いつの間にか体中の毒素が抜かれていて、わたしは泣きやんでいた。

それでも彼は何も言わず、にこにこ微笑んでわたしの側に居てくれた。

体はガチガチに凍てついていて、指先は感覚を失っていた。

しばらく沈黙があって、先に口を開いたのは彼だった。

「お姉さん、ぼく、腹減ったよ。もうぺこぺこ」

荒れ狂う冬の海というシチュエーションには、あまりにもミスマッチ過ぎる一言だった。

気が緩んで、わたしはつい笑ってしまった。

この子に会ってから、調子が狂いっぱなしだ。

「ご飯、食べに行こうか。ご馳走させて」

「やった!でも、その前に約束して」

「何を」

「もう、身投げはしない?」

まるで捨て犬のような潤んだ瞳で、彼は言った。

「……しないわ」

「良かった」

少し気持ちが安定し始めていて、わたしはさっきまでの自分が馬鹿馬鹿しくてならなかった。

もう、馬鹿な事は考えない。

あれは、ちょっとした癇癪だったんだわ。

星が瞬く夜空の下、防波堤沿いを二人並んで歩きながら、わたしが訊いた。

「きみ、名前は」

「知りたいなら、もう一つ約束して」

「何?」

「生きることを諦めないって、約束して」

「……するわ」

「ジュン。渡瀬隼。結構、ハヤト、って読み間違えられるんだ。でも、ジュン」

「隼、ね」

防波堤沿いには十メートル間隔で街灯が立っていた。

防波堤沿いの道には二つの影がのびていて、波音に耳を澄ませていた。