ルンルン気分な悪役令嬢、パンをくわえた騎士と曲がり角でぶつかる。

「これから、よろしくお願いします。リアム。もっとも、婚約についてはお父様に認めていただく必要があるけれど」

 娘である貴族令嬢の嫁ぎ先の権限を持っているのは、家長であるお父様だ。

「それは、大丈夫です。スカーレット侯爵との会話は、よく心得ておりますので」

 その時のリアムの真剣な表情を見て、なんだか違和感を覚えたけれど、私が知らないだけで彼とお父様は懇意かもしれない。

「……ねえ。リアム。私たち、今日が初対面よね?」

 振れている彼の大きな手もその熱も、なんだか覚えのあるように思えて、私はなんとなく言った。

「いえ。僕にとってはそうではないのですが、アンジェラ様にとっては……そうなのかもしれません」

 まるで謎かけのような言葉を口にして、リアムはにっこりと微笑んだ。


◇◆◇


 ただ生きて居るというだけで、様々な物事に既視感を覚え、妙な子ども時代を過ごした。

 前世の記憶が完全に蘇ったのは、王太子デニスの婚約者である公爵令嬢アンジェラ・スカーレットを見た時だ。そこから、僕の地獄は始まった。

 彼女は乙女ゲームの悪役令嬢として、断罪されてしまう。