エルダートン卿の夜会で、私のことを気に入ってくださった伯爵夫人が
お茶会に招いてくださったのはいいけれど
女性の話はとにかく長い。
その8割方は誰かの悪口だったので、適当に意識を飛ばしてはいたけれど、
ああ、疲れる……。
なんだろう、体中のエネルギーを吸い取られた感じです。
ああもう速攻で自室に戻って、お風呂に入って寝たい。
むしろ泥のようにバスタブに沈みたい。
そうだなぁ~、今夜は登別の湯にしよう。
こういった日を想定して、入浴剤を結構コレクションしてるんです。
なんせ外交は、心を削りますからね。
車の後部座席で、生きる屍と化した私を気遣って、
今日の護衛についてくれたミッドが、
ドライブスルーでジュースとドーナツを買ってくれました。
「ミッドさん……マジ天使……」
心が弱っていたので、感涙しながら頂きました。
「そんな大袈裟な」
とミッドは謙遜しつつ、
「実は……ゼノア様にお願いがあるのですが」
と切り出しました。
「はいはい、私にできることならなんなりと」
私も身を乗り出して、ミッドの話に耳を傾けます。
「実はエルダートン卿の孫娘、エリオットさんのことなのですが」
エリオットさんといえば、ワインレッドのドレスを着たあの黒髪の美女さんですね。
ボンキュッボンのあのボディーラインには、同性の私もキュンときます。
おやおや、これは。
ミッドが言葉を切って、顔を赤面させていますよ。
そんなミッドを見ていたら、自然と表情筋が緩んでしまいます。
「ミッドさんてば……エリオット嬢のことがお好きなんでしょう?」
あっやばい、今私の中におばさんが憑依している。
口調がさっきのマダム連中にそっくりだ。
「……はい」
ミッドが小さく呟きました。
うひょーーーーー!
テンションあがるぅぅぅ!
「いいんじゃないですか?
近衛隊のエースと大公の孫、
美男と美女だし、普通にお似合いじゃないですか」
うっかりそう言ってしまうと
「そう思います? 本当にそう思います?」
ミッドに襟首をつかまれて、ガクガクされました。
ぐわーん、ぐわーんってなってます。私。
「あっ、ごめんなさい。ゼノア様」
魂が抜けかかっている私に気付いて、ミッドはすぐに手を放してくれましたが、
そういうとこ気をつけたほうがいいよ。君は。
「それで、ミッドのお願いとは?」
「エルダートン家のお茶会や夜会に出向くときは、
できたら俺を護衛に選んでくれたらな~なんて……」
少し照れたように言葉を濁すミッドに、微笑みが誘われます。
「お安い御用ですよ」
そう言ってあげると、ミッドは破顔しました。
◇◇◇
館に戻れたのは、すっかり日も暗くなってからでした。
「ただいま戻りました」
あれ? 出迎えてくれたのは、アレックではない執事です。
「どうしたのですか? なにか館が慌ただしいようですが」
車止めには、私たちの車の他に別の公用車が止まっています。
お客様でしょうか。ですが、今夜こちらでどなたかのお客様を
招いての晩餐の予定があるとは聞いていません。
「ミシェル様が体調を崩されて、今お医者様が呼ばれたところなんですよ」
医師が呼ばれた時間帯を考えると、容態があまり芳しくないように思います。
私は車から降り、急いでミシェル様の部屋へ行きました。
寝室の手前の書斎に、アレックが控えていて、
無言のままに首を振り、私が寝室に入ることを止められましたが、
私はアレックの静止を振り切り、扉を開けました。
ミシェル様が咳き込んでおられました。
「ミシェル様っ!」
「み……るな、ゼノア」
胸をつかみ、ひどく苦しそうです。
「大事……ない、心配するな……」
それは一大事でしょう。
普通に心配するでしょう。
「咳止めを処方してもらったので、間もなく治まると思います。
慌ただしくて申し訳ありませんが、ゼノア様もどうかお休みください」
アレックに促されて自室に戻ったけど、とても寝付けません。
入浴剤とか、そんなのもう頭の中から飛んでいました。
ただ瞼の裏に、ミシェル様が苦しむ光景が張り付いて離れません。
「寝付けない時には、寝なければいいのですよ」
私はネグリジェの上に上着を羽織り、ミシェル様の部屋に行きました。
書斎の奥の寝室から、ベッドサイドの明かりがほんのりと漏れていました。
喉をヒュウヒュウと鳴らし、やっぱりミシェル様は苦しそうです。
そんな状況でミシェル様も寝付けるわけありませんよね。
物憂げな視線が、こちらに向けられます。
苦しむミシェル様を見るのが怖くて、私の身体がバカみたいに震えています。
「ゼノア……か?」
と問われました。
「はい、そうです」
そういって私はベッドサイドの椅子に腰かけました。
「茶会は……どうだっ……た?」
苦しい息の下で、ミシェル様が問いました。
「肩がこりました」
そういうと、ミシェル様がプッと笑いました。
ミシェル様が笑ってくれると少し安心します。
「そもそも楽しいと思いますか?
