事が終わって、アレックが王立の警察や
なんやかんやを呼び出しています。
パトカーのサイレンの音とか、
若手の警察官の敬礼やら、
そんな喧騒を少し離れて眺めていますと、
ミシェル様が唐突に
「おい、お前、ちょっと手を見せてみろ」
と言って私の手を取りました。
「っ痛ぅ」
手首に痛みが走り、少し顔を顰めてしまいました。
「やっぱりな。お前一発、
敵の攻撃をまともにその手で受けただろう」
多勢に無勢の混戦だったので、正直あまり覚えていません。
無我夢中でそれこそ必死で相手を殴っていたので、
痛みとか感じる暇もなかったっていうか……。
っていうか、むしろミシェル様よく見ていたなと思います。
ミシェル様は自分のバックパックの中から、
湿布薬を取り出し私の手首に貼り付けてくれました。
「これは取りあえず簡易のものだが、明日必ず病院に付き添う」
そう言ってミシェル様は、私に厳しい顔を向けました。
「いえ、病院なんて。
大したことないので大丈夫です。
それよりミシェル様のお身体の方が……」
心配ですって言おうとしたんですが、
「あほかっ! お前はっ!!!」
思いっきり怒鳴られてしまいました。
ちょっとビクッてなりました。
何? なんで怒るの? 意味がわかりません。
「目が覚めて、お前がいないことの恐怖が分かるか?
どれだけ心配したと思っている?」
ガラス玉のように透き通ったミシェル様のダークアッシュの瞳が
激情に揺れています。
「ごめんなさい。心配をおかけしました」
素直にそう謝ると、ミシェル様がため息を吐きました。
「いや、激してしまって悪かった。
お前が悪いわけではない。
お前を危険な目に合わせてしまったことも
お前に怪我をさせてしまったことも
全ては私の不甲斐なさのせいだ。許せ」
そう言ってミシェル様がその場を立ち去ると、
一人残された私の背後に影の者が立ちました。
「セシリア様、彼の方がお待ちでございます」
私をその名で呼ぶ者は限られています。
私は影の者に案内されて、パーキングエリアから続く非常階段を上り、
屋上に出ました。
鉄の重い扉を開けますと、
そこには一人の少女が佇んでおりました。
少女は深くフードを被り、その表情はこちらからは見えません。
月明かりが
風に棚引くその華奢なシルエットを
朧げに映し出しています。
「お久しぶりね。こんなところまで来ておいて、
私に会わずに帰るつもり?」
少女はそう言って深く被っていたフードを脱ぎました。
風に棚引く金色の髪、翡翠色の瞳。
自分と同じ顔。
少女は愛らしく小首を傾げました。
どこからどう見ても完璧な美少女です。
(何気に完成度たっけーな、おいいいいいいっ!)
と心の中で叫ばずにはおれません。
どうしたんだろう。この人……。
開けてはならない扉を開けてしまった感じなんだろうか。
そんな一抹の不安が胸を過りましたが、
「お久しぶりです。兄上」
そう言って私は臣下の礼を取り、片膝をついて、
差し出された手の甲に口づけました。
「久しぶりだな、セシリア」
おっ! ここでお兄様の口調が男に戻りました。
良かった。ちゃんと男です。
どうやら何かのスイッチが入ったらしいです。
そう言って不敵に笑う兄ゼノアはやはり帝王です。
偽物の私とは全く違うオーラを持っています。
万民がひれ伏すカリスマが全開で溢れています。
「ん~? セシリアよ。
プラチナブロンドの王子とか?
黒服の戦闘要員とか?
なんだか色々あるようだな」
どうやら兄ゼノアには全てがお見通しらしいです。
っていうか、兄の生温かい眼差しに
とてつもない圧を感じるのは
私の思い過ごしなのでしょうか?
