「オレの親父がさ、この辺で支部やるって言い出してさ。そしたら“転校しろ”って」

何でもないような口調で、煉は自分の席に腰を下ろす。

“支部”――それが極道の話だということくらい、美羽にはすぐに分かった。

煉の父親は、関東最大勢力を誇る極道組織の幹部。
そして煉自身も、あの伝説の暴走族“黒霞”の総長だった。

……ついこの間まで。

「でも……やめたんじゃないの?黒霞」

「まあな。今の総長は違うやつだ。元・総長ってことで、いまは自由だよ」

煉の視線が、ゆっくりと美羽に向く。
その目には、何かを確かめるような色が浮かんでいた。

「それに……お前がここにいるって聞いたから」

一瞬、時間が止まった。

「は……?」

「会いに来た」

――心臓が跳ね上がる。

それは、嬉しいなんて感情を通り越して、怖いくらいの衝撃だった。

煉が笑う。少しだけ、意地悪そうに。

「何、もう他の男にでも乗り換えた?」

「ち、違うし!」

「……なら、ちょうどいいな」

煉の言葉に込められた意味を、まだ私は理解できなかった。

けれど――確かに、その日からすべてが始まった。