大人の話なんてちっとも理解できやしないのに、
ずーっと笑ってなきゃならないんですよ」
沈黙が怖くて、だけどそれを隠そうとするように、
バカみたいにはしゃごうとする私が、自分でもひどく滑稽で、
上滑りな会話がもどかしい。
「そういえば……お前は嘘の笑顔が……得意だな」
この人には知られていたのだ。
いや、知っていてくれたのだ。
泣きながら笑って演じなければならない私の道化を
「悲しいスキルですね、お互い」
そして私は嘘を貼り付けて、また笑う。
「私は……お前ほど……軽々しく笑わな……い」
確かにそうだ。
この人は自分の心に嘘をつかない。
いつも真っすぐに私を見つめる。
そこに私は、どう映っているのでしょうか。
あなたの視線に恥じない、私なのでしょうか。
「そうそう、言われてみればそうですよね、
なんでしたっけ? 表情筋が死んでるんでしたっけ?」
それでも私は無理に、はしゃいだような声を出す。
偽りの私は真実である現実を直視できない。
「涙を……ふ……け」
ミシェル様の手が伸びてきて、頬に触れました。
「ひ……ん……」
涙腺が崩壊しています。
「私のために……泣かなくてもいい。大丈夫だから……」
そういってミシェル様が、頭を撫でてくれました。
お茶会に招いてくださったのはいいけれど
女性の話はとにかく長い。
その8割方は誰かの悪口だったので、適当に意識を飛ばしてはいたけれど、
ああ、疲れる……。
なんだろう、体中のエネルギーを吸い取られた感じです。
ああもう速攻で自室に戻って、お風呂に入って寝たい。
むしろ泥のようにバスタブに沈みたい。
そうだなぁ~、今夜は登別の湯にしよう。
こういった日を想定して、入浴剤を結構コレクションしてるんです。
なんせ外交は、心を削りますからね。
車の後部座席で、生きる屍と化した私を気遣って、
今日の護衛についてくれたミッドが、
ドライブスルーでジュースとドーナツを買ってくれました。
「ミッドさん……マジ天使……」
心が弱っていたので、感涙しながら頂きました。
「そんな大袈裟な」
とミッドは謙遜しつつ、
「実は……ゼノア様にお願いがあるのですが」
と切り出しました。
「はいはい、私にできることならなんなりと」
私も身を乗り出して、ミッドの話に耳を傾けます。
「実はエルダートン卿の孫娘、エリオットさんのことなのですが」
エリオットさんといえば、ワインレッドのドレスを着たあの黒髪の美女さんですね。
ボンキュッボンのあのボディーラインには、同性の私もキュンときます。
おやおや、これは。
ミッドが言葉を切って、顔を赤面させていますよ。
そんなミッドを見ていたら、自然と表情筋が緩んでしまいます。
「ミッドさんてば……エリオット嬢のことがお好きなんでしょう?」
あっやばい、今私の中におばさんが憑依している。
口調がさっきのマダム連中にそっくりだ。
「……はい」
ミッドが小さく呟きました。
うひょーーーーー!
テンションあがるぅぅぅ!
「いいんじゃないですか?
