「馬鹿なっ! そんなはずはない。
それらの薬草はミシェル様の常備薬として
厳重に禁裏の薬草園で管理されていたはず」
珍しくアレックが声を荒げていたので、
私は思わず執務室の扉をノックする手を
引っ込めてしまいました。
果たして私はこの扉を叩いてもいいのか。
しばらくの逡巡の後で、それでも私は扉を叩きました。
ええ、理解はしています。
私は他国の王太子(影武者)で、
この国の内情にこれ以上深入りしてはならないことは。
受話器を置いたアレックが、額に手を置いて憔悴しています。
冷静沈着を地で行くこの執事の、
こんなにも取り乱した様を私は初めて見ました。
いつもはきちんと整えられた髪も、
少し乱れて前髪がはらりと散っています。
「どうなさいましたか、ゼノア様」
ようやく私に気付いて、驚いたようにアレックが顔を上げました。
「その問い、そっくりそのままアレックに返します」
そう言って微笑むと、アレックも幾分表情を和らげてくれました。
「お騒がせして申し訳ありません」
アレックが立ち上がろうとするのを制し、
私はアレックの隣に腰かけました。
「大丈夫ですか? アレック」
私の問いにアレックは戸惑っているように
二三大きく瞬きをしました。
「私ですか? 私は全然大丈夫ですが」
アレックは自分が今どれだけ取り乱しているのかさえ、
気付いていないようです。
「それは嘘ですね、アレックはミシェル様のことになると
全然大丈夫じゃなくなるんですから」
そう言って私はいたずらっぽく微笑んで見せました。
嘘笑顔じゃないですよ?
人間こういう時こそ余裕を持たなくてはならないのです。
今は私以上に取り乱しているアレックを気遣わないといけません。
「一人で抱え込まないで、アレック。
もしよかったら、私に事情を話してくださいませんか?
何か力になれるかもしれません」
そういうと、アレックは少し警戒を解いてくれたようで、
少しづつミシェル様の現状を話してくれました。
「ミシェル様は夏に大きな発作を起こされて、
もし同等規模の発作が起これば
お医者様に命の保証はないと言われているのです」
なんとなくそんな気はしていたのですが、
アレックの口から聞くと改めてヘビーです。
夜中にラーメンを食べてしまって
胸焼けして眠れないときくらいの破壊力です。
成長期真っ只中の私が『ああ、明日は断食でもするかな』
というくらい胃がショックを受けています。
「そうだったのですか」
重い沈黙が流れます。
12歳の私にはとても担いきれません。
きっと最初に出会った時のミシェル様の絶望の色は
そういうところからきていたのでしょう。
齢12歳にして、死を覚悟する程の大病を患うって、
どんだけキツイんですか。
ちょっと泣きたくなりました。
ですがあのバカはそういう状況で私に上着を渡したのです。
あのときの状況を思い出し、ちょっと怒りに目が半眼になりました。
(いや、バカは私だ。ミシェル様の身体が
弱いということを知っていながら、その好意に甘えてしまった私が悪い)
自己嫌悪が半端ないです。
「そうでしたか。で、薬が手に入らないとは?」
先程アレックが電話越しに声を荒げていた一件について尋ねてみました。
「ええ、禁裏の薬草園で栽培管理されているはずの
ミシェル様の常備薬や発作を止めるお薬が、
何者かによって引き抜かれ、荒らされていると」
ああ、そういうパターンでしたか……。
まあ、よくあるパターンですよね。
私も王族の端くれ、
知っていますよ?
魑魅魍魎が巣くうのが王宮ってことくらい。
血で血を洗う骨肉の争いが、
この公国でも繰り広げられているんですね。
病を患うたった12歳の少年にさえ、
容赦ない刃を振るおうとしている輩がいるっていうのですね。
へー。
ほー。
ふぅん。
極めて客観的に状況を判断したつもりだったんですが、
自分の中で何かが目覚めるのを感じました。
『そういうことなら、
私がその命を守ろうじゃありませんか』
外交? 人質?
はて何のことでしょう。
ソレ美味シイノ?
