いつもの浜辺にいても辺りはもう日が暮れるのが早い。湾岸の工場群のライトアップが幻想の街のように浮かび上がっていた。

「排ガスをまいていてもライトアップされた工場群は綺麗なものですね」

「そうだね、どうしたの?なんかいつものぼーとしているマツアらしくない」

「ぼーとしている?ひどいなあ、セイラ先輩」

「もう真っ暗だ、冬だものね」

――別れまで、あとどれくらい?

ふとまた、あのフレーズが頭をよぎった。

「レムールが学校に来てないみたいだね、いるとイラつくけどいないともの足りない」

マツアはふと、防泥壁の方角に視線を向けてしまった。 その視線を追うセイラが、

「どこ見ているの?」

「えっ?」

「また、ぼーとマツアに戻ったか?」

「そんなにぼーとしてますか?」

「何か悩みがあるのだろ?いろんなことが起きているし」
マツアは小さく首を振る。
(こんな顔じゃ、全部バレてしまう……でも、言えるわけがない。セイラには関係のない世界だ。巻き込んではいけない)

「あっそうだ、明日は先に帰ってもいいよ。あたし放課後に担任と就職の件で面談があるんだ」

――別れまで、あとどれくらい? あのフレーズが耳の奥で繰り返し響いていた。

「じゃ、僕はここで待っています」

「うん、わかった」

 衝動的に二人は指を絡めた。 「指と指を互いに絡み合わせる繋ぎ方を恋人繋ぎというそうですね、先輩」
 セイラがフッと微笑みを向けた。
 あのフレーズを頭の中から追い出したいと考えているのはマツアだけではない。 セイラの指に力が加わった。

 二人は暗い海の果てを見ていた。 時間は止まらない。二人を置いて時間だけ過ぎて欲しいと想うたびに絡めた指はもつれた糸のようだと思った。どこに向かうのかわからないからだ。


※   ※   ※


 翌日の放課後、セイラは担任と職員室の隅で面談をしていた。

「先生、今さらで悪いのだけど、東京で働くのをやめて、この地元で仕事を見つけられないですか?」

「もちろん、まだ間に合うさ。地元に残りたくなってくれたのなら先生も嬉しいぞ。任せておきなさい。仕事は私が責任をもって探しておくからな」

「ありがとう。先生」

「君がそんなに嬉しそうな顔をするのを初めて見た気がするぞ」

「そんなことない」

 うつ向くセイラを見ながら担任教師は大きく頷いた。


※   ※   ※


 その頃の浜辺。 マツアは一人で防泥壁に行き、レムールがいないことを確認していつもの浜辺に戻って来たところだった。

(レムールが来ないと……安心するようで、どこか不安だ。僕は、どちらにも属していないつもりでいたのに。あの言葉――どちらに着く気か――それが現実になる時が来るのか)

「君がマツアか?」 フードを被った30歳前後の男がゆらりとマツアの横に立った。

 はっとして身構えるマツア。 心臓の鼓動が耳の奥で跳ねる。 冷たい夜風の中でも、背中にうっすら汗が浮かんでいた。

「フン、やめておけ。俺は戦士だ、オロイ様直轄の工作員だ」

「僕に何のようだ!」
「どちらに着く気なのかと思ってな」
「オロイは中央政権に近づいてどうしたいんだ?玉座を奪いたいだけか?」
「貴様、何様のつもりだ」

 睨み合うマツア達。 男の目は暗い海の底のようだった。 マツアの指先がかすかに震えた。

――やらなきゃいけないのか? 僕が、この人たちと……戦う?

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 突然、学生カバンが飛んできてフードの男の頭を直撃した。

「タイマンならあたしが相手だ!」

 颯爽とセイラが駆けて来る。

 マツアは黙ってセイラを庇うように男の前に入る。

「ちっ邪魔が入った」

 フードの男は頭に手を当てながら足早に去って行った。

「大丈夫か?マツア」
「セイラ先輩、無茶な衝動的行動はしないで下さい」
「マツアもな、あたしを庇おうとしただろ、弱いくせに」
  苦笑するマツアの横で息を切らすセイラ。 その肩の動きを見ながら、マツアはふいに口を閉ざした。

(僕が……守られてる。こんなにも)
 何も言わずにセイラと指を絡めた。 セイラも何も言わない。

――別れまで、あとどれくらい?


※   ※   ※


その夜、マツアの夢に父の影が現れる。 波間に立ち尽くす後ろ姿。 「……お前は、どこに立つつもりだ」

 目を覚ましたマツアの掌には、潮の匂いが残っていた。