強くなんてない。だけど――」
マツアは拳を握り、レムールの目を真正面から見返した。
「それでも、あの人を守りたい。自分の弱さを理由に、何もしないのは嫌なんだ」
レムールは少し微笑んだ。
その笑みに、ほんの少しだけ、優しさが滲んだ。
「母……レムリアに会ってきたの。私は北太平洋側の地上侵攻反対派に着きたいと伝えたわ」
(あなたを、守りたいから)――その言葉は、彼女の胸の奥に沈んだままだった。
「ありがとう、レムール」
「……ふん、だ!」
「え?」
「長い戦いになるんだよ」
「わかっている。でも、僕はもう、地上では生きられない。海水に触れなければ変異しない君たちと違って……僕は、雨に濡れるだけで変わり始める身体になってしまったから」
「……覚悟を決めたのね?」
「投獄されている父を解放したい。マラエ・ランガに行く。僕が“火種”になったのなら、王に会って、自分の目で見てもらいたい」
「向かえば、オロイが必ず追ってくるわよ」
「それでもいい。何もしないで、ここで終わるよりは」
レムールは少しの間黙ったのち、ぽつりと呟いた。
「マラエ・ランガは遠いわ。準備が必要……インド洋が、移動手段を用意する」
「ありがとう。レムール、でも――3月10日まで、待ってほしい」
「ええ。ちょうどいい時間だと思うわ」
そして彼女は、ふと何かを思い出したように、皮肉めいた口調で言った。
「ああ、そうね。卒業式か……ほんと、妬けるわ」
その声には、少しの憎らしさと、大きな優しさが混じっていた。
マツアは彼女を見返し、しっかりと視線を交わした。
遠く、灯台の明かりが瞬いた。
──別れまで、あとどれくらい?

マツアとセイラは、校門を出たとたん、自然に手を繋いでいた。
「あーら、いつものことだけどお熱いこと」
レムールが、風に紛れるように現れた。
唇を尖らせながら、わざとらしく首を傾ける。
「学校を出たとたんに恋人繋ぎは、どうかしら? 先生に見られたら、たいへ~ん」
「妬いているのか? レムール」
セイラが一歩前に出ようとする。
けれどマツアが、その手をぎゅっと握り、離さなかった。
「妬いているのか? ふうん、そうかもね!」
「開き直ったか? レムール」
マツアは軽く笑い、ぐいっとセイラの手を引いた。
「またな、レムール」
歩き出す直前、マツアはほんの一瞬、レムールとアイコンタクトを交わす。
彼女の目は、どこか意味あり気に揺れていた。
その視線の意味を、マツアは理解していた。
――防泥壁に来い、ということだ。
※ ※ ※
その夜、防泥壁――
静まり返った湾に、遠く工場のライトが滲んでいる。
マツアが崖下へ降りると、すでにレムールが立っていた。
「ほんと、あなたたちには妬けてきたわ」
レムールは半分ふざけた口調で言いながらも、真剣な目でマツアを見つめる。
マツアは視線を逸らしながら、静かに口を開いた。
「しばらく留守だったね」
「会いたかった? あはっ」
揺さぶるような言葉に、マツアの頬がわずかに熱を帯びた。だが感情を飲み込んで答える。
「オロイが接触してきたよ」
「……漁師さんを殺した男よ。やり合っていたら、あなたは生きていない」
その言葉に、背筋を冷たいものが走った。
「どちらに着く気かと問われて……僕は言った。オロイは、玉座が欲しいだけだって」
「ふぅ……無茶なことを。でも、マツアはどうしたいの?」
「僕は、地球とか、世界とか、そんな大きなことはわからない。だけど――」
「だけど?」
「セイラ先輩を、守るためになることをしたい。それだけなんだ」
レムールの目が、すっと細くなる。
波の音だけが、ふたりの間を流れた。
「強くなったわねえ、マツア」
「違うよ、レムール。怖いんだ。僕は強くなんてない。だけど――」
マツアは拳を握り、レムールの目を真正面から見返した。
「それでも、あの人を守りたい。自分の弱さを理由に、何もしないのは嫌なんだ」
レムールは少し微笑んだ。
その笑みに、ほんの少しだけ、優しさが滲んだ。
「母……レムリアに会ってきたの。私は北太平洋側の地上侵攻反対派に着きたいと伝えたわ」
(あなたを、守りたいから)――その言葉は、彼女の胸の奥に沈んだままだった。
「ありがとう、レムール」
「……ふん、だ!」
「え?」
「長い戦いになるんだよ」
「わかっている。でも、僕はもう、地上では生きられない。海水に触れなければ変異しない君たちと違って……僕は、雨に濡れるだけで変わり始める身体になってしまったから」
「……覚悟を決めたのね?」
「投獄されている父を解放したい。マラエ・ランガに行く。僕が“火種”になったのなら、王に会って、自分の目で見てもらいたい」
「向かえば、オロイが必ず追ってくるわよ」
「それでもいい。何もしないで、ここで終わるよりは」
レムールは少しの間黙ったのち、ぽつりと呟いた。
「マラエ・ランガは遠いわ。準備が必要……インド洋が、移動手段を用意する」
「ありがとう。レムール、でも――3月10日まで、待ってほしい」
「ええ。ちょうどいい時間だと思うわ」
そして彼女は、ふと何かを思い出したように、皮肉めいた口調で言った。
「ああ、そうね。卒業式か……ほんと、妬けるわ」
その声には、少しの憎らしさと、大きな優しさが混じっていた。
マツアは彼女を見返し、しっかりと視線を交わした。
遠く、灯台の明かりが瞬いた。
──別れまで、あとどれくらい?