近衛隊のエースと大公の孫、
美男と美女だし、普通にお似合いじゃないですか」
うっかりそう言ってしまうと
「そう思います? 本当にそう思います?」
ミッドに襟首をつかまれて、ガクガクされました。
ぐわーん、ぐわーんってなってます。私。
「あっ、ごめんなさい。ゼノア様」
魂が抜けかかっている私に気付いて、ミッドはすぐに手を放してくれましたが、
そういうとこ気をつけたほうがいいよ。君は。
「それで、ミッドのお願いとは?」
「エルダートン家のお茶会や夜会に出向くときは、
できたら俺を護衛に選んでくれたらな~なんて……」
少し照れたように言葉を濁すミッドに、微笑みが誘われます。
「お安い御用ですよ」
そう言ってあげると、ミッドは破顔しました。
◇◇◇
館に戻れたのは、すっかり日も暗くなってからでした。
「ただいま戻りました」
あれ? 出迎えてくれたのは、アレックではない執事です。
「どうしたのですか? なにか館が慌ただしいようですが」
車止めには、私たちの車の他に別の公用車が止まっています。
お客様でしょうか。ですが、今夜こちらでどなたかのお客様を
招いての晩餐の予定があるとは聞いていません。
「ミシェル様が体調を崩されて、今お医者様が呼ばれたところなんですよ」
医師が呼ばれた時間帯を考えると、容態があまり芳しくないように思います。
私は車から降り、急いでミシェル様の部屋へ行きました。
寝室の手前の書斎に、アレックが控えていて、
無言のままに首を振り、私が寝室に入ることを止められましたが、
私はアレックの静止を振り切り、扉を開けました。
ミシェル様が咳き込んでおられました。
「ミシェル様っ!」
「み……るな、ゼノア」
胸をつかみ、ひどく苦しそうです。
「大事……ない、心配するな……」
それは一大事でしょう。
普通に心配するでしょう。
「咳止めを処方してもらったので、間もなく治まると思います。
慌ただしくて申し訳ありませんが、ゼノア様もどうかお休みください」
アレックに促されて自室に戻ったけど、とても寝付けません。
入浴剤とか、そんなのもう頭の中から飛んでいました。
ただ瞼の裏に、ミシェル様が苦しむ光景が張り付いて離れません。
「寝付けない時には、寝なければいいのですよ」
私はネグリジェの上に上着を羽織り、ミシェル様の部屋に行きました。
書斎の奥の寝室から、ベッドサイドの明かりがほんのりと漏れていました。
喉をヒュウヒュウと鳴らし、やっぱりミシェル様は苦しそうです。
そんな状況でミシェル様も寝付けるわけありませんよね。
物憂げな視線が、こちらに向けられます。
苦しむミシェル様を見るのが怖くて、私の身体がバカみたいに震えています。
「ゼノア……か?」
と問われました。
「はい、そうです」
そういって私はベッドサイドの椅子に腰かけました。
「茶会は……どうだっ……た?」
苦しい息の下で、ミシェル様が問いました。
「肩がこりました」
そういうと、ミシェル様がプッと笑いました。
ミシェル様が笑ってくれると少し安心します。
「そもそも楽しいと思いますか?
大人の話なんてちっとも理解できやしないのに、
ずーっと笑ってなきゃならないんですよ」
沈黙が怖くて、だけどそれを隠そうとするように、
バカみたいにはしゃごうとする私が、自分でもひどく滑稽で、
上滑りな会話がもどかしい。
「そういえば……お前は嘘の笑顔が……得意だな」
この人には知られていたのだ。
いや、知っていてくれたのだ。
泣きながら笑って演じなければならない私の道化を
「悲しいスキルですね、お互い」
そして私は嘘を貼り付けて、また笑う。
「私は……お前ほど……軽々しく笑わな……い」
確かにそうだ。
この人は自分の心に嘘をつかない。
いつも真っすぐに私を見つめる。
そこに私は、どう映っているのでしょうか。
あなたの視線に恥じない、私なのでしょうか。
「そうそう、言われてみればそうですよね、
なんでしたっけ? 表情筋が死んでるんでしたっけ?」
それでも私は無理に、はしゃいだような声を出す。
偽りの私は真実である現実を直視できない。
「涙を……ふ……け」
ミシェル様の手が伸びてきて、頬に触れました。
「ひ……ん……」
涙腺が崩壊しています。
「私のために……泣かなくてもいい。大丈夫だから……」
そういってミシェル様が、頭を撫でてくれました。

