わがまま王子の取扱説明書

どうやらミシェル様は、
よっぽど女性パートを踊りたかったらしいです。
あれだけ一生懸命練習してましたもんね、
わかりますよ。うん、うん。

王太子という立場上、広間で大っぴらに女性パートを
踊ることができないので、
私たちは中庭で二人だけでセレナーデを踊りました。

ミシェル様のステップは完璧でした。
密やかなミシェル様の願望を
かなえてあげることができて本当に良かったと思います。

(ミシェル様、こんな私で良ければ、
いつでもお相手いたしますよ)

心の中でそうミシェル様に語りかけました。

◇◇◇

広間に戻るとエルダートン卿の下の孫娘さんが
いたくふくれっ面をしておりました。
アリスさんというお名前で、齢12歳。
私たちと同い年だそうです。

「次は私と踊るっていったじゃない、どうして帰るのよ!」

おかんむりのご様子。
う~ん、どうやって宥めようか。

「お許しください、姫」

そう言ってとりあえず手の甲に口付けておきました。
隣でミシェル様が白目をむいています。

すいませんねぇ。
いささかクサイですよねぇ。
わかっています。
わかっていますけども。

これも弱小国家の王太子(影武者)の外交なんです。

「ですがどうぞご理解いただきたい。
麗しい花の顔、愛しいあなたを一人置いて帰らなければならない
この私の悲しみを」

そういう感じでとりあえず見つめておきます。
眼球からフェロモンビーム発射!

「わ……わかったわよ」

アリス様はそう言って赤面しておられます。

良かった。
わかってくれたみたいです。

次回に開くお茶会への誘いを受けたり、なんやかんやで、
車に乗り込み、ようやくのことでエルダートン卿の屋敷を後にできました。

フー、やれやれ。
途中色々ありましたが、これでミッション終了です。

と、思ったら、隣でミシェル様がむっつりと黙り込んでおられます。

おりょ?
ご機嫌斜めですね。

「お前ってさあ、いっつもあんななの?」

窓の外に視線を向けて、移り行く景色を眺めていたら、
ミシェル様が唐突に話を切り出しました。

「え? なんの話ですか?」

不意の発言だったので、何気に聞き返してしまいました。

「だから女どもに、やたらと愛想ふりまいて……手にキス……とか……」

ミシェル様が口ごもりました。

「ああ、あれですか。お恥ずかしい所をお見せしました」

お恥ずかしいと言いながら、全く感情が動かない。
もうずいぶん前にそういうのって麻痺しちゃっている感じがするな。

「恥ずかしいという自覚はあったのか」

いや、正直なところ、あまりありません。
恥ずかしかろうが、なかろうが、そういう術を身につけなければ、
私は生き残れないのだから。

だからとりあえず曖昧に笑っておきます。

「お前ってさあ、好きな人とかいないの?」
ミシェル様が難しい顔をして問いました。

好きな人、かぁ。
なんか懐かしい響きですね。
そして今の私には程遠いです。

「私が誰かを好きになって、それでどうなるんです?」

それは自分でもおかしいくらいに無機質な声色になってしまいました。

「どうって……」

ミシェル様が口ごもりました。

(兄の振りをして男の恰好をした私を、
あなたは好きになってくれますか?)

不意にそんな問いが胸に浮かんで、少し苦しくなりました。

「だって不毛でしょ。
私たちは王族なんです。
自由恋愛なんてはなから許される身ではありません」

つとめて冷静に言ったつもりだったのですが、
なんだろう。
少し表情が強張っています。

「不毛……ね」

つられてミシェル様の声のトーンも低くなってしまいました。
いけませんね、空気が重くなってしまいました。
雰囲気を変えなければ。

「そうだ、ミシェル様にもやってあげましょうか? 手の甲にキス」

冗談めかして、ミシェル様の手を取ってみたら、振り払われてしまいました。

「茶化すな。今、大事な話をしている」

ミシェル様が声を荒げました。

「嫌……ですよ、気まずいのは。
恋愛なんてものは、はなから諦めているんです。
だけど、せめて友情は大切にしたいって思っているのですから」

私の呟きに、ミシェル様が言葉をつまらせ上を向きました。

「……微妙な発言だな」

そういいながら、ミシェル様が手を差し出しました。

「はい」
「え?」

「手の甲にキス、やってみろ」
「え? 結局やるんですか?」
「もちろんだ」
「じゃあ、行きますよ?」

私はミシェル様の手をとって誓いの言葉を言おうとしました。
 
「私ゼノア・サイファリアは、
汝ミシェル・ライネルに永遠の友情を誓うことをムガッ……」

ミシェル様への友情の誓いと共に、手の甲にキスをしようとしたら、
なぜだか、口を手で押さえられました。

「何するんですか」
「やっぱり、いい」

意味がわかりません。

「何で」
「永遠の友情とか誓われたら、多分泣いてしまう」
「はい?」
「それよりも、やはり私が誓おう。手をかせ」

そう言ってミシェル様は私の手をお取りになりました。

「私ミシェル・ライネルはゼノア・サイファリアを助け守ることを誓う。
 貴殿が悲しい外交をせずともよい、より良い未来を、
 自由に誰かを愛することのできる未来を、貴殿とともに作り上げることを誓う」

ミシェル様の誓いの言葉と共に、私の手の甲にミシェル様の唇が降りてきました。