そりゃあ、この人のことだもの、
刺客や侍女たちから定期的に報告を受けているよね。
その辺のぬかりがないことは、
私だってちゃんとわかっています。
「西方の古城に黒服の部隊が集結しているのは
数週間前から情報を掴んでいたが、
まさかその目と鼻の先にお前が現れ、戦闘になるとはな」
兄の眼差しが鋭いです。
心配をおかけして申し訳ない。
「お兄ちゃんはこのままサイファリアに
お前を連れ帰りたい気持ち満々なのだが」
ゼノアはそう言って腕を組みました。
今、この兄に手を伸ばせば、
私を祖国に連れ帰ってくれるのだろうか?
偽りの自分、薄氷を踏むような人質の生活から
私を救い出してくれるのだろうか?
ミシェル様の焔の中に、自らの意思を見いだした私と、
そこから逃げ出したいと思う私が
激しく交差しています。
(結局のところ、全ては淡い幻想なのだ)
そう思って自嘲がこみ上げました。
「祖国に逃げ帰ったところで、私の運命は変わりませんよ」
私の言葉に、兄ゼノアの瞳が伏せられました。
そのきつく握られた拳が、小刻みに震えています。
(ああ、何を言っているのだ、私は……)
心に鋭い痛みを覚え、私はきつく唇を噛みました。
自分の言葉にこみ上げてくる自己嫌悪感が、半端ありません。
(私の置かれた立場に、一番心を痛めているのはこの人なのに……)
「変えて見せる! 覚えておけ!
然るべきときが来て、私が力を得たならば、
必ずお前を連れ戻す!」
怒れる獅子の咆哮が、闇の夜に響きました。
それは手負いの獅子の、悲しい咆哮なのです。
運命とはつくづく厄介なものですね。
剣を持ってその身の果てるまで抗うべきものなのか。
それとも全てをあきらめて、ただ流されるべきものなのか。
今の私には判断がつきません。
風の音に交じって、
ミシェル様の怒鳴り声が聞こえてきました。
「ゼノアは一体どこへ行ったのだ!
近衛隊は警備の不備を恥よ!!!」
どうやらおかんむりのようです。
そろそろ戻らねばなりませんね。
屋上から駐車スペースを見下ろす、
兄の目の瞳孔がちょっと開いています。
「それとあのプラチナブロンドの王子に伝えておけ!
いつか絶対にシメると」
なんやかんやを呼び出しています。
パトカーのサイレンの音とか、
若手の警察官の敬礼やら、
そんな喧騒を少し離れて眺めていますと、
ミシェル様が唐突に
「おい、お前、ちょっと手を見せてみろ」
と言って私の手を取りました。
「っ痛ぅ」
手首に痛みが走り、少し顔を顰めてしまいました。
「やっぱりな。お前一発、
敵の攻撃をまともにその手で受けただろう」
多勢に無勢の混戦だったので、正直あまり覚えていません。
無我夢中でそれこそ必死で相手を殴っていたので、
痛みとか感じる暇もなかったっていうか……。
っていうか、むしろミシェル様よく見ていたなと思います。
ミシェル様は自分のバックパックの中から、
湿布薬を取り出し私の手首に貼り付けてくれました。
「これは取りあえず簡易のものだが、明日必ず病院に付き添う」
そう言ってミシェル様は、私に厳しい顔を向けました。
「いえ、病院なんて。
大したことないので大丈夫です。
それよりミシェル様のお身体の方が……」
心配ですって言おうとしたんですが、
「あほかっ! お前はっ!!!」
思いっきり怒鳴られてしまいました。
ちょっとビクッてなりました。
何? なんで怒るの? 意味がわかりません。
「目が覚めて、お前がいないことの恐怖が分かるか?