「それはなんという薬草ですか?」
「桂皮、葛根、桔梗、麦門冬、金銀花、麻黄と甘草は
取りあえずほしいところです」
このへんは高級といえど漢方の王道ですね。
この国の大手薬問屋にも出回っていそうですが、
その場合、明日を待たなければ手に入らないでしょうね。
そのときノックもなしに、
ミシェル様付の侍女が血相を変えて執務室に飛び込んできました。
「アレック様、ミシェル様の容態が急変いたしました」
時は一刻を争うらしいので、私はちょっくら実家に帰ることにします。
「わかりました。ここから車で二時間半のところに
私の直轄領がありますので、通行手形をください。
薬を貰ってきます」
といったら、アレックがぎょっとした表情で詰め寄ってきました。
「ゼノア様自らが行くのですか?
それは危険です。許可できません」
とんでもない、とばかりに肩を掴まれました。
「大丈夫ですよ、ちょっと薬を貰ってくるだけですし」
私の意志の固さを見て取ったのと、
背に腹は代えられない状況のためにアレックが口を開きました。
「でしたらせめて近衛隊をお付けいたします。
特別車両で脇を固めさせて……」
ひぃぃぃぃ、やめてくださぃぃぃぃ。
うちの国家はぱっと見弱小なんですけど、
内情はそうでもありません。
特殊部隊とかが色々いやがってですね。
そういう輩の戦闘能力とか本当エグイよ?
私の性別だけじゃない、後ろ暗いことゴロゴロしてるんで、
生きて帰りたければ決して何も見てはなりません。
「それはご遠慮いただきたいです。私の立場をお察しください。
両国の電話の通話でさえ躊躇う事柄です。
できれば穏便に事を済ませたい」
とはいえ、私、年齢の関係で運転免許をもっていないんですよねぇ。
バイク、車、戦車、ガ〇ダム、戦闘機、大型車両、クルザー……くらいなら
ざっと操縦訓練は受けてはいるから、運転はうまいものですよ?
ただ他国の領域で無免許運転で捕まるわけには、いかないんですよねぇ。
「ではバイクの名手である近衛隊のミッドをお付けしましょう」
まあ、隠密行動ですし、ミッドは近衛隊のエースですし、この辺が妥当なのではと
思案を巡らせたときです。
あれ? なんだか嫌なことを思い出しました。
そういえばこの人って、王都入城の初日に白バイで事故ってた人じゃん……。
敏腕執事、これは人選ミスです。
それらの薬草はミシェル様の常備薬として
厳重に禁裏の薬草園で管理されていたはず」
珍しくアレックが声を荒げていたので、
私は思わず執務室の扉をノックする手を
引っ込めてしまいました。
果たして私はこの扉を叩いてもいいのか。
しばらくの逡巡の後で、それでも私は扉を叩きました。
ええ、理解はしています。
私は他国の王太子(影武者)で、
この国の内情にこれ以上深入りしてはならないことは。
受話器を置いたアレックが、額に手を置いて憔悴しています。
冷静沈着を地で行くこの執事の、
こんなにも取り乱した様を私は初めて見ました。
いつもはきちんと整えられた髪も、
少し乱れて前髪がはらりと散っています。
「どうなさいましたか、ゼノア様」
ようやく私に気付いて、驚いたようにアレックが顔を上げました。
「その問い、そっくりそのままアレックに返します」
そう言って微笑むと、アレックも幾分表情を和らげてくれました。
「お騒がせして申し訳ありません」
アレックが立ち上がろうとするのを制し、
私はアレックの隣に腰かけました。
「大丈夫ですか? アレック」
私の問いにアレックは戸惑っているように
二三大きく瞬きをしました。
「私ですか? 私は全然大丈夫ですが」
アレックは自分が今どれだけ取り乱しているのかさえ、
気付いていないようです。
「それは嘘ですね、アレックはミシェル様のことになると
全然大丈夫じゃなくなるんですから」
そう言って私はいたずらっぽく微笑んで見せました。
嘘笑顔じゃないですよ?
人間こういう時こそ余裕を持たなくてはならないのです。
今は私以上に取り乱しているアレックを気遣わないといけません。
「一人で抱え込まないで、アレック。
もしよかったら、私に事情を話してくださいませんか?
