この恋情は人工ではない

 そうして私は、翠星高校から電車で30分程度の家へ住まわせてもらうことになりました。住まいは養子縁組でできた両親の家です。人への気に入られ方も、対象の人を見てしまえば簡単に学習できるので溶け込むのは容易でした。
 戸籍はどうなっているのでしょうか。いや、博士のことだからきっと、過去のことも書き換えて私が存在していることにしてくれたと思います。それだからか、高校の教材も最初から持っていましたし、公立高校入試にも合格したことになっていました。

 また、今日は入学式です。
 私は前日に急いで用意した制服を着て、長いスカートを周りに合わせるために1回だけ折ります。
 お母さんにきちんと「行ってきます」と伝え、空っぽのリュックを背負ってドアを開けました。

 長い髪を揺らして道を歩きます。私の髪は、抜けたらもう生えてこないですし、伸びることもありません。博士は外装をリアルにすることは得意ですが、それでも半永久的に分裂する細胞を作ることはできなかったそうです。博士は機械系より美術の方が上手かったからです。
 おかげで普通に道を歩いていても、誰に目を向けられることもありませんでした。

 今日は運良く入学式日和の晴天で、通学路の至る所に桜の木が満開に咲いていました。素直に、美しいと思いました。AIでも、美しいものは美しいと思うのです。



 学校に着くと、多数の生徒とその保護者が律儀にクラス割りの名簿のプリントを配る列に並んでいました。
 昨日できた私のお母さんは仕事で来れません。お父さんも同じです。仕事でいっぱいの両親なのに、子供を欲しがって私を迎え入れてくれたというのは少し理解という処理に時間がかかりました。

「入学おめでとうございます」
 そう言われて配られた名簿から、髙瀬 未来(たかせ みらい)という私の名前を探しました。"未来"は私が博士に名付けられた名前で、名字は今の両親から貰いました。
 ちなみに博士からは#0831と呼ばれていましたが、ここに転送される直前に名前を付けるのを忘れていたと言われて急いで付けられました。博士はそういうところがたまにあります。
 名簿の1番左の、1組の列をなぞって半分くらいまで来たところで私の名前を見つけました。

 入学式は適当に聞き流していたら終わっていました。
 その後は自分の教室に1度集まって、顔合わせをします。そして今日、自己紹介もついでにやってしまうそうです。私の知識だと自己紹介というのは入学式の翌日などにやると思っていたのですが…前例の無いこともあるのですね。
 私の席はちょうど教室の真ん中あたりにありました。周りには男子の方が少し多いように感じます。
 周りの女の子たちはもう早速友達を作っている子もいました。黒板には「9:20まで自由時間」と書かれていて、ここで友達を作れということなのだなと思います。

 最初の5分くらいはみんな様子見だったのですが、今はみんな席を立って各々気になる人に声をかけています。そして私にも、見知らぬ女の子が話しかけてくれました。
「ねえ、未来ちゃん…だよね?名前間違ってたらごめん。私、大川 愛(おおかわ あい)って言うんだけど、友達になりたくて」
 緊張しているのか、2倍速で話が進んで少し戸惑いの表情を浮かべてしまいました。けれど自分から知らない人に話しかけるというのはすごいことです。
「嬉しい、ありがとう。私も友達になりたい、愛ちゃん」
 すると彼女は、頬を赤くして微笑みました。少し伸びたボブヘアーが、その笑顔にとても似合っています。
「こちらこそ。あと呼び捨てでいいよ。私も呼び捨てで呼びたいし」
「わかった、じゃあ愛って呼ぶね。愛も私のこと、未来って呼んで。」
「うん、ありがとう。じゃあまた後で話そうね」
 そうして私は、愛と友達になりました。彼女は小走りでぱたぱたと自分の席へ戻って、姿勢よく椅子に座りました。

「じゃあ出席番号1番から前出て自己紹介お願いします。名前と出身の中学と、あと趣味か特技と最後に一言のテンプレで」
 担任は真面目そうな現国の先生になりました。話し方も冷淡で、さっき担任に早々と愚痴を言っている男子もいました。

 そして、自己紹介はもう私の番です。
「髙瀬未来です。出身の中学は…あ、」
 やらかしました。私は中学校に通っていません。大急ぎで自分の中で家の近くの中学校を探し当て、パッと言います。
「えっと、青波(あおなみ)中学校です。得意なことは勉強です。これからよろしくお願いします」
 なんとか切り抜けることができました。このとき初めて、AIの私でも失敗するんだなと知りました。
 あと、得意なことは勉強だと言ってしまいましたが…さすがに、テストで簡単に100点を連発してしまえばAIかと疑われてしまうかもしれないです。あと、もう少し平穏な特技にしておけばよかったですね。

 その後も流れるように続いていく自己紹介を聞きます。私にとって一際記憶に残ったのは、隣の席の男子でした。
白石 天慈(しらいし てんじ)です。中学は春ヶ崎中学校でした。得意なことは美術です。よろしくお願いします」
 何も変わったことはありませんでした。けれどなぜか顔に見覚えがあったのです。強いて言えば私のお父さんでしょうか。それともどこかの俳優でしょうか。私の脳にあたる部分には大量の情報が行き交っているものですから、その中の誰かと結びついただけかもしれません。
 別にとても整った顔というわけではありません。しかし、他の男子が調子に乗ってふざけた自己紹介をしているにも関わらず、彼は普通でした。それが、良かったのです。多分他の女の子たちもそう思っているところだと思います。

 その後は、配り物などが配られて帰りのホームルームをして終わりでした。
 私の席の周りの子たちとは一通り話せました。ここはそこそこ偏差値も高めの高校なので、話してみれば暖かめの人が多かったです。
 しかし、隣の席の彼とは話せませんでした。