どれだけ心配したと思っている?」
ガラス玉のように透き通ったミシェル様のダークアッシュの瞳が
激情に揺れています。
「ごめんなさい。心配をおかけしました」
素直にそう謝ると、ミシェル様がため息を吐きました。
「いや、激してしまって悪かった。
お前が悪いわけではない。
お前を危険な目に合わせてしまったことも
お前に怪我をさせてしまったことも
全ては私の不甲斐なさのせいだ。許せ」
そう言ってミシェル様がその場を立ち去ると、
一人残された私の背後に影の者が立ちました。
「セシリア様、彼の方がお待ちでございます」
私をその名で呼ぶ者は限られています。
私は影の者に案内されて、パーキングエリアから続く非常階段を上り、
屋上に出ました。
鉄の重い扉を開けますと、
そこには一人の少女が佇んでおりました。
少女は深くフードを被り、その表情はこちらからは見えません。
月明かりが
風に棚引くその華奢なシルエットを
朧げに映し出しています。
「お久しぶりね。こんなところまで来ておいて、
私に会わずに帰るつもり?」
少女はそう言って深く被っていたフードを脱ぎました。
風に棚引く金色の髪、翡翠色の瞳。
自分と同じ顔。
少女は愛らしく小首を傾げました。
どこからどう見ても完璧な美少女です。
(何気に完成度たっけーな、おいいいいいいっ!)
と心の中で叫ばずにはおれません。
どうしたんだろう。この人……。
開けてはならない扉を開けてしまった感じなんだろうか。
そんな一抹の不安が胸を過りましたが、
「お久しぶりです。兄上」
そう言って私は臣下の礼を取り、片膝をついて、
差し出された手の甲に口づけました。
「久しぶりだな、セシリア」
おっ! ここでお兄様の口調が男に戻りました。
良かった。ちゃんと男です。
どうやら何かのスイッチが入ったらしいです。
そう言って不敵に笑う兄ゼノアはやはり帝王です。
偽物の私とは全く違うオーラを持っています。
万民がひれ伏すカリスマが全開で溢れています。
「ん~? セシリアよ。
プラチナブロンドの王子とか?
黒服の戦闘要員とか?
なんだか色々あるようだな」
どうやら兄ゼノアには全てがお見通しらしいです。
っていうか、兄の生温かい眼差しに
とてつもない圧を感じるのは
私の思い過ごしなのでしょうか?
そりゃあ、この人のことだもの、
刺客や侍女たちから定期的に報告を受けているよね。
その辺のぬかりがないことは、
私だってちゃんとわかっています。
「西方の古城に黒服の部隊が集結しているのは
数週間前から情報を掴んでいたが、
まさかその目と鼻の先にお前が現れ、戦闘になるとはな」
兄の眼差しが鋭いです。
心配をおかけして申し訳ない。
「お兄ちゃんはこのままサイファリアに
お前を連れ帰りたい気持ち満々なのだが」
ゼノアはそう言って腕を組みました。
今、この兄に手を伸ばせば、
私を祖国に連れ帰ってくれるのだろうか?
偽りの自分、薄氷を踏むような人質の生活から
私を救い出してくれるのだろうか?
ミシェル様の焔の中に、自らの意思を見いだした私と、
そこから逃げ出したいと思う私が
激しく交差しています。
(結局のところ、全ては淡い幻想なのだ)
そう思って自嘲がこみ上げました。
「祖国に逃げ帰ったところで、私の運命は変わりませんよ」
私の言葉に、兄ゼノアの瞳が伏せられました。
そのきつく握られた拳が、小刻みに震えています。
(ああ、何を言っているのだ、私は……)
心に鋭い痛みを覚え、私はきつく唇を噛みました。
自分の言葉にこみ上げてくる自己嫌悪感が、半端ありません。
(私の置かれた立場に、一番心を痛めているのはこの人なのに……)
「変えて見せる! 覚えておけ!
然るべきときが来て、私が力を得たならば、
必ずお前を連れ戻す!」
怒れる獅子の咆哮が、闇の夜に響きました。
それは手負いの獅子の、悲しい咆哮なのです。
運命とはつくづく厄介なものですね。
剣を持ってその身の果てるまで抗うべきものなのか。
それとも全てをあきらめて、ただ流されるべきものなのか。
今の私には判断がつきません。
風の音に交じって、
ミシェル様の怒鳴り声が聞こえてきました。
「ゼノアは一体どこへ行ったのだ!
近衛隊は警備の不備を恥よ!!!」
どうやらおかんむりのようです。
そろそろ戻らねばなりませんね。
屋上から駐車スペースを見下ろす、
兄の目の瞳孔がちょっと開いています。
「それとあのプラチナブロンドの王子に伝えておけ!
いつか絶対にシメると」