何か力になれるかもしれません」
そういうと、アレックは少し警戒を解いてくれたようで、
少しづつミシェル様の現状を話してくれました。
「ミシェル様は夏に大きな発作を起こされて、
もし同等規模の発作が起これば
お医者様に命の保証はないと言われているのです」
なんとなくそんな気はしていたのですが、
アレックの口から聞くと改めてヘビーです。
夜中にラーメンを食べてしまって
胸焼けして眠れないときくらいの破壊力です。
成長期真っ只中の私が『ああ、明日は断食でもするかな』
というくらい胃がショックを受けています。
「そうだったのですか」
重い沈黙が流れます。
12歳の私にはとても担いきれません。
きっと最初に出会った時のミシェル様の絶望の色は
そういうところからきていたのでしょう。
齢12歳にして、死を覚悟する程の大病を患うって、
どんだけキツイんですか。
ちょっと泣きたくなりました。
ですがあのバカはそういう状況で私に上着を渡したのです。
あのときの状況を思い出し、ちょっと怒りに目が半眼になりました。
(いや、バカは私だ。ミシェル様の身体が
弱いということを知っていながら、その好意に甘えてしまった私が悪い)
自己嫌悪が半端ないです。
「そうでしたか。で、薬が手に入らないとは?」
先程アレックが電話越しに声を荒げていた一件について尋ねてみました。
「ええ、禁裏の薬草園で栽培管理されているはずの
ミシェル様の常備薬や発作を止めるお薬が、
何者かによって引き抜かれ、荒らされていると」
ああ、そういうパターンでしたか……。
まあ、よくあるパターンですよね。
私も王族の端くれ、
知っていますよ?
魑魅魍魎が巣くうのが王宮ってことくらい。
血で血を洗う骨肉の争いが、
この公国でも繰り広げられているんですね。
病を患うたった12歳の少年にさえ、
容赦ない刃を振るおうとしている輩がいるっていうのですね。
へー。
ほー。
ふぅん。
極めて客観的に状況を判断したつもりだったんですが、
自分の中で何かが目覚めるのを感じました。
『そういうことなら、
私がその命を守ろうじゃありませんか』
外交? 人質?
はて何のことでしょう。
ソレ美味シイノ?
「それはなんという薬草ですか?」
「桂皮、葛根、桔梗、麦門冬、金銀花、麻黄と甘草は
取りあえずほしいところです」
このへんは高級といえど漢方の王道ですね。
この国の大手薬問屋にも出回っていそうですが、
その場合、明日を待たなければ手に入らないでしょうね。
そのときノックもなしに、
ミシェル様付の侍女が血相を変えて執務室に飛び込んできました。
「アレック様、ミシェル様の容態が急変いたしました」
時は一刻を争うらしいので、私はちょっくら実家に帰ることにします。
「わかりました。ここから車で二時間半のところに
私の直轄領がありますので、通行手形をください。
薬を貰ってきます」
といったら、アレックがぎょっとした表情で詰め寄ってきました。
「ゼノア様自らが行くのですか?
それは危険です。許可できません」
とんでもない、とばかりに肩を掴まれました。
「大丈夫ですよ、ちょっと薬を貰ってくるだけですし」
私の意志の固さを見て取ったのと、
背に腹は代えられない状況のためにアレックが口を開きました。
「でしたらせめて近衛隊をお付けいたします。
特別車両で脇を固めさせて……」
ひぃぃぃぃ、やめてくださぃぃぃぃ。
うちの国家はぱっと見弱小なんですけど、
内情はそうでもありません。
特殊部隊とかが色々いやがってですね。
そういう輩の戦闘能力とか本当エグイよ?
私の性別だけじゃない、後ろ暗いことゴロゴロしてるんで、
生きて帰りたければ決して何も見てはなりません。
「それはご遠慮いただきたいです。私の立場をお察しください。
両国の電話の通話でさえ躊躇う事柄です。
できれば穏便に事を済ませたい」
とはいえ、私、年齢の関係で運転免許をもっていないんですよねぇ。
バイク、車、戦車、ガ〇ダム、戦闘機、大型車両、クルザー……くらいなら
ざっと操縦訓練は受けてはいるから、運転はうまいものですよ?
ただ他国の領域で無免許運転で捕まるわけには、いかないんですよねぇ。
「ではバイクの名手である近衛隊のミッドをお付けしましょう」
まあ、隠密行動ですし、ミッドは近衛隊のエースですし、この辺が妥当なのではと
思案を巡らせたときです。
あれ? なんだか嫌なことを思い出しました。
そういえばこの人って、王都入城の初日に白バイで事故ってた人じゃん……。
敏腕執事、これは人選ミスです。

