次の日の朝、鏡の前に立ったのあは、自分の首元を隠すようにストールを巻いた。

(……まじでバレる。キスマークのレベルじゃないし)

あれから、車の中で何度もキスされて、
何度も名前を呼ばれて、
拒む間もないまま、心も身体も恋に支配された。

──のあは、恋にとって“所有物”なんだと、改めて思い知らされた夜だった。

「……やば。遅刻する」

軽くメイクを直して、家を飛び出すと──

「……おっせぇんだよ、姉貴」

家の門の前に停まっていたのは、
黒×金のペイントが施されたカスタム原付。
爆音仕様のマフラーと、ギラギラに磨かれたミラー。
乗っているのは、制服を着崩した弟・白咲 天音(しろさき あまね)。

「え、なんであんたがここにいんの?」

「送ってやる。兄貴ら出張だし、家政婦も用事あるって言うから、俺の出番」

そう言って、ヘルメットを片手に差し出す天音。
ツンツンしてるけど、どこか優しいその態度に──

(……ほんとに、あたしこと大好きなんだな)って、思う。

「ありがと。今日だけね」

「は? 明日も迎え行くけど?」

「いや、いいってば! 彼氏いるし!」

「だからこそ、だろ」

「……は?」

天音はちらっと視線を逸らした。

「……昨日、夜中に姉貴の部屋の前通ったけどさ。泣いてたろ?」

「……っ、え、なに、聞いてたの……?」

「聞こえるっつの。壁薄いし。
 ……恋くんのこと、マジで信用してんの?」

「なにそれ……」

のあは少しだけ怒った顔をした。

「……あの人しかいないの。私は」

「……あっそ」

天音はそれ以上何も言わず、ヘルメットをのあの頭にかぶせると、
ギアを踏んで、爆音を響かせながら原付を走らせた。

校門の前に着く頃には、のあの髪が風に揺れて、
少しだけ気持ちも軽くなっていた──けど。

 *

「のあ〜♡おはよっ!」

ゆあがキラキラした笑顔で飛びついてくる。

「ん〜♡今日も可愛い〜世界一〜!」

「ゆあもな?」

お互いに見つめ合って笑ってると──
その後ろから近づいてくる影。

「……おはよ、のあ」

その声に、のあの背筋がゾワッとした。

振り返ると、橘 彩芽(たちばな あやめ)がにっこり笑って立ってた。

(また来た……)

「昨日の話だけどさ、やっぱり私の勘違いかも♡」

「……そう?」

「うん。てか、恋くんってやっぱ特別だもんね? のあにとって」

「……うん、そうだよ」

「そっかぁ♡ じゃあ、もしさ」

彩芽がふっと笑った。

「恋くんが他の子とキスしてたって話、信じないんだ?」

──一瞬で、教室の空気が凍る。

「……は?」

「ううん、なんでもない♡ じゃあね」

彩芽は、何事もなかったように微笑んで去っていった。

ゆあが、のあの腕を掴んだ。

「のあ……気にしないで。あいつ、ただのかまちょだし」

「……うん。わかってる」

でも心の中では、ざわざわと不安が広がっていく。

(……昨日の夜、電話こなかった。
 ずっと“シャワー”って言ってたのに)

“好き”だけじゃ、守れない。
誰かが壊そうとしてる。
でも、壊されても……私は、恋がいい。

 *

その日の放課後──

のあのスマホに届いた1通の写真付きメッセージ。

《放課後、校舎裏》

そこには──
恋と、知らない女の子が寄り添っている写真が添えられていた。