教室のドアを開けた瞬間、空気が止まった気がした。

ざわり、と人の波が割れて、視線が一斉に集まる。
その中心にいたのは、真っ黒な学ランに身を包んだ、長身の男子。

「……あれ、あいつ……」

聞き覚えのある声がどこかで呟かれたけど、私は耳を塞いだ。
目の前の彼しか、もう見えていなかった。

「久しぶりだな、橘美羽」

低くて、落ち着いた声。
だけどその声の奥には、過去の熱が微かに残っていた。

私の心臓が、痛いほどに跳ねた。

――黒津煉。
女嫌いで有名なあの“黒霞”の総長が、まさかこの学校に転校してくるなんて。

それも、同じクラスで。
私の、真後ろの席に。

「……なんで、ここに……?」

ようやく絞り出した声は、自分でも情けないほど震えていた。

煉は、ただふっと笑った。
それだけで、過去が一気に押し寄せてくる。