いつか力を得たならば、妹をこの手に取り戻し、
プラチナブロンドの王子をシメる。
それは決定事項だ。
外見はまごうことなき美少女で、
帝王の志を持つ少年、ゼノア・サイファリアは
手帳を取り出して、決定事項を書きこんだ。
(さすが髙橋の手帳は、書き心地が滑らかだ)
ゼノアは満足そうに微笑んだ。
髙橋の手帳。
それはサイファリア王太子、ゼノア・サイファリア愛用の品である。
だが今すぐにというわけにはいかない。
諸事情を考慮した上で、現状に歯噛みしたい思いはあるが、
今は時を待たねばならない。
ゼノアは自販機で購入した紅茶花伝を、
ポケットから取り出してプルタブを引いた。
遠目にセシリアとプラチナブロンドの王子が、
仲良くベンチに腰かけて、二人でたい焼きを食べている姿が見える。
「ふんっ! 気に入らんな。
あいつらちょっとくっつき過ぎじゃね?
ああ、今すぐにでもあいつの脳天に
ゼノア・ウルトラカッターをお見舞いしたいぜ。
俺の妹に手ぇだすなんざぁ、100万年早ぇぇんだよぉぉぉ!」
ゼノアが握りしめていた紅茶花伝の缶が歪にへこみ、
中身がだばだばと道端に零れ落ちている。
「ゼノア様……顔! 顔注意して!
えげつないから」
見かねた影の者が、小声で注意する。
「あら、私としたことが……。
取り乱してしまってごめんなさい」
影の者の声で、ゼノアが美少女に戻った。
「はすね、誰にも見つからないようにアレック様をお呼びして。
お渡ししたい物があるの」
ゼノアの命を受け、
影の者、はすねがアレックの背後に回ると、
「私の後ろにまわるな!」
アレックのドスのきいた声と共に、
とんでもない回し蹴りが壁に炸裂した。
間一髪のところで逃れたはすねが
泣いてアレックに詫びを入れている。
「何をやっているのだ、あのバカはっ!」
少しイライラしたゼノアが、館内放送のマイクを分捕った。
「ピンポンパンポンーーーーーー♪
ライネル公国よりお越しの、アレック・ブライアン様
お渡ししたい物がございますので、
至急サービスエリア西館の屋上までお越しくださいっ!!!」
マイクを握るゼノアの小指が立っていたのは言うまでもない。
(なるべく内密に、穏便に事を済まそうと思っていたのだが、
コイツらが相手ではまず無理だ)
そう腹を括ったゼノアの目が半眼になる。
(館内放送も腹から声を出してやったぞ。
どうだ、ちょっと恥ずかしかっただろう)
それはゼノアのせめてもの仕返しだった。
「え? 私ですか?」
アレックが館内放送に反応して西館の方に小走りにかけていった。
◇◇◇
「これは、これは……
どうもぉ、ご無沙汰しておりますぅ」
そう言ってアレックが、食えない笑顔を炸裂させた。
これが大人の挨拶だ。
ゼノアが少し冷めた目でアレックを見つめた。
「お久しぶりでございます。王配陛下。
火急のときゆえ、
このような恰好でお目にかかる無礼をお許しください」
そう言ってゼノアは、アレックの前に片膝をついた。
「そんな……楽になさってください、ゼノア王太子」
恐縮した体で、アレックがゼノアを立たせた。
「妹より連絡を受け、
ミシェル様のお薬をお届けに参りました。
ご入用と伺いました薬の他に、
東邦医学の権威であるドクター松本氏が
今回特別に調合してくださった
秘薬『キヨシ』を入れてございます」
どんな病でもたちどころによくなるという
伝説の秘薬『キヨシ』は、決して駅前のドラッグストアなどで
軽々しく売っている品ではない。
「このような貴重な品を……」
アレックの目が驚きに見開かれる。
「父エリックからの心ばかりの品です。
どうかご笑納ください」
父エリックの名を出すと、アレックの瞳が懐かしさに潤んだ。
「エリックは息災ですか?」
父王であるエリック・サイファリアと
ライネル公国の王配アレック・ブライアンは
唯一無二の親友なのだと父から聞かされた。
もし自分に何かがあったときには、
かならずアレックを頼るようにと。
「ええ、おかげさまで。息災にしております。
毎日公務に追われておりますが、元気にやっています」
ゼノアの言葉にアレックがほっとした表情をした。
「セシリア、あいつはどうですか?
慣れない男の服なんか着て、無理してませんか?」
(何気なく聞けばいいものを、声が震えてしまった)
ゼノアが唇を噛みしめた。
「今回の件は本当に申し訳ないことをしました。
不本意ながらもセシリア様を戦闘に巻き込んでしまって……」
アレックが心底申し訳なさそうにゼノアに謝った。
「いえ、この程度の戦闘でしたら、
あいつはどうにでもできるんで大丈夫です。
俺が言いたいのは、そういうことじゃなくて……」
ゼノアが言葉を切った。
そして意思を込めてアレックを強く見据えた。
「今は仕方がないんです。
今はまだ俺は子供でセシリアも国も、
自分の力で守ることができない。
だから、あなたに……あなたの国に……、
あなたの国のミシェル様に……セシリアを預けるんです。
だけど、然るべき時が来たなら、
その時は貴国とも庇護ではなくて、対等に付き合いたいのです。
堂々とセシリアを迎えに行って、みんなで幸せに暮らしたいんです。
だから、父との約束は、もう少しだけ待って欲しいんです。
俺が大人になって、力を得たならっ……!」
アレックのダークアッシュの瞳が、少年の強い意志の眩しさに細められた。
プラチナブロンドの王子をシメる。
それは決定事項だ。
外見はまごうことなき美少女で、
帝王の志を持つ少年、ゼノア・サイファリアは
手帳を取り出して、決定事項を書きこんだ。
(さすが髙橋の手帳は、書き心地が滑らかだ)
ゼノアは満足そうに微笑んだ。
髙橋の手帳。
それはサイファリア王太子、ゼノア・サイファリア愛用の品である。
だが今すぐにというわけにはいかない。
諸事情を考慮した上で、現状に歯噛みしたい思いはあるが、
今は時を待たねばならない。
ゼノアは自販機で購入した紅茶花伝を、
ポケットから取り出してプルタブを引いた。
遠目にセシリアとプラチナブロンドの王子が、
仲良くベンチに腰かけて、二人でたい焼きを食べている姿が見える。
「ふんっ! 気に入らんな。
あいつらちょっとくっつき過ぎじゃね?
ああ、今すぐにでもあいつの脳天に
ゼノア・ウルトラカッターをお見舞いしたいぜ。
俺の妹に手ぇだすなんざぁ、100万年早ぇぇんだよぉぉぉ!」
ゼノアが握りしめていた紅茶花伝の缶が歪にへこみ、
中身がだばだばと道端に零れ落ちている。
「ゼノア様……顔! 顔注意して!
えげつないから」
見かねた影の者が、小声で注意する。
「あら、私としたことが……。
取り乱してしまってごめんなさい」
影の者の声で、ゼノアが美少女に戻った。
「はすね、誰にも見つからないようにアレック様をお呼びして。
お渡ししたい物があるの」
ゼノアの命を受け、
影の者、はすねがアレックの背後に回ると、
「私の後ろにまわるな!」
アレックのドスのきいた声と共に、
とんでもない回し蹴りが壁に炸裂した。
間一髪のところで逃れたはすねが
泣いてアレックに詫びを入れている。
「何をやっているのだ、あのバカはっ!」
少しイライラしたゼノアが、館内放送のマイクを分捕った。
「ピンポンパンポンーーーーーー♪
ライネル公国よりお越しの、アレック・ブライアン様
お渡ししたい物がございますので、
至急サービスエリア西館の屋上までお越しくださいっ!!!」
マイクを握るゼノアの小指が立っていたのは言うまでもない。
(なるべく内密に、穏便に事を済まそうと思っていたのだが、
コイツらが相手ではまず無理だ)
そう腹を括ったゼノアの目が半眼になる。
(館内放送も腹から声を出してやったぞ。
どうだ、ちょっと恥ずかしかっただろう)
それはゼノアのせめてもの仕返しだった。
「え? 私ですか?」
アレックが館内放送に反応して西館の方に小走りにかけていった。
◇◇◇
「これは、これは……
どうもぉ、ご無沙汰しておりますぅ」
そう言ってアレックが、食えない笑顔を炸裂させた。
これが大人の挨拶だ。
ゼノアが少し冷めた目でアレックを見つめた。
「お久しぶりでございます。王配陛下。
火急のときゆえ、
このような恰好でお目にかかる無礼をお許しください」
そう言ってゼノアは、アレックの前に片膝をついた。
「そんな……楽になさってください、ゼノア王太子」
恐縮した体で、アレックがゼノアを立たせた。
「妹より連絡を受け、
ミシェル様のお薬をお届けに参りました。
ご入用と伺いました薬の他に、
東邦医学の権威であるドクター松本氏が
今回特別に調合してくださった
秘薬『キヨシ』を入れてございます」
どんな病でもたちどころによくなるという
伝説の秘薬『キヨシ』は、決して駅前のドラッグストアなどで
軽々しく売っている品ではない。
「このような貴重な品を……」
アレックの目が驚きに見開かれる。
「父エリックからの心ばかりの品です。
どうかご笑納ください」
父エリックの名を出すと、アレックの瞳が懐かしさに潤んだ。
「エリックは息災ですか?」
父王であるエリック・サイファリアと
ライネル公国の王配アレック・ブライアンは
唯一無二の親友なのだと父から聞かされた。
もし自分に何かがあったときには、
かならずアレックを頼るようにと。
「ええ、おかげさまで。息災にしております。
毎日公務に追われておりますが、元気にやっています」
ゼノアの言葉にアレックがほっとした表情をした。
「セシリア、あいつはどうですか?
慣れない男の服なんか着て、無理してませんか?」
(何気なく聞けばいいものを、声が震えてしまった)
ゼノアが唇を噛みしめた。
「今回の件は本当に申し訳ないことをしました。
不本意ながらもセシリア様を戦闘に巻き込んでしまって……」
アレックが心底申し訳なさそうにゼノアに謝った。
「いえ、この程度の戦闘でしたら、
あいつはどうにでもできるんで大丈夫です。
俺が言いたいのは、そういうことじゃなくて……」
ゼノアが言葉を切った。
そして意思を込めてアレックを強く見据えた。
「今は仕方がないんです。
今はまだ俺は子供でセシリアも国も、
自分の力で守ることができない。
だから、あなたに……あなたの国に……、
あなたの国のミシェル様に……セシリアを預けるんです。
だけど、然るべき時が来たなら、
その時は貴国とも庇護ではなくて、対等に付き合いたいのです。
堂々とセシリアを迎えに行って、みんなで幸せに暮らしたいんです。
だから、父との約束は、もう少しだけ待って欲しいんです。
俺が大人になって、力を得たならっ……!」
アレックのダークアッシュの瞳が、少年の強い意志の眩しさに細められた。

