「よし、だいじょぶ……いける……いや、ほんとにいける? ……ってば、いけるって!」
誰に言い聞かせてるのか分からないまま、あたしは両手でハンドルを握りしめていた。
経理部から芸能部に異動して三ヶ月。
グラビアアイドルの撮影には何度か同行したけど、テレビドラマの現場なんて、これが初めて。
冷房はついてるのに、手のひらだけ変に汗ばんでる。やばい。普通に緊張してる。
どんな顔して「おはようございます」って言えばいいんだろう。
百瀬悠ってドラマや映画のオファーが来ても中々受けないって、そんな妙な噂もあるし。
本当かは分からないけど。
でも、担当マネージャーも続かないらしいし。
人気俳優ってだけでも緊張するのに、嫌な予感が次々と頭に浮かんで、胃が絞られたみたいにキュッってなる。
でも、もうここまで来たら行くしかない。
深呼吸を三回。
念のため、駐車券とスケジュール表をバッグに突っ込み、いざ車から降りる。
ロケ地は都内某所の大学キャンパス。
すでに大きな照明が何台も立てられ、スタッフの動きも本格的。
ガチの現場。
ガチのテレビ。
ガチの人間ドラマの裏側。
「……うわあ……」
思わず声が漏れる。テレビの中の世界が、今まさに目の前で動いている。
走るAD、インカムをつけたディレクター、台本片手に何かを確認する助監督。マネージャーらしき人がキャストに日傘を差し出している。
電源車の隣には、ケータリングの白いテント。あの甘い香り、絶対おしるこだ。って、え⁉︎ おしるこ⁉︎
「ひゃあ……本物だ、これ……!」
緊張で心臓が暴れてるのに、思わず笑ってしまう。だって、こんなの嘘みたい。
高校時代、物語に救われたあたしが、いまこうして裏側に立ってるなんて、信じられない。
信じられなさすぎて、軽く吐きそう。
……よし、まずは関係各所に挨拶